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子猫以上、弟未満。  作者:
第二章
20/32

8.

 龍司は和輝にキスしていた。

 絨毯の上で、雑誌を読んでいた和輝に影が落ちて驚いたように仰いでいた。

 問答無用。与える言葉などない。

 腹這いだった和輝の身体を反転させると、龍司は和輝の腹の上を跨いで膝を着いていた。

「えっ、なに・・・」

 そんな言葉が出るだけまだマシと言うか、昔年の利子と黙らせるものか。

「ちょっと、龍司さーーー・・・」

 近づく身体を突き返そうとする腕を封じることなど、龍司にとって造作もないことだった。子犬とかわらない。

 口を重ねる。

 和輝が慌てているのがわかったが、龍司は考えを変えず、思いとどまるつもりもなかった。

 十二年前のお返しだった。

 自分は年上で、時間もずいぶん経っている。色を付けないといけないだろうと、舌を入れるキスになった。

 龍司が長めのキスをして解放しても、和輝は硬直していて、見開いた目で龍司を見上げているだけで無反応だった。

「おい、生きてるか?」

「な、に、龍司さん・・・」

「別に、深い意味はない」

「えっ、龍司さんは・・・深い意味無くて男にキス、する人なの・・・?」

 和輝の素朴な疑問だったが、龍司の良心は非難と聞いていた。

「それは俺が、おまえに聞きたいことだ!」

 和輝は龍司の言葉に驚いて目をさらに大きくした。

「なんでおまえはあの時、俺にキスしたんだ!わかっているか、それですべてが狂いだしたんだぞ。俺がおまえに腹を立てて険悪になった、親父に八つ当たって、親父達は別れた。ああ、俺の所為だ。中坊だった俺には、おまえのやったことは笑ってすませられなかった、ただじゃすませられなかった。でもそんなこと、言えるわけがない。寝ていたら弟に襲われて、キスされたのが腹が立って仕方がないーーーなんて言えるかっ」

 十二年も前のことを蒸し返すなど、大人げないとはわかっていても言わずにはいられないことだった。

 和輝は六才で、龍司は十五才だった。

 相手は赤ちゃんに毛が生えたような子供なのに、何を剥きになっているのか、と言われるかもしれないが胸を張って言おう。

 中学三年生の龍司には、世界が終わるのかと思うほどの衝撃的な出来事だったのだ。

 小さなチョコレートの欠片が危険な物かと、問われたとき危険が無いと楽観視できないと力強く主張しよう。チョコレートの欠片で、十分、アリをぷちっと潰すことだってできるのだ。

 六才に襲われた。

 畳の和室で、部活に疲れておやつを食べながら寝込んでいたときだ。

 家は一番安心のできる場所だったはずで、警戒などしているわけがない。

 うとうとと眠ってしまったのだ。

 そして、ふと風が動いた気配に龍司は目を開けた。

 夕風が入って気持ちいいため、ふすまは開け放っていた。

 歩み寄ってきた和輝のことは気づいていなかった。

 大の字になって寝ていた龍司の顔に被さるように小さな顔があって、驚く暇なく顔は、龍司に触れていた。

 怒鳴りつけて、少し落ち着いた龍司が普段の声に戻って、まだ硬直している和輝に聞いた。

「おまえ、覚えているか。俺とおまえがキスしたのは、これがはじめてじゃない」

「・・・」

「・・・覚えちゃいないんだろうな」

「・・・覚えて、ます・・・忘れないです・・・」

 龍司の頬がひくっと引きつった。

「覚えていてもやってきたのか・・・いい性格だな」

「・・・あのとき、とっても怒られて、龍司さん、恐かったけど・・・そんな風に根深く怒っていたなんて思わなかったからっ・・・」

「ああ。おまえの想像の兄貴は、もっと大人で広い心の持ち主だったってことか。悪かったな」

 不愉快そうに鼻を鳴らして立ち上がって龍司は和輝に背を向けた。

「違うっ、そう言うんじゃなくてっ・・・」

 慌てて身体を起こした和輝が、龍司の大きな背中に必死な言い訳をしていた。

「僕が、会いたかったからやってきたんですっ。ダメ元だと覚悟はしてきた、でも駄目でも精一杯しがみついておいてもらうつもりではいた・・・」

「一人で暮らすのは嫌だった、一人ではなかったなら正直に言えば誰でも良かったか?」

「違うよっ」

 どんどん会話は険悪になってくる。

 龍司の声の調子は激しくなかったが、低く凍てつくようで投げやりとなっていた。

「話を聞いてくださいっ」

 和輝はすぐさま追い縋って、龍司を追いかけたが扉が二人を隔ててしまう。

「面倒くさい、まあどうでもいい。風呂のタイマーが鳴ったろ。俺は風呂に行ってくる。邪魔するな」

 パタンと戸が和輝の鼻先で閉められて、和輝はそれを開けて入ってゆく勇気はなかった。




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