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子猫以上、弟未満。  作者:
第二章
15/32

3.

 きちんと整理してみるとする。

 だから、なぜ、自分が逃げないといけないのか。龍司のなかで疑問が首をもたげていた。

 牧の処に、和輝から逃げる。自分の城たる部屋を自分が空け渡してこそこそと牧店に避難するなど、どうしてだという根本的な問題、大きな疑問だった。

 気が付いてしまったとき、龍司の機嫌はとても悪かった。

 たとえ「コーヒー、入れますね。龍司さんはブラックですよね?」と気が利く和輝がかいがいしく腰を上げて、ティーカップの準備をしても、だ。

 龍司は黒いソファーの真ん中にふんぞり返って座っている。わざと大きくなって座って、テレビを見ているのだ。この部屋の主なので。

「・・・なにか、僕、気に障ることしましたか。・・・したのなら、すみません、謝ります・・・」

 和輝も何度も龍司の不機嫌具合を気にしていていたが、龍司は理由について口を開こうとはしなかった。

「何か自分が、しでかしたと思っているのか?」

「・・・」

「心当たりがあるのか?」

 厳しい声に繰り返して聞かれて、和輝は小さい声で、より怒らせることになるだろうことを答えなくてはならなかった。

「わからないけれど・・・」

「なら謝る必要はないだろ」

「・・・でも、怒らせたことはちゃんとわかるし」

 だって証拠に、現に怒っている。

 和輝はインスタントコーヒーの瓶を片手に立ちつくしている。

「だって・・・元々が良く思われてないわけだし・・・」

 図太いとか、常識に外れているなど、龍司に腹立たしく思われていることは覚悟をしている和輝なのだ。

 一人は嫌なのだと龍司のところに押しかけてしまった。

 龍司のところに行くというアイデアは、最初の頃、眠れない夜中、一人深夜テレビの前でスナック菓子に囲まれてどうにか朝を迎えようと悪戦苦闘していたなか、ふっと思いついたことだった。

 ばあちゃんに続いて、じいちゃんもいなくなってしまったけれど、その前にお母さんも死んでしまっていたけれどもまだ、自分には兄がいるではないかと思いついたのだ。

 兄だった。

 宮田桜子は高原孝司と再婚してしばらく、高原家で過ごした。

 その縁とは、一年ぐらいで破談になってしまい、和輝達は龍司と父親の家を出たその後、母の実家であるじいちゃん家に身を寄せた。だけど和輝にとって、こちらは血縁のある歴とした肉親だったが、そのときはじめて会う祖父母だったのだ。

 田舎の農家を飛びだした母はほとんど絶縁状態で、和輝を産んでいた。シングルマザーの母親で、和輝は本当の父親の顔だって知らない。

 でもそれなりに幼い子供でも、なぜと聞いてはならないことなのだろうと感じていたし、一人泣くことも多かった母親に自分がしっかりしないと駄目なのだと感じとっていた。

 だから、和輝は保育園でもどこでも、「手のかからないいい子だ」と褒められ続けたのだ。

 「あなたの新しいお父さんよ」と連れて行かれた龍司の家はあっという間に出ることになった。母親と二人暮らしに戻ってしばらくして、今度連れられていった家では、「あなたのおじいちゃんよ」だった。

 その初対面の人は、難しい話ではなく、正真正銘、和輝のおじいちゃんだったのだ。母と血の繋がる母の父親だったのだから。

 でも、母に紹介されたその人も死んでしまった。

 温かい人だった。母がこの人達と喧嘩をして、一緒に暮らすのが嫌になって飛びだしたなど信じられないくらいに和輝に良くしてくれた。

 その人達に似ても似つかない自分勝手な家出同然に家を飛びだしていった一人娘は、このときもただ自分の都合で帰ってきたのだ。実家に戻って半年で、癌で死んだのだからきっと和輝を押しつけるために帰ったのだ。小学校三年生のときだった。

 それから祖父母と和輝の、母がいなくなって寂しいけれど穏やかな日々が続いた。

 一番印象に深いことは、家族三人で食卓を囲む食事だった。そのうえ毎日が、おばあちゃんが台所で作った手作り料理だったのだから。

 得たもののかわりに失ったものを懐かしく思うなら、兄、だった。そして高原のお父さん。

 その人達と和輝は、じいちゃんとばあちゃんとは違って、血の繋がりはないのだ。

 けれど、和輝にとってあまり変わらないように思えるのだ。

 だって、どちらもいきなりそのときはじめて会ったのだから。一緒。

 それまでは全く知らない人だったけれど、じいちゃんとばあちゃんとは十年近く一緒に暮らしたのだ。家族だったのだ。

 だけど、もう失ってしまって、悲しくてーーー。

 これが孤独の中で一人藻掻いた和輝の見つけた光明だった。

 いくら悲しんでいても、もうじいちゃんもばあちゃんもお墓の中から帰ってきてはくれないのだ。

 でもだったら、もう一度作ってはいけないだろうか、別に。母が作ったように。

 今度は和輝自身が動いて、だった。

読んでいただきありがとうございます!

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