1.
「あらら・・・。そりゃあ、タイミングが悪かったなあ」
和輝の話を聞き終えた牧の第一声だった。
「・・・タイミング?」
「そう。タイミング。フラれたばっかだからなあ〜、そう言う気にはならないだろうよ」
「恋人に・・・?」
そうだ、と牧は重々しく肯き、和輝は話の内容に目をまん丸くしている。
「二週間と経っていないね。もうかなり派手に終わったから、“恋人”なんて禁句なんじゃないかねえ、さすがに・・・」
牧は、和輝の話を真面目に聞いてくれて真剣に考えて答えてくれているといった風情だった。腕を組んで一緒になって、龍司の内情を予想してくれるいるが、付き合いが長い分、和輝の想像がつかない展開になっている。
和輝にとって、龍司の恋人など、初耳もいいところだった。
「・・・そういう人、やっぱりいたんだ・・・」
情報は、終わったばかりというものだったが、いたことを教えられて和輝は少しショックだった。
「それは、男の人?」
「・・・」
一瞬の間を置いて牧はにこやかに言った。
「いいや、女だったよ。小柄で髪が長くて、会社の同僚ってとこだなあ」
こんな話を聞いちゃっていいのかなあと思いつつも、湧き起こる興味を無視出来ない和輝に、牧は記憶を思い出しながら丁寧に向き合ってくれるのだ。
「・・・美人?」
「・・・まあ、・・・俺の好みじゃなかったが、美人って言っていいんだろうなあ。胸はデカかったぞ」
人参を剥きながら。
和輝の方は今、大根に取り組んでいる。
ばあちゃんをよく手伝って食事を作っていたし、ばあちゃんが死んでじいちゃんも死んでしまったあとは一人暮らしも経験してきているので、家庭科系のことは大抵器用にこなすようになっていた。こういうことは、和輝にいわせると才能ではなく経験なのだ。そして努力だ。ばあちゃんには「分厚い皮ねえ」と笑われたことがよくあったが、もう最近では違う。牧には最初から上手いじゃないかと褒められている。
「龍司さん、その会社の女の人に、フラれたばっか・・・って、どうしてだろ・・・」
半ば独り言で、驚嘆だった。
恐いけど、酷い人には思えない和輝には、龍司がフラれたなんて信じられなかった。
すると牧が、さらに教えてくれた。
「ああいうタイプって、難しいんじゃないか?性格が可愛い女の子タイプにとって許せん駄目男系だろうさ」
「駄目男っ・・・」
和輝はひたすら、びっくりだったが牧は構わず続けていた。
「メールはあまり返らない、たまに返ってきても用件のみだし、携帯電話は出たくないときは出ない。自分がブランドものに興味がないからプレゼントは地味」
一瞬前には信じられなかったが牧の言う内容を聞いて、あはは、と和輝も乾いた笑いだった。
「うん・・・それ、女の子に文句言われるかも・・・」
「そう言えば、おまえ。携帯持っていないのか?」
今時、珍しいなと感心する牧に、和輝は首を横に振った。
「持っているよ。でも最近はバッテリー切れのままで、鞄に放り込んである」
「いいのかい、そんなことしていて」
牧は心配そうに言ったが、和輝はうんと、すぐに頷いていた。
龍司のところに来てから、以前の向こうに繋がるものに関わりたくないと自分は思っているのだろうかと、和輝は考えていた。
だから今日だって、学校の友人でなくて、牧なのだ。
四月から約一年を過ごしてきたクラスメートでなく、腐れ縁の中学友だちでもなく、出会って数週間もない友人なんて言ったら生意気と怒られそうな、年上の牧だった。
でも龍司に関することだからこれが一番、いいと思ったのだ。
「・・・でも、そんな龍司さんのプライベート、個人情報を、それは牧さんだからきっと話されたことだと思うこと・・・僕なんかに、話しちゃっていいんですか?」
牧だからと自分で言いながら心がチクリときた。
これは、きっと間違いなく嫉妬なのだ。
和輝がいなかった時間のなかで、この場所で龍司が辛辣な口調でぼやいて悩みを訴えたのだろうと容易に想像がついた。
そこには和輝が入り込めない世界がある気がした。
弟などと言ってみながらも、和輝より牧の方がずっと龍司を知っていて、長い時間を付き合っているのだから。
そうして、嫉妬の残りの半分はどきどきと、罪悪感だった。
凄いことをなにげに聞いてしまっていると言うことだ。普通こんな恋愛の話は、家族にだってひた隠しにして知られないようにすることで知ることが出来るのは極限られた友人の中の友人だけだろうと。
龍司の秘密を知ってしまった・・・。
これは龍司が認めている牧から、自分がいくらかは認められているということーーー信頼を置かれたということなのか、と和輝は少し考えて嬉しくなっていたのだが。
やっぱり、ちょっと違った。
龍司のところに来て、和輝のペースが保たれたことはまだ一度もないのだ。
「なんだ?俺は龍司からなにも聞いていないぜ。相談することでもないだろ、そんなの」
第三章、はじまり。
最後の章です!