11.
龍司は、バサバサと髪を掻き混ぜて乾かしている手を止めた。
「弟、と思うことは正直、難しいぞ」
いきなり父が連れてきた女の人の子供を、弟と納得するのは難しいことだろう。そのレベルで、十二年前から龍司は止まっているのだから。
「おまえだって、俺のことを実際、どう思っているのか。理解が出来ないね」
「僕はっ・・・」
好きです。
勢い込んで答えようと思った言葉は、ありきたりで陳腐に思われてしまった。
だから、龍司さんのことは好き、兄弟ができて、嬉しかったのだという思いは飲みこんで、見つけた新しい展開をはじめようとしたのだ。
より正当で意味があるものだった。
「龍司さんが、その僕のことを弟とは思えなくて、もっと別なものとして付き合う方が良いというなら、僕はそれで構いません・・・」
相手の目を見てなど、到底、恥ずかしくて言えなかった。
顔から火を噴きそうだった。
和輝にとって、それは長い長い沈黙があった気がした。
「それは、どういう意味だ」
龍司の声は固かった。
でもそれが、普段だと言うとこの中から龍司の感情は見つけられない。
「弟が無理なら、僕は別でもよくて・・・」
「回りくどい、もっと簡単に言え」
弟が無理なら、別でも良いと提案されていることはわかったが龍司にとって、それは弟でないなら。
ペットか?
さすがに龍司には自分からは口に出来ない。
「弟が無理なら、・・・こ、恋人・・・とかでもっ・・・」
和輝の声は小さくなって消え入りそうだった。
だけど、龍司はちゃんと聞き取ってくれて、恥ずかしい具合に繰り返しを言わなくてもよかったのだ。
再びの沈黙を置いて、龍司が口を開いていた。
頭から両腕が下ろされて膝に置かれて、心持ち姿勢が正されていると思った。
「おまえは、俺の弟じゃあないと、言っているのか?」
小さく、和輝は頷いた。
少し龍司が言っているのとニュアンスが違っている感じがするが、弟じゃなくてもいいのだと気がついたのだ。
「弟じゃないなら」
龍司は目を細めていた。
ペットでもないなら、龍司にとって簡単になってくるのだ。
「俺は、出て行け、と言う」
ゆっくりと言われた言葉に、和輝は目を見開いていた。
「えっ、でもっ」
「恋人は、今は俺には募集する気がない。女も、男もだっ」
うっすらと、龍司に浮かびだしているもの、それは怒りの色。
雲行きはかなり怪しくなってきてしまっていると感じた。
「もう一度、聞こう。おまえ自身、自分は俺の弟じゃないと、思っているんだな?」
不気味な静寂を孕んだ言葉で確認されている内容に対して和輝の返事はーーー。
「弟です!」
和輝はこの日、はじめて知ったのだ。弟は恋人よりも立場が上なものだと、だ。
弟じゃないと答えた瞬間、追い出されそうだと正しく龍司の空気を感じ取っていた。
明るく、可愛らしい笑顔で答えて、そうして。
「僕、お湯が冷めちゃわないうちに、お風呂に行ってきますねっ!」
個室に逃げていったのだ。
その後、和輝は気持ちが悪くて吐きそうになった。
今日は和輝は、龍司に負けないほどの長湯になって、気分が悪くてしばらくリビングの絨毯の上から動けなかったほどだ。
お付き合いくださりありがとうございます。
これで第二章は終わり。
残りは一章。
気に入っていただけたら、ボチッと投票お願いします。