1.
「弟くんは、可愛いかい?」
にたにたと笑って尋ねられると、龍司は返答に困っていた。
「完全に面白がってますね、牧先輩」
「ああ、面白いねえ。また龍司が拾いモノをしたって。しかも今度は人間と確実に進歩しているてきては」
ぐししっと笑う男に、龍司はため息だった。
「拾ったのは先輩の方だと思うんですがね」
「俺は拾っちゃいないぜ。俺のシマにうろうろしているのがいたから、棲み付いちゃいけいからシッシッと追い払おうとしたんだが、聞いてみるとだ。これが、客だと言ったからな。お客様なら話は違う。神様だから、俺はぺこぺこと腰を折って店に入れたさ」
神様なら、俺もですよ、とは無駄なことは言わずに
「居酒屋に制服を、ですか?」
非難がましい響きだったが、牧にはどこ吹く風だった。
「オレンジジュースも置いてあるんでね」
「コンビニに行った方が安い」
「今時は、高いオレンジジュースを飲むのも自由ってもんだろ」
牧とのいつもの巫山戯た漫才のような会話を今日の龍司には、長く続けている心のゆとりがなかったので、打ち切った。
「・・・やっぱりよくわかんないんですがね。あれは、俺の弟なんですか? 弟として付き合ってきゃならないんですかね・・・」
本音の吐露だった。すると
「さあ、知らん。でも向こうはおまえのことを、兄ちゃんと慕っているわけだ。でもそれは向こうが勝手にやっているだけだわな。ならシッポ振ってくるものを龍司くんが、追い払う勇気があればそういうことで、こっちの都合でちゃちゃっと追っ払ってしまっていいんじゃないの?」
龍司は嫌そうな顔をした。
勇気があれば、というところをやたらと丁寧に強調して言った牧は、暗に追い払えないだろうと龍司を揶揄しているのだ。
牧にしてみれば、龍司は昔からこんなもんだった。
珍しい出来事とは思わなかった。
こいつときたら、犬とか猫とか、特に捨て犬迷い猫といった哀れなものが好きで、放置しておけない質なのだ。高校を卒業して十年近い時間が経っていて、今も交流が続いているという気の合う後輩の習性など、手に取るようにわかってしまうのだ。
「馬鹿にしてますね、俺を」
「いいや、ぜんぜん。捨て犬を拾う優しい奴を悪さ様に言うほど歪んじゃいなくてね」
扱い方だってお互い、心得ているだろう。
性格をわかっているつもりでも、牧に面白げに笑いながらそんなことを言われ続けているのは嬉しくなくて、龍司はそっぽを向きながら日本酒の杯を口に運んだ。
酒のつまみは、煮物をもらっていたが、大柄な外見に似合わず繊細な味付けを得意とする牧の料理はいつものように、結構な味付けだった。
文句を言いたい相手でも、感嘆は素直に口に出た。
「・・・やっぱり美味いです・・・」
「煽ててもタダにはしないぞ」
「そんなことされるとあとが恐いから、俺が辞退しますね」
タダより高いものはないというではないか。
「ちゃんと払いますので、これのお代わりをお願いします」
空になっている器をカウンターの奥から腕を伸ばして引き取りながら、牧が尋ねていた。
「そんなに食っちゃっていていいのか、腹空かしてひたすら家主の帰宅を待っているチビスケがいるんでないの?」
「冗談でしょ。そんな甘い顔をしていたら、俺はこれから先、どこにも寄れなくなってしまいますよ。そんなことはやってゆけません」
厳しい顔つきになって断言した龍司に、くくくっと牧は笑っている。
「ちゃんと、しっかり躾がはじめっているってことで」
「そういうわけじゃ・・・」
居心地の悪い会話を終わらせるべく、龍司は話を牧のことに振っていた。
「店を止めるかもしれないっていうのは、どうなったんですか。俺の食生活にかかわる重大なことなので、結構気になっているんですが」
すると、牧が途端に笑顔を消して渋面になっていた。ただしとても芝居っぽい戯けたものだったが。
「ああ。そりゃ、まだぜんぜん」
「ぜんぜん?」
「結論が出てないってことだね。親父の意思を継いでこの小さい店をやってゆくっているのも、どうもねぇ。気が締まらない、今ひとつ覚悟が決まらないわけよ・・・」
猫の額ほどの店は、牧のためと新しく改装されて新時代を迎える準備を終えていたが、当の主人の方の心がぐらついていた。自分の人生を賭ける価値があるのかとだ。意思を継いで、を別の言葉に置き換えてみると、いいなりに、だろう。
これまではレールに乗ることを疑問にも思わず自由意思と感じて牧は料理学校も出てきたが、行き着く駅舎ぐらいは自分で選んでもいいのではないかと、悩むようになっていた。
軽く意見を聞きたいと相談されたが、龍司に軽々しくアドバイスが出来るような問題ではなかった。けれどとても気になっている。
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