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子猫以上、弟未満。  作者:
第三章
26/32

3.

 龍司さんにキスをされた。

 結構、濃厚なキスで呼吸困難で窒息するかと驚いてしまって、慌てて逃げようとしたのだけれど、全然、力は通じなかった。

 思い出すと、そのとき以上にどきどきして顔が熱くなってきてしまうのだ。

 びっくりだった。どうなるのかと思った。

 男と女なら、ドラマだとそのあと服を脱いでベッドにもつれ込むだろうけど、和輝と龍司は二人とも男だ。それに兄弟なのに。

 そこまで考えて、違うかも、と思ったのだ。

 二人の間に血の繋がりはない。強引に押しかけてみたが、龍司と和輝を繋ぐ絆だって十二年前の一年きりで、取るに足らないものしかない。

 きっと自分は、弟にはなれやしないと思っていた。どう足掻いてみても、そんなのはたぶん無理。

 龍司のところにいる正当な理由など本当はないのだと、心のどこかではわかっていた。

 でも、なら恋人なら!

 自分は男だけど、龍司はこういう種類の人だったら、問題なんてない!どこにもない!

―――と。

 理論的で暴走したつもりは、和輝にはまったくなかった。

 だけど、牧に言われて次第に馬鹿なことをやってしまったのかなあと感じはじめていた。

 そして、とどめは「うちの馬鹿」発言だった。

 固くて低い声で、勿論龍司であり、断定は和輝に一切言い訳する隙も与えなかった。

 ほぼ時間通りに龍司は牧の店の暖簾を潜ってやってきて、和輝が恥ずかしくてまともに顔も見られないという心境だろうと、関係なくカウンターに座った。

 和輝は龍司の行きつけの店に置いて貰っているので、当然と言えば当然だったが、今日は特に居心地が悪かった。

 時間はそろそろ九時を回ろうとしていた。

 今日のお任せメニューは飴色によく炒めたみじん切り玉ねぎが旨味の秘訣のハンバーグだった。お客も疎らな店内でカウンター席にいるのは一人。その客のすぐ横に、牧はハンバーグをもう一皿を用意してくれて、和輝も座って夕食となっていた。

 店に姿を現した龍司は、一瞬和輝にちらりと視線を送って存在を確認したようだったが、それきりで言葉は一言もない。

 だからといって、牧とも料理の注文の必要最低限の言葉を交わしたきりなので、和輝が特別に無視されたり、冷たいあしらいをされているわけではなかった。

 それは龍司にとって、普段だったかもしれないけれど後ろめたさのある和輝には泣きながら刻んだ玉ねぎ料理のハンバーグの味など一層、味わう余裕はなく、小さくなって機械的に口に運んでいた。

 見かねたのは、牧だった。

「えらく不味そうに喰ってくれるじゃないか、お二人さん」

「そっ、そういうわけじゃないんです!」

「ハンバーグは、あまり得意な料理じゃないもので」

「好き嫌いは十年早い」

「俺もお客様で、神様じゃないんですか?」

 苦笑を浮かべた龍司が言ったあと、すぐ話の話題は別のものへと変わっていた。

「牧先輩に、何か言いましたか、うちの馬鹿は」

「ああ、多少聞いたけど」

「えっ、あ、そんな・・・」

 牧が肩を竦めてみせて、和輝は箸を持ったままであたふたしていた。

「俺が、一方的な悪者になってそうですね」

「そんなこと、言ってません!」

「ーーーということだけど、端から見ていると苛めているようにも見えるわなあ。横にいて、しゃべりかけない一番根暗い苛めってやつ?」

「確かに冷戦中ですが、原因は俺じゃありませんので」

「! そんなっ、そりゃ、僕かもしれないけどっ」

 弟じゃないとか言いだしてみたのは自分なので、と和輝は言い訳だった。

「それは、龍司さんが先に、僕にっ・・・」

 小さな店と言えど二人以外にお客はいて、そのために、いやそれ以外だって「龍司さんが先に僕にキスしたから」は口に出すのはとても恥ずかしかった。

「ああ。そうしたら予想外な方向に話が転びだして、俺は一人暮らしに戻れるのかと喜んだんだが、それも鼻先を掠められただけで翻された」

 憮然とした表情で不満を訴える龍司には、和輝のように照れて地に足がつかないようなふわついた空気は、一切無いのだ。

 だから和輝も少し冷静になって、尋ねることが出来ていた。

「・・・なんで、僕にキス、したの?」

 驚いたのだ。とてもびっくりして、だから和輝は恋人になろう、などと思いついたのだ。これがなかったら、きっと思いつかなかったはずだった。

「・・・どうして、わからないよ・・・教えてよ」

 そうして、その結果、弟でなく恋人と言ったことが龍司の気分をとても害してしまっているというわけで。

 わけがわからなくて、目頭が熱くなってしまう。

 和輝は、自分なりに一生懸命考えてやっているつもりなのに、龍司に気に入られるようにだ、けれど結果切ない。

 龍司は横の席に座っている和輝を見るために上半身をねじって、膝の上に両手を置いて俯いてしまっている相手を見下ろした。

 とても率直な言葉だった。

 龍司にはあまり深い意味がない行為だと言わんばかりにーーーいや、もしかするなら、そうだと自分に言い聞かせたいために意図的に、素っ気なくかもしれない。

「キスしたのは、お返しだ。十二年前、おまえにされたことを、そのまま何の礼もないまま放っていては駄目だろうからな」

 和輝は目を見張った。

「目には目を歯には歯を、だ。復讐、とも言うかもしれない」

 重々しく告げられた龍司の言葉が、和輝には信じられない。

「それだけのために・・・」


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