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子猫以上、弟未満。  作者:
第二章
21/32

9.

 龍司がそれほど、怒っているとは思っていなかった。

 そのときは、鬼のように怒って追いかけ回されて恐くて必死で逃げて、和輝は龍司に謝ることは結局しなかった。

 逃げ回っていたのだ。母のところに逃げたり、高原のお父さんにくっついていたり、小さな子供なりに知恵を廻らし龍司の怒りを避けようとしていた。

 和輝だって、少しは今なら思う。自分の態度は卑怯だったなあと。

 潔く怒られるべきだったかも知れない。そうしたら龍司の苛立ちが、父親との間までに広がることはなかったかも、と少し考えてとても不安になって考えないようにした。

 ただ、和輝は龍司が怒っているのが恐かったのだ。

 全力で怖がって、逃げていた。悪いことをしたと思っていたからだ。

 それまでは、和輝に対して龍司は、黙殺というレベルの態度だったがこのときを境に一気に険悪となっていた。

 自分が怒らせたのだとわかった。

 わかるから、とっても恐くて避けていたのだ。

 でも、その前の気持ちを説明するなら。

 とっても不安で、いてもたってもいられなくなっていたから、龍司にキスしたのだ。

 龍司が制服の女の子と家の前でキスしていた。

 たまたまその様子を見てしまった和輝は、最初は、うわっとショックで、ただ嫌な気分だったのだ。

 龍司はまだ中学生で、子供なのにそういうことをするのだ。

 和輝のお母さんのように。

 いや、違う。制服の女の子がお母さんだ。

 すると制服の女の子は、龍司にいろいろプレゼントを強請ったり、二人きりで遊びに行ったりするようになっていく。今はまだ、龍司はそんな風に出かけたりしていないけれど、そうなってしまうのだ。

 汚くて嫌なことだったはずなのに、和輝にとってキスは二人の約束のように思えるようになっていた。

 龍司は行ってしまうのだ、和輝を残して。キスしたから。

 和輝は、龍司を取られてしまった気分になって悲しかったのだ。

なんとか取られないようにしたかった。

 和輝のところにいてくれるように。

 じゃあ、新しい約束をすればすれば良いんじゃないだろうか、と思いついていた。

 古い物はきっと消えてゆくのだ。古い男の人が和輝のまえに現れなくなって、高原のお父さんがお母さんと和輝を家に呼んでくれることになったように。

 だから、和輝も龍司にキスしようと思ったのだ。

 よく覚えていた。

 キスシーンを見た次の日だった。足音を忍ばせて、和輝は和室に向かった。

この日は龍司は、また一人で帰って来ていたけれど、安心出来ない。だってもう、約束をしちゃっているので約束を果たしに女の人はまたやってくるはずだ。

 和輝は真剣だった。

 物語で読んだ、悪い魔女から王子様を救うーーー自分は男で、お姫さまじゃないけれど。

 でも一応それっぽく、正義なのだ。悪い魔女の呪文を打ち消すために、和輝は挑む。

 魔女の洞穴ではなく、龍司が寝ている和室にーーーとここも少し物語とは違うけれど、これは現実だからと納得する和輝のまえで、龍司は黒い上着とズボンを脱いで白シャツと短パンという体育の服の姿で、横に一リットル入りの牛乳パックとグラスと、スナック菓子を置いた姿で寝入ってしまっていた。

 毎日、運動・部活をやってくる龍司のこうした姿は和輝にとって珍しくはなかった。

 夕食だと呼んでも、いつもなかなか起きなくて困るのだから、きっと今日も簡単には起きないと思った。

 気がつかないはずだ。

 そっと和輝がキスするくらい。

 平気なはず。

 悪い魔女に苦しむ王子様を助けるはずだったのに、いつの間にか眠っている獰猛なドラゴンにでも近づいてゆく気分だった。

 眠っている龍司の横にそっと膝を着いていた。

 音を立てないように注意して、畳に腕を付いた。

 龍司は眠っている。

 中学生で、身長はこの家中で一番高くなっていた。大人っぽくて格好いい顔だと思った。

 そして和輝にとって、この家のボスで、龍司に好かれることは一番大事なことだった。けれど、それすら叶わないうちに龍司は女の人と二人で行ってしまおうとしている。

 止めなくては!

 止めるのだ!

 だから、和輝は身体を寄せて口を合わせたのだ。

 冷静になって、もっと大人になって気がついたがこれが、和輝のファースト・キスだった。

 ファースト・キスは、レモンではなく、龍司ががぶ飲みしていた牛乳の味だった。





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