12.
無責任と言われようが考えたくないのだ。
なんだかそれでは、別々に寝ていた間に、和輝の最後の家族であるおじいさんは亡くなった、しかも朝に部屋に赴き、気づいたときにはすでに遅く冷たくなり果てていた、などという仮定が成り立ってしまうのだなんて。
龍司はそれ以上考えたくなくて、放棄だった。
「今何時だと思っているんだ、三時だぞ。明日も俺は仕事があるんだぞ」
「起こすつもりはなかったんだ。息しているか手でそっと確認するつもりだったんだ・・・そうしたら、龍司さん、気づいて起きちゃったんだけだもん・・・」
「確認して息はしてたな?」
「・・・うん」
小さな子供のように、龍司のベッドの脇に立たされている和輝は頷いた。
もうすっかりと目が覚めてしまっていた。
悲しげに立ちつくしている和輝に、布団に戻れと命令するのも情けない気分だった。自分の頃とほど遠いような気がするのだが、これでも一応高校三年生なのだ。
「なんなら、もう確認に来ないでもいいように、横で寝るか?」
龍司は薄い笑顔を浮かべて和輝に言った。
「いちいち手を翳さなくても体温で異変がすぐにわかるからな、安心だろう」
勿論、皮肉だった。早く戻れ、気になると言うかわりに、大人の冗談。ちょっとした嫌みだった。
顔を赤くして、逃げていくだろうと考えた龍司だったが、和輝は龍司の感覚で扱えないことを身に染みて教えられる事態になってしまった。
「えっ、いいの!?」
顔を喜ばせていた。
「あぁ?」
「たぶん、それが一番安心だよね。僕もそう思う。でも、龍司さん嫌だろうなあって思っていたから言えなかったけど、そうする。そうしたい!」
冗談だろうと思ったのだ。
龍司としては断固、そんなこと、したくない。
「おまえっ、襲うぞ!」
「それはちょっと恐い、力強いもん。さっき、押さえられて息出来なかった。でも、横で寝ていたら異変はすぐわかるだろうし、上から口を塞ぐように手を伸ばすこともしないですむし、安心」
にこりと和輝は笑っていて、龍司はーーー負けた。
なぜなら一本取って勝ちとわかりやすい勝負とは違って、こんなものでは勝ち方がわからない。しぶしぶと龍司はセミダブルの広いベッドの中央から身体をいざけていた。
「今日だけだからな」
これだけは約束させなくてはと、龍司が確認をいれた。
「・・・うん、わかった・・・」
和輝は少し不服そうだったけれど、頷いた。
背中に伝わってくる体温が、女のものではなく男で、宮田和輝なのだと考えれば考えるほど、龍司は気分が澱んでくる思いだった。
黒髪のホラー女ではなく、和輝だとわかったときからもう、胃が痛むくらいの暗い気分だった。
またか、と。
こいつは、また寝ているときにーーーとまで考えて、あれ、と龍司は不思議に感じていた。
また、とはなんだ?
和輝の所為ですっかり目が覚めてしまった龍司はしばらく考えていた。また、の理由だった。きっと昔、憂鬱なことがあったのだろう。そんなことはいろいろ山ほど合っただろうが、直接的に通じる出来事があったはずと考えて、思い出していた。
たいしたことではない。
決してたいしたことではないが、とても大変なことをひとつ、思い出したのだ。
ここまですっかり頭になかったのは、セカンド、サード、それ以降も経験し、そのうえセカンドは、部のアホメンバーで集まってのクリスマス会の罰ゲームという余興だったので、龍司の中で意味が薄らいできているからだろうか。
もう二度と会うこともない過去と割り切ってしまっていたためだろうか。よくわからないが、ファースト・キスだ。
ファースト・キス。
たとえ野郎であろうとも、淡い思い出で初恋の美しい年上女性と、などと少しは夢見る頃があったっていいはずだ。
龍司はその“甘い思い出”を思い出していた。
いや、自分のものは夢も幻想もへったくれもなかった。ちっとも甘くなどないものだったことを、だった。
龍司の中で記憶は感情、すなわち彼の場合、当時の腹立ちも一緒に呼び起こしていた。
そして一つ見つけたら芋づる式だった。いろいろな思い出をかなり一度に、パズルが繋がるように思い出してしまっていた。
その結果だった。
ド阿呆和輝!
クソチビ!、だった。
これが十二年前、一緒に暮らしていた頃の末期あたりの自分の和輝の呼び方だった。
親がいるときにはさすがに声に出しては言わなかったが、友人や本人の顔を見たときにはこう呼んでいたはずだ、と龍司ははっきりと思い出した。
大人げないかもしれない。だけど当時、十五才だった自分は、六才だった弟に真剣に目くじらを立て、許せずにいた。
目の前に現れれば、苛めてやろうとしてーーーいや、それは正当な復讐だ。
でも、狙う龍司の前で子供は敏感に相手の怒りを感じ取って逃げると、卑怯にも親の背に隠れてしまう。
一発殴って泣かせたら、気が済んだかもしれかったが機会を得られず龍司は煮えていた。ぐらぐらと煮えたぎってそうして。
そのあと事態は父親への暴言と続いていったのだ。
龍司の「俺とこいつらとどっちがーーー」で、父親と和輝の母親の縁が切れてしまったとしたとき、それは自分の所為だとずっと後悔してきたが、もっと丁寧に物事を見たときには、和輝の所為ではないのだろうか!
あれから十二年の長い歳月が流れていた。
糾弾したい気分だったが、時効と逃げられてしまうんだろうか!
しかも龍司自身も忘れていたことなので、もっと幼い和輝の記憶などさらに当てにならないだろう。
和輝はおそらく、問題のことなどは都合よく覚えてなどいないのだ。じゃなけりゃ、現れるはずがないと龍司は心の中で唸った。
一人明かりを消した弟付きの狭いベッドで、とても嫌な昔話を思い出してしまった龍司は、和輝を足でベッドから突き落としてやろうと身体の向きを変えた。
けれど和輝は龍司のパジャマの背中にしがみついていたので、落とす前に肩で圧し潰しそうだった。
潰すではなく、龍司は落としたかったのだ。チッと舌打ちする気分だった。
目的はまたしても達成出来ずに龍司は、意思も半ばに身体も戻していた。
次第にいろいろくだらなくなってきたので、和輝のことなど頭から閉め出し眠ることにした。
だけど一つ言いたい。
もうそのときには隣で穏やかな寝息に寝りについていた和輝の神経が龍司には全く信じられなかった。
第一章終了です。
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