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子猫以上、弟未満。  作者:
第三章
27/32

4.

 キス、するだろうか?

 するのだ。和輝はしないかもしれないが、龍司なら。

 複雑にねじ曲がっている大人なので、自分の首を絞めても復讐を遂行する。

「“それだけ”ーーー悪かったな。俺にはそれだけのことが、ずいぶんと許せなかったね。なんで俺のファースト・キスが、弟なのかってな」

「嘘だ、そんなの!」

 和輝は即座に声をあげて否定していた。

「龍司さん、キスしていたっ、三つ編みのセーラー服の女の子とっ!」

「・・・何を言っているんだ、おまえ」

「学校返りで、家の前でだよ、僕よく覚えているっ!だから、僕もキスしたんだからっ」

「していない」

 龍司もすぐに否定を繰り返したが、和輝は素直に頷くことはできなかった。

「嘘だよ、してたもんっ」

「していない。仮に、していたとしてもそれが寝込みにおまえにキスされなくてはならない理由になるとは思えんな」

「なるよ、そんなこと言ったら、それだってあんな風に舌入れられるキスされる理由にだってならないよっ!」

 ついつい声が大きくなり剥きになる和輝に、龍司が何ごとかを言い返すよりも早く、牧が会話に割って入っていた。

「おい、続きは自分たちの家でゆっくりやってくれや。神様が、今一組、ホモの破廉恥な痴話喧嘩に堪えられないと帰って行ってしまったぞ」

 呆れたように言うと

「破廉恥などと言われると、こちらも心外なのですが」

 不当な言われようだと、龍司が不服をあらわにしたが、牧に勝てはしないので一言だけだった。そうして、沈黙してしばらくしたあと会話が再開されたときには、話題はすっかり政治家の汚職問題に変わっていた。

 和輝には興味なく意味もよくわからないニュースの話題だったので、再びハンバーグを食べ始めた。

 何ごともなかったように、龍司と牧の世間話は普通に盛り上がっていた。

 和輝はそれを聞き流しながら食べていたが、あっと思った。冷戦の緊張感は途切れて、一歩回復してしまっていたからである。

 いつまで続くんだろうと不安になっていた無言状態は、牧によっていったん保留とされていたが、このままでは龍司だって済ませられないだろう。

 龍司と二日ぶりに会話が出来たことが和輝には嬉しくて心もずいぶん軽くなっていた。再び口に運ぶ牧のハンバーグは、今度はもう別物のように味合うことが出来るようになっていた。

 おいしい!デミグラスソースは、黒色の作務衣にあまり合わない気もするけどかなりおいしい。

 ちなみに、和輝は子供っぽいと言われようと、ハンバーグは大好きだった。




「三つ編みの女の子とキスしていた」

「していない」

「していたよ!」

 不毛な押し問答だった。

 龍司は、この場に及んで男らしくない。どうして認めないのだろう、と疑問に苛立ちつつ和輝は最終発言だ。

「だって、僕、見てたんだよ!」

 二月に入って、気温は一層下がって冬度が増してきているようだった。二日前に振って十センチほど積もった雪はそれでも日中の光のなかであらかた溶けてしまったと思っていたが、細い路地や日陰では氷のように固まって街路灯の光を冷たく反射していた。通りが雪によって白っぽく見えることで一層、寒い心地になってしまい、龍司と和輝は足早に歩いてマンションに帰っていった。

 冬空の星座の白く明るい星々、雪の白、そして吐く息の白さ。白は冬を深める色なのだと和輝に思わせて、駆け込んだ部屋のなかで文明の力が十分な力を発揮してほっと一息ついたころ、牧が中断させた議論が再開されたのだ。

 先に口を切ったのは和輝で、龍司はもう蒸し返したくはなかったらしく、最初は面倒な話に嫌そうな顔をしていた。が、意地があるので龍司も言われると言い返さずにはいられない。それが理不尽な内容なら特にだった。

「はっ、見ていた!?何を、どう見ていたんだ」

「・・・だから、それは・・・」

 覗いていたという後ろめたさは、この際脇に追いやっていないとならない。今の問題は、龍司が認めないこと!

「女の子が、背伸びしてくっついてて・・・」

 驚いて、悲しくて、不潔で、嫌な気分で和輝は慌ててーーー。

「くっついていて、どうしたって!?」

「・・・いったい、何を言わせたいんだようっ・・・」

 あくまでも強気で怒っている龍司に、軟弱な和輝が負けて弱気になってしまうのだ。

「馬鹿め、どうせ、そこで慌てて引っ込んだんだろうが!」

「えっ?」

 和輝は言葉を失ってしまった。

 それはその通りなのだが、なぜって出くわしてしまったそういう場面をじっくり最後まで見るなんて、牧の言葉を借りるならそれこそ“破廉恥”だろう。小学一年生だってそのくらいわかるので引っ込むのだ。

「・・・」

「俺は、東野沙織とはキスしなかった、一度もな。好きだと言われていたが、俺はあいつのことが、ファースト・キスの相手にするほどは好きじゃなかった」

 思春期の龍司少年は、繊細に相手を厳選していたのである。

「押し返したところまでは、覗いてはいなかったわけだな!」

「・・・押し返したの・・・?」

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