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子猫以上、弟未満。  作者:
第二章
16/32

4.

 最近になって、和輝は嫌いだった母のことが少し穏やかに思い出せるようになっていた。なぜなら、自分は間違いなくあの勝手な人の血を受け継いでいる子供だと認められるのだから。

 和輝はだから、こうやって和輝の元にやってこられたのだろう。

 龍司の領域に踏み込んで、その場所に当然のように居座って暮らしてゆこうとしているのだ。

 龍司はやっぱり、和輝のやっていることを心から受け入れてはいない。当然だと思っている。

 だけど、和輝はここにいたいのだ。

 だからいる!図々しくたって!

 たった一年だったけど、高原の家で龍司と過ごした時間は、和輝にとってとても強烈な時間で思い出となっていたから。

 じいちゃんとばあちゃんとの家とは違って、決して穏やかとは言えなかっただろう。いつもビクついていた気がするのだ。お父さんにではなく、兄に、龍司にだった。

 自分はいつも龍司を気にしていた。

 母が、「お兄ちゃんは和ちゃんのことを弟と認めてくれるかしらねえ」と言ったからかもしれない。龍司に好きになってもらうことが大きな問題だった当時の気持ちは、今でもとても鮮やかに思い出せるのだから。

 いや、もしかすると。当時のものだけではなくて、新たに加わっている新鮮な思いなのかもしれないけれど。

「龍・・・司さんが、僕の顔見てるのが腹立たしい気分なのだったら、僕、コンビニにでも行ってきます・・・」

「馬鹿者っ!させられるか、そんなのことが」

「でも・・・」

「でももクソもない。コーヒーでも作っていろ。うちは十時以降の外出は正当な理由がない限り禁止だ」

 悔しかったらさっさと大人になるんだな、未成年!ーーーと続けた龍司は、とても古くさいタイプの人間だった。

 でもそれは、和輝にじいちゃんを思い起こさせるものであり、じいちゃんと龍司では全く血縁だけでなく、面識だってなかったわけだが二人が他人に思えないような気分にもなってくるのだから不思議だった。

「でも、龍司さん機嫌悪そうだし・・・」

 と言うと龍司は、安心しろと言った。

「悪そうじゃなく、悪いんだ」

 冷たい断然にあって怯むところには、受けとったコーヒーを口元に運びつつ。

「それがどうした。人がいつも自分のことを考えていてくれるわけじゃないんだ。だからここにいられない、堪えられないんだと甘っちょろいこと言うような奴が世の中やってゆかれるか、やってゆけんぞ。そこで正座して、堪えてろ!」

 社会人の営業マンからの日頃の八つ当たりも含まれるような厳しいお言葉である。

 正座は足が痺れるので嫌だったので、和輝は普通に絨毯の上に座った。

 居心地がいいのか悪いのかわからなかった。

 機嫌の悪い龍司の横のようにちょこんと座って、会話もなく自分もコーヒーを飲んでいる。

 兄として頼ったはずだけれど、龍司は歳が離れていて兄弟と言うよりもまるで保護者だった。支配的な保護で、もう十時が回っているのでふらりと気分転換に外に出ることも許されないので、嫌でも和輝はちゃんとここにいないといけないのだ。

 ここにいないといけない。

 でもそれは、裏返してみるとここにいてもいい、ということだ。

 それは今、和輝が一番望んでいることなのだから、部屋に流れる沈黙の空気の中で和輝は嬉しくて笑いださないように必死になっていた。

 気を緩まして、笑い声でもだしてしまったらやっぱり、龍司に怒られるだろうから。それは嫌いでなくても恐いので、出来るだけ避けたかった。




 龍司は鬱々と考えていた。

 いろいろと予定外のことを龍司の生活に引きずり込む和輝のため。

 和輝を考えるとなると、親しくなくよくも知らない相手のため、龍司は自然と思い出のなかに意識を向かわせることになる。

 遙か昔の、嫌なことは二度と触れないように塞いだーーーだろうが、その塞いだこともすっかりと忘れ去っているような記憶の底の方から、前方を向いても解決策が見いだせないため、仕方なく後ろ向きな地味な発掘作業に専念するのだ。

 努力は実を結んで、ますます龍司は不愉快な心地に陥り落ち込んでいた。

 学校から帰ってみると、家にいた小学生だった。

 前日の父の再婚の相手の女の人の出現にも驚いたが、若い女の人でその父の子ではない連れ子と言っても赤ちゃんだろうと思っていたのだが、歩き回って言葉を喋るほどの育った子供だった。

 泣くだけが仕事のような赤ちゃんなら、鳴き声だけ我慢していれば自分に関わることなどないだろうと冷静な判断をして、自分を納得させようとしていたのに。父にも誰にも言えなかったが、どうしていいのかわからず内心慌てふためいていた自分さえも思い出してしまったら、龍司が考えながらいい気分でいろというのは無理な話だった。

 中学三年生だった。

 受験が来るのだというのに、父は自分のことなど愛していないのだろうと思った。だから自分の受験もあまり真剣に考えていないし、自分だけでは足りなく新しい家族が欲しくなったのだと。拗ねなかったと言えば嘘になる。

 そんな龍司にとって、和輝はどんな存在か。

 弟といきなり思えるはずがないし、もっと単純に考えたとき、敵の手先、子分だったろう

 だけどこの敵は、やっつけるわけにはいかなかったし、その子分もしかり。

 うっかり泣かせた場合、問答無用で龍司が悪者になるのは目に見えていた。

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