1.
恋愛ではなくホームドラマですが、登場人物が男同士のため多少のホモ風味になります。
潔癖な方はご注意ください。
「彼は牧先輩の恋人ですか?」
ところで、と話が途切れたあとにいきなり飛びだした内容に和輝は、口元に運んで舐めていたオレンジジュースを吹くところだった。
「そんな風に見えるかねえ?」
牧と呼ばれた男は、高原龍司にくくっと笑ってみせて、それが返事になった。
返事になっていないのだ。
だから、龍司は重ねて訊かなくてはならなかった。
「後輩としては、あまりそうとは思いたくありませんが、こんな時間まで制服高校生が店にいる理由など他にないでしょうし、まあ援助交際とはいうのよりか、恋人っていう方がマシだと思いますからね」
龍司が男らしい唇にシニカルな笑みを刻んで言うと、こちらも龍司より少し年上の男も負けず劣らず、整った精悍な顔立ちに人の悪そうな笑顔になっていた。
「援助、なんていうのは嫌いだねえ。俺はどっちかっていえば間違いなく貢がれるのが方が好きだな〜」
「でしょうね。けど、そんなこと未成年に強要しないでくださいよ、さらに質が悪い。後輩代表として言わせてもらいますが、迷惑です。話を聞いた誰もが、間違いなくやっぱりと納得してしまいますね、牧先輩なら」
会社帰りというスーツの龍司が、先輩と言う相手に向かってぎりぎりの内容を悪びれもせず口にして、牧は、というとこちらも機嫌良く、わははっと笑っただけだった。
小さな居酒屋だった。黒色の作務衣を着た牧が一人で切り盛りする小さな店だが木目調の和風然とした雰囲気の店内は小粋である。しかしそこには、龍司と牧と、そして話題にあげられている宮田和輝だけになっていた。
そろそろ十一時近くになっていたが、居酒屋の十一時がこんなに閑散としていていいのだろうか、いや八時台でも騒々しくはなかった、と和輝が心配になるような、落ち着いた空気が漂う店だった。
十時過ぎに、龍司は店の暖簾を潜ってカウンターについていた。熱燗と摘みを、「いつもので」とだけ言って牧に出してもらい、そのあとはしばらくテレビニュースを眺めながら男二人、世間話をしていたが番組も中だるみの時間になりバラエティ内容になった時点で、話の話題が和輝になったのだ。
「本当にいったい高校生が、こんなところで暇そうに、何やっているんです?」
「こんなところで、悪かったねえ」
牧が首を竦めたが、龍司は気にしないようだった。
「家以外、塾でも十一時ではすべて俺にとっては、“こんなところ”ですね」
「そう、きっついこと言いなさるな。怯えちまうぜ」
「それは失礼。牧さんの大事な大事なお相手でしたっけ?」
「ただの身内だ。仕事が終わるのを待っていたんだ、一人寂しく、可哀想にな」
「身内?・・・へえ・・・」
それで改めて、ちらりと一瞥されたきり興味無さげに牧に戻ってしまっていた龍司の注目が和輝に返ってきた。
「これはこれは。牧先輩とは違って、今時じゃないですか・・・良かったなあ、きみ、似てなくて」
龍司はにこっと笑顔になっていたが、おまけのとってつけたような表情で和輝は、とりあえず「はあ」と返事をした。
「血の繋がりはなくてね。似ていなくても当然だが、なかなかの美人だろ?」
「ええ、そうですね、今時風で、色が白くて細い。俺達のときでは先輩が真っ先に苛めそうなかんじ、ですよね」
お酒が入っているせいか、これをくだけた気の置けない仲と表現するのか、和輝にとってはひたすらどきどきと心臓を早打ちさせていた。
「苛めるなよ」
「先輩じゃありませんよ」
「行くとこがなくて、肉親を頼ってーーーという悲しい事情でね。相手はなんといっても、未成年だ。食いもんとか住むとことか大人がちゃんとみてやらなきゃいかんだろうからな」
「・・・それは、大変ですね」
龍司もここに至って、酒のつまみにしていた高校生の存在の事の重大性を感じ取ったようでしみじみとした口調になり、労うように言ったのだが、牧ははっきりと首を横に振った。
「いや、そうでもない。それにこんなことは当然の事だろうよ。それが出来ないなんて言う奴は人間の風下にも置けない腐った野郎だろうさ」
断言した牧に、龍司は不覚にも感動した。
高校の部からの腐れ縁の男は知らないうちにこんな別人のような成長を遂げてしまったのか。
こうして改めて見つめてみると、その横顔には以前にはない威厳が漲っていると感じた。
―――が。
「まあ、そういうことだ。ちゃんと面倒見るんだぞ、龍司」
「え?」