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子猫以上、弟未満。  作者:
第二章
19/32

7.

 和輝が時給百円で、結構細かくてうるさい牧の元で働いて、夜になると龍司が会社勤めを終えて居酒屋にやってきて和輝と一緒にマンションに帰るという生活が続いてゆく。

 マンションに帰ると部屋を暖め、風呂を入れてテレビを見ながらしばらくくつろぎ、風呂に入ったあとは寝るという日課も三日も続けると、なんだか慣れてきてしまう。たとえそれが、血の繋がらない十二年ぶりの兄弟であってもだった。

 要は共同生活だった。部活でも研修でも、もっと普通に言えば修学旅行、こちらの負担が増えるというなら犬、新しいペット購入。

 順応してしまう自分の適応能力が恨めしいとは龍司だった。

 でかい犬・・・どちらかというと猫を拾ったのだと思ったら、まあやってゆけるかなと考えてしまっているのだから。

 龍司の住んでいるこのマンションはペット禁止である。

 今時、厳格なことだと思ったもののこれはさいわいとも思ったものだ。

 拾ってはならない、飼えないのだという明確なルールがあるなら、それを労力を尽くして逆らおうとは龍司はしないのだから。平凡で地味な一市民でいいと思っているので、無駄な努力はしたくなく規則はちゃんと守る。

 だから、ペットは飼わない。

 それは拾えないということだ。

 一個人の感情など全体をまとめる規則の前では、無視するべきなのだ。

ーーーという、これは龍司の大義名分でもある。憐れな捨て犬捨て猫でも拾えない己に対する良心の呵責に対応するための。

 でも皮肉なものだが、和輝はマンションのルールに規制されないのだ。

 するともうすっかりとこの日常にも慣れて、このまま新しい生活に突入ーーーと続いていきそうな気配に龍司は困り果てている。

「おい」

「あ、はい、龍司さん。なんですか?」

「・・・雑誌ならまだ他にもあるぞ」

「あ、ありがとうございます。もう少し読んだら新しいの、借りたいです」

 龍司は、彼の繊細な気持ちなど意に介さないと側らで長々と寝そべって雑誌を読んでいる和輝がまだ時々気になっている。

 たぶん、これだった。

 この割りきりだった、問題は。

 これはペットなのか。それでいいのか。

 それとも、弟、なのだろうか?




 ペット。

 拾い猫だという認識では失礼ではないだろうか。

 相手は、一応、人の腹から生まれた人間なのである。

 差別ではなく、区別だと思っている。

 同種を大事に重んじる気持ち、同種を他とは違ったものと優遇するために違うものだと差を付けて考える。それは当然のことで、差別ではないと龍司は思っていたが、差別だと非難されれば、ああ、すみいませんと謝って引き下がる。

 でも差別していようと、龍司にとってペットを軽んじたりすることはしない。

 差別してちゃんと大事にする考えを持っているのだ。

 犬なので、ネギは食べさせてはいけない。人間じゃないので、普通の味噌汁は濃すぎるので薄めて与えなくてはならない。現実に一緒にならないものだから一緒にはしないのだ。

 犬として飼い主として接することは悪いことではないと考えている。

 けれど、それが犬じゃなかった場合は。

 犬ではなく人間だったとき、首輪を付けることは常識に反する。

 人間なら人間として接しなくてはならない。

 とすると、話は基本的なところに戻ってくるだろう。

 こいつは何だ?

 和輝とは何だ。

 弟って言うものはどんなものか。

 和輝には兄はおらず、唯一の兄と言えるかもしれないものが龍司だった。

 けれど、それは龍司にとっても同じだ。龍司も一人っ子だ。

 兄弟と呼べるものを知らなかった。

 和輝母子が、龍司父子の家にやって来て一年で出て行った。

 そのあと、後悔に居たたまれない龍司は家を出て、寮生活、大学は意図的に県外を選んでいた。

 和輝は祖父母と暮らしてきたが、その間、龍司はずっと他人の中か一人暮らしをしてきていた。

 牧に一度「おまえは人間嫌いの、動物好き」と言われたことがあるが、その通りだと思っていた。

 知り合いは多いが、親しく腹を割って話が出来るのは牧、他数人ぐらいしかいないとなれば否定は出来なかった。

 家族と言ったって、再婚をぶち壊した責任を感じているため父親には合わす顔がない。連絡はするし、土産や誕生日などには物を送るが、会いたくはないのだ。

 和輝は、兄弟と龍司を頼ってやって来ていた。

 一人の平穏な龍司の生活にずかずかと踏み込んで、慣れだして寛ぐこともできるようだった。

 腹立たしかった。

 自分が小さなことに拘っていることも、龍司の腹が立つ原因だった。

 くだらないことだ。

 キスをされたっていうだけのことだ。

 人生最初のキス。

 ファースト・キスなどと言うけれど、ファースト・握手とは言わない。

 どこが違うんだろうか。

 口の皮と、手の皮は重要度が違っているのか。

 唇が触れただけ、特に和輝がしたものは本当に触れただけのものだったと、よく覚えていた。

 ああ、と龍司はどんどん煮詰まって行く。

 よく覚えていることが、そもそも不快だったから。

 これは八つ当たりになるかも知れない、と思った。

 八つ当たりは恥ずかしいかも知れないが、それによって一瞬なりとも憂さは晴れるのだ。

 龍司の報復だった。

「おい」と龍司が、和輝に声を掛けていた。

 何が悪い。正当な復讐、目には目をーーーだ。

 絨毯の上に寝そべっていた和輝に、許可なくキスしただけということは、立場を変えただけのあの日の出来事だった。

あけましておめでとうございます!

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