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子猫以上、弟未満。  作者:
第二章
18/32

6.

 そのくらい一人で居られると胸を張ったものの、次第にそわそわしだして、大丈夫だろうか、湯船で倒れてはいないだろうかと覗きたくなるほどの長風呂を終えた龍司のあとで、和輝もお風呂に入った。

 その後は時間もすっかり遅くなっていたので、龍司はさっさとベッドに入ってしまい和輝は、畳んである布団を広げて、電気を消した。

 それ以上会話を交わすこともなく、思い出には蓋をして二人は前向きに朝を迎えるべく眠りについたのだ。

 朝になったようだ。

 気が付いて身体を起こしているものの、半分目は閉まっているし頭の中に至っては完全に眠っているだろうという状態で和輝は会社に向かう龍司を見送った。

 龍司が出て行ったあとはもう一度布団に戻って二度寝をしてから、すっきりと朝を迎えた和輝は、コーヒーとトーストを食べた。

 朝は食べなくてもよいタイプだったが、食べることに決めている龍司が和輝にも義務と言い渡し、細かい男は食パンの枚数チェックをしているので数が減っていないと食べていないとバレて怒られることになるのだ。

 食べずにポイを考えなかったわけではなかったけれど、龍司が用意しているものを和輝はそんなことはしたくなかった。

 もたもたとしながら食べ終えてみると、テーブルの上にヨーグルトがぽつんと置いてあるのに気が付いた。

 出かけに龍司が何かを「食え」と言っていたようなことを思いだしたし、ヨーグルトの蓋の上にはご丁寧にマジックペンで、食べろよ、と書かれてあったのでこれも朝食なのだと知って、和輝はぺりっと蓋を開けた。

「じいちゃんより厳しいかも・・・」

 独り言に呟いた和輝は、そのうちサラダとかフルーツとかどんどん増えたりして、などと思いながらヨーグルトを胃に収めた。食べながらの想像はさいわい、現実化はされなかったが、数日のうちにコーヒーが牛乳に変わっていくのだ。

 朝食を終えたあとは、和輝も出勤だった。

 昼頃からという約束だったが、マンションで一人いても暇だったので食べ終えて片づけをしたあとすぐに向かっていた。

 牧という男も、どこか龍司と似ている空気があって、慣れ親しんでないためもあるだろうけど一緒にいて心が安らぐという相手ではなかった。緊張を強いられる、恐い感じ、自分とは違う大人の人と思わせる何かがあった。

 学生のような社会人が珍しくないなか、牧や龍司はオヤジ臭いということなのだろうか。雰囲気が古くさい、古風なタイプの人間ということなのだろうかと、道々考えたが、結論は見つけられなかった。辿り着く前に、一月だったが日差しの明るい寒さも緩んでいる午前を私服で通りを歩いている自分はまわりの人からどんな風に見えるのか気になってしまったからだ。

 みんなが非難がましい目で和輝を見ているような気がして、自分の小心者具合に頭がいっぱいになっていたのだ。

 そうして辿り着いた準備中の居酒屋では和輝をにこやかな笑顔で迎えた牧が、挨拶もすまして早々にそれを言った。

「ところで、おまえ、本当は狡休みだろ。兄ちゃんには黙っててやるから言ってみ」

 やっぱり、そんな風に見えるということだ。

 牧のなかにある言葉の認識として、和輝は到底当てはまるものではなかったから、牧はちらりとも感じてはいなかったが、和輝は不良少年と、自分は人の目に見えているのだろうと思った。

 学校も行かない、ふらふらしている若者。

 それまで和輝は真面目によい子を心がけて生きてきたので、思い切った行動を取っている自分をとても意識するのだ。

 大きく道を踏み外してしまった気分、いわば、自分はもうすっかり悪人に転身してしまったような気になっていた。

 何を大げさなと、いうものだったが和輝にとって清水の舞台から飛び降りるほどの覚悟の末にこの場にいたのである。

 向こう見ずの強気ぶっていたが、精一杯被っているものは、最終で最大の攻略目標である龍司がいないときには気が緩んで剥がれ落ち来ちてきた。

「・・・龍司さんって、僕のこと、やっぱり嫌ってますよねえ・・・」

「なんだそれ」

 手が止まってるぞと注意されて、慌てて大根の皮を剥く作業を再開させた和輝の横では牧は芋剥きだった。

 煮物を作るべく皮剥きなのである。

「龍司がそう言ったのか?」

「・・・いいえ、言われていませんけど・・・雰囲気で・・・」

「雰囲気ねえ」

 一瞬何ごとかを考えるように首が傾いたが、牧はすぐに言った。

「っていうが、おまえ、普段の雰囲気を知らないだろ」

「でもっ、怒ってるかどうかぐらいわかりますっ」

 牧の指摘は尤もなことで、和輝は焦って言い訳のようになってしまった。

「怒っているようにおまえには見えるのかもしれないけど、それが普通だったら?」

「・・・」

「別に特別嫌っているようには見えないけどねえ」

「でも、怒ってないなんて信じられない、こんな風に自分の生活に押し入られて!」

「へえ・・・ちゃんとわかった上でやっているわけ。人の都合なんてさっぱり関係ないし、気も付かないわ!ーーーってのかと思っていたよ」

 牧の言葉はやはりきつい。

 言葉に詰まってしまった和輝に、だけど向けられたのは笑顔だった。

「根性入れて無視してやっているわけだ。思ったよりしっかりしてるんじゃないか」

 言葉だけでは皮肉か非難されているようなものだったが、牧の率直なしゃべり方と表情が加わると褒められたみたいな気分になってしまって不思議だった。

 実際のところ、どっちかわからなかったが、聞いた和輝は照れてしまっていた。

「そんな、僕、しっかりなんてしてません」

 だから本来なら和輝のなかに溢れていたのは言い訳だったのだが、謙遜のような微妙な返事になった。

「まあ、できるとこまで頑張ってみるんだなって、かんじだな」

「え」

 優しい言葉のあとは、急に投げ出されたようなものに変わって面食らったのだ。すると牧は、叱咤だった。

「おい、また手が止まってる」

 和輝は慌てて手を動かして、それきりその話は途切れて店内にかかっていたラジオからアイドル歌手の新曲が流れだしたのだ。そのあとの話題はもっぱら人気アイドルの可愛さの吟味に変わっていった。





第二章も半分ぐらいのところまできました。

お付き合いどうもありがとうございます!

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