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龍刻の転生者  作者: 勇者 きのこ
少年期 第5章 長き旅路編
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第49話「天鱗」

 






 –––––狡知の神との邂逅から数日が過ぎた頃。



 リュウたち一行は太陽すら覆い隠してしまうほどの巨大な樹木が立ち並ぶ、恐ろしく広大な森へと足を踏み入れていた。


「–––––すっかりボロボロですなぁ、意識はありますかな?」


 木々の隙間から木漏れ日が僅かに降り注ぐその下、ボロ雑巾の様にぐったりと倒れ伏しているリュウの姿があった。


 –––––至る所の血管が浮かび上がり、焦点の合っていない目は充血し呼吸もか細く浅くなり、内側で暴れ回る魔力がリュウの身体を破壊し続けている。


 意識は朦朧とし、痛みすらもはや感じてはいない。


「おぉい、ジュリウスよ!はやく回復魔法をかけてやってたもぅ!」


 –––––リュウが行っているのは、単なる魔力操作の修行だ。


 単なる(・・・)という表現には、少々誤りがあるだろう。


 樽桶いっぱいの魔力を小さな瓶に一滴も零さず注ぐ様な作業を繰り返し、その結果魔力が暴発し樽桶ごと破裂してしまったのが今のリュウの状態だ。


 –––––魔力暴走状態(・・・・・・)


 リミッターが外れ制御を失い、溢れ出た魔力が激流となって身体中の魔力回路を暴れ回り、焼き切ってしまう現象である。


「通常であれば魔力回路が焼き切れるまで多少の時間がかかるものですが、このように一瞬で破裂してしまうのは稀ですな……」


 リュウの身体に手を添え、回復魔法を施しながらジュリウスがそう呟いた。


 倒れれば回復し、また倒れれば回復し–––––常人であればとっくに気が狂っているであろう。


 そんなことなど気にもしていない様子のアヴァロンは、さっさと叩き起こせとジュリウスを急かしている。


「今までは龍神の力で制御できておっただけじゃっ!妾の修行ではそういったものは認めんっ!」


「ですが……いくらなんでも、全開状態の魔力操作をこの“重力結界”の中で行うなど–––––」


 ジュリウスの言う通り、多少の魔力を操作するだけならリュウもここまで酷い状態にはなっていなかっただろう。


 しかしアヴァロンの要求は、立つこともままならないほどの重力空間でフルパワー状態の魔力操作を行うことだった。


「これくらいできるようにならずして、神に通用するわけないじゃろっ!ほれっ、起きぬかっ!」


 アヴァロン特製の重力結界に再びリュウを放り込み、その額をペチペチと叩いて呼びかける。


「それにじゃ、こやつは既に一度“竜化”をしておるっ!身体はすでに人間の時よりも丈夫になっておるでな!」


 ただの人間なら耐えられず即死していたであろう結界を横目に、思わずジュリウスも引いてしまう。


「–––––っ!げぇっ……!!」


 目を覚ました瞬間強烈な吐き気がリュウに襲いかかるが、もはや出てくるものは胃液だけ。


「起きたかっ!起きたなっ?!では続けるのじゃっ!!」


 アヴァロンの声を聞き、ガンガンと警笛のように鳴り響く頭痛を抑えながらなんとか立ち上がる。


「お待ちくだされっ!少しばかり休息をッッ!私の魔力もかなり消耗しておりますし、リュウ殿も本当に死んでしまいますぞっ!?」


「えぇいっ!離せジュリウスっ!」


 もはや日常的な光景となりつつあるやり取りを見ながら、リュウは意識がハッキリとしてくるのを感じる。


「–––––ぅぐ、ッッァァァアアア!!」


「リュウ殿も一旦待たれいっ!!そうです、そろそろ昼時ではッ!?とりあえず腹ごしらえを–––––リュウ殿ッ!!?」


 再び魔力暴走を引き起こしそうになるリュウを慌てて静止するジュリウスの声が、辺りに響き渡る–––––。







 ––––––––––






「おい、ミシェル。もうすぐ昼飯の用意ができる、リュウたちを呼んできてくれるか?」


 ガッチェスはグツグツと煮える大鍋をかき回しながら、カンナと共にいそいそと食器を並べるミシェルへと声をかけた。


「はぁいなのですよぉ〜♪」


 上機嫌に鼻歌を歌いながらリュウたちの元へと向かうミシェルを、ジトーっと恨めしそうな目でカンナが眺めている。


「なんだ、一緒に行かないのか?」


 気不味い雰囲気に耐えかね、思わずガッチェスが声をかける。


「ううん、大丈夫です……。ご主人の邪魔はしたくないので……」


 カンナのその言葉に、心の中でガッチェスも思わず同意する。


あれ(・・)は俺たちの理解を超えている、気にするな」


 ガッチェスですら目を逸らしたくなる様な修行が、この数日ずっと続いている。


「今俺たちにできることは、これくらいだからな」


 そう言ってガッチェスは再び大鍋の中身をかき混ぜる。


 そうこうしている内に、すぐにミシェルが戻って来た。


 ぐったりとしたリュウを背負い、こちらに向かってくるミシェルを見て先ほどの上機嫌の理由に納得する。


「今日も随分とボロボロだな。あまり根を詰めすぎるのは良くないぞ–––––む、アヴァロン様たちは今日も別か」


 戻って来たのがリュウとミシェルだけなのを見て、ガッチェスはふぅっと肩を落とす。


 アヴァロンはあまり食事を共にする事がない。

 と言うのも、ほぼ魔物の肉とそこらで取った野草を口にするのが嫌なのだ。


 ジュリウスも流石に抵抗感があるようだ。

 やはり天界での暮らしと魔法界での暮らしは、文字通り次元が違うのであろう。


「ミシェル、パンドラは呼んで来なかったのか?」


「わざわざぁ、私が呼ばなくても来ると思うのですよぉ〜?–––––あ、ほらぁ♪」


 ミシェルがそう言い木々から零れ落ちる日差しに目を細めながら上を見上げると、巨木を駆け下りてくるリオウルフとその背に乗るパンドラの姿が見えた。


「パンドラちゃん、おかえりなのですよぉ〜♪ご飯にするのですよぉ〜♪」


「えぇ、ただいま。ちょうどお腹が空いてたから助かるわっ!ありがとう、ガッチェス–––––あれ、またあんたボロボロになってるわね?」


 リオの背から飛び降りて用意されていた椅子に座った後、隅の方でしょぼくれているリュウに声をかけた。


「クアハハハ!その様子、どうやら上手くいってないようだな?」


「うるせぇ、今は口喧嘩する気力は無いぞ」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながらリュウのことを見下ろすリオ。


 だがすぐ後ろから感じるミシェルの無言の圧に、すぐにその口を閉じた。


「喧嘩するなら飯を食った後にしてくれ、冷めてしまうからな」


 ガッチェスがそう言い、リュウとリオはチッと小さく舌打ちをして黙々と食事を始める。


 ガッチェスはまた溜め息を吐き、カンナたちにも食事を始めるように促した–––––。








 ––––––––––








「–––––こほんっ!休憩は終わりじゃっ!ほれ、はやく行くぞっ!」


 アヴァロンは天界から戻ってくるなり、ぐったりとするリュウの首根っこを掴みズルズルと引き摺って行く。


 その後ろをジュリウスが眉間の(しわ)を抑えながら着いて行く。


「–––––アヴァロン様、少々お待ちを」


 その後ろ髪を掴むかのように声をかけたのは、先ほどの喧嘩をパンドラとミシェルに叱られ“おすわり”させられていたリオだ。


「今の小僧では、アヴァロン様の修行を受けるに値しないかと!故に、その“修行に耐えられる修行”が必要です!」


 その言葉にアヴァロンが反応するよりも速く、ジュリウスが言葉を重ねる。


「リオ殿の言う通りですぞ、アヴァロン様。神の力を会得するのは一朝一夕では不可能、それはアヴァロン様とて例外では無かったはず」


 アヴァロンは二人に何か言いたげだったが、昔のことを思い出し押し黙った。


「まぁ、確かにのぅ……。父上の修行は、妾も思い出したく無いくらいじゃ……」


 二人の言葉にアヴァロンも納得しかけた時、その言葉に反対したのは–––––。


「それじゃダメだっ!俺は一刻も早く強くならなきゃダメなんだッ!!」


 アヴァロンに首根っこを掴まれていたリュウだった。


「フンッ、余程この前のロキとか言う神との戦いが響いているようだな」


「仕方ねぇだろ、俺はあの戦いであまりにも無力だった–––––何もできなかったんだぞ……」


 項垂れるリュウが固く握った拳からは、血が滴り落ちている。


「あれだけ強がってたわりに、それが本心か小僧。ならばついでに聞くが、ここ数日で何か掴めたか?アヴァロン様の教えは確かに過酷だが、今の貴様に足りないモノでもあったはず」


「力の制御、魔力操作、身体能力、そして気力–––––どれを取っても今の貴様に足りぬモノだ」


 リオは冷たい声でそう問いかけながら、リュウへと歩み寄る。


 アヴァロンは得意気に胸を張り、リオに言われたことが満更でも無さそうだ。


「貴様とロキは、魔法と魔術がどうとか言っていたが–––––そもそも魔法とは“事象を引き起こす力”である。つまり“想像”が前提である」


 リュウの眼前へと迫ったリオは、項垂れる顔を覗き込みニヤリと馬鹿にするように笑い–––––言う。


「小僧、貴様には“想像”できなかったのだろう?あの戦いを見て、我輩はおろか神を下す己の姿を。アヴァロン様の修行を受けて強くなる己の姿を、な」


 その言葉に思わずキッと睨みつけるリュウだったが、図星だったのかすぐに顔を伏せた。


「無我夢中に努力すれば強くなれるなど、それは“人間の領域”での話であろう。流れに身を任せ、ただ言われるがままに努力するのは、他力本願だとは思わぬか?」


 その言葉にリュウは答えず、ただ押し黙ってリオの言葉を聞く他ない。


「まぁ焦るな、小僧。要は想像できるようになれば良い、簡単な話であろう?例えば–––––」


 そう言ってジュリウスを一瞥(いちべつ)した後、今度は後ろにいたパンドラたちの方を見て言った。


「–––––緋天の眷属殿よ、後ろにいる我が主たちに向かって“殺す気”で魔法を放ってくれぬか?」


 あまりにも突然に放たれたその言葉への反応は、皆それぞれだった。


 ガッチェスは目を見開き、すぐにカンナに側を離れるように促し、カンナは慌ててそれに従う。


 パンドラとミシェルはその意図を察したようで、何も言わずにただ目を閉じて黙っている。


 アヴァロンは何も察していないようで、リオとジュリウスの顔を見比べたまま呆けている。


「はぁッ?!いきなり何言ってんだッ!!」


 リュウはその言葉に慌てて振り返るが、ジュリウスもリオの意図を察したのか大杖を取り出し魔力を高める。


 –––––本気だ。


「待ってください、ジュリウスさんっ!なんの意味があるんですかッ?!」


「構えなさい、リュウ殿。(わたくし)めもこれが最適解だと思います故–––––どうかお覚悟をッ!!」


 ジュリウスは既に大杖への魔力を充分に練り上げ、紅蓮に輝く炎球を顕現させる–––––。


 アヴァロンの手を振り解き、リュウは一目散にパンドラたちの前に飛び出しジュリウスと対峙する。


(クソッ、どうする?!魔法で押し返す–––––無理だ、実力差があり過ぎて力負けするッ!)


 顕現した炎球の凄まじい熱量が、たちまち周囲に蜃気楼を引き起こす。


「何やってるんだ、全員はやく離れろっ!」


 目を閉じたまま微動だにしないパンドラとミシェルの肩を掴み、ガッチェスが叫ぶ。


「あんたはカンナと一緒にできるだけ離れてなさい、ガッチェス。心配しなくても、リュウなら大丈夫だから」


「私たちはぁ〜、ご主人様を信じてるのですよぉ〜っ!」


 二人のその言葉を聞き、何かを言いかけたがグッと堪えながらリュウを見る。


「–––––リュウ、これを使えッ!!」


 ガッチェスは力強い眼差しをリュウに向け、オルシオンを放り投げた。


「では行きますぞ、“蓮炎”ッ!!」


 リュウが受け取ったと同時、ジュリウスが蓮炎を地へと放つ。


 ゆったりと重くのしかかるように–––––轟々と燃え盛る紅蓮の炎がリュウたちへと迫り来る。


 確かな期待と信頼を背に感じながら、リュウは引き抜いたオルシオンの刀身に視線を落とす。


 そこに映る自分の顔は、なんとも情けない表情だった。


 この状況に困惑しているのか、はたまた恐怖心からか。


(–––––腹が立つぜ。なんて顔してんだ、俺はッ!!)


 仲間の信頼を裏切るのか?絶対に無理だと諦めるのか?


 いつから俺はこんなに腑抜けちまったんだ、龍神の力を封印されてからか?


「己の純粋な力のみでは、何も成し得ないとでも言うのか?」


 そんなリュウの思いを見透かしたように、いつの間にか隣に並んでいたリオがそう静かに呟く。


「はっ!黙って見てろよ、クソ犬–––––ぶった斬ってやるからよッ!!」


 –––––意識を深く集中し、魔術式を構築する。


(今俺が使えるのは“韋駄天”のような放出系の魔法だが、細かい魔力操作は今必要ないッ!)


 血流のように魔力を全身に巡らせろ–––––身体から漏れ出た魔力を余すこと無く纏わせるように。


「この世界・・でまた使うことになるなんてな」


 どうせイメージするなら、かつて使い慣れていたが良い。


 前世・・で嫌と言うほど使ったが。


「–––––」


 –––––眼前へと迫った燃え盛る灼熱を肌に感じながらも、リュウの心は明鏡止水の如くいっさい揺らぐ事はない。


 体内で激流のように流れていた魔力は清流へと変わり、体外に纏った魔力も凪いでいる。


 蒼かった刀身はリュウの魔力を帯び、純白に輝く鱗を纏っているようにも見える。


 イメージしろ、天をも斬り裂く空翔ける刃を。


 –––––名付けるなら、そう。



「“天鱗”」



 リュウの瞳が見開かれ、瞬間的な爆発により全身の骨が音を立てて軋み皮膚が裂け血が噴き出る。


 凪いでいた魔力が火花の如く爆ぜ、振り払われた刀身から放たれた白亜の刃がジュリウスの“蓮炎”を斬り払い–––––文字通り天を斬り裂いた。


「な、なんと……ッ?!空が……割れてっ」


 間一髪で回避したジュリウスが天を仰ぐと、斬り裂かれた空からが顔を覗かせていた。


「–––––リュウッ!おい、しっかりしろ!!」


 全身から吹き出した血溜まりに倒れ伏し、ピクリとも動かなくなったリュウの元へガッチェスたちが急いで駆け寄る。


「はっはっはっ!愉快じゃ愉快じゃっ!!」


 顔を覗かせる星空を眺めながら満面の笑顔で腹を抱えて笑うアヴァロンの隣に、唖然としたままのジュリウスが降り立つ。


「まさか、これほどとは……」


「あーっはっはっはっ!当たり前じゃっ!力を封印されているとはいえ、こやつは龍神じゃぞ?あのような生ぬるい魔法では計れんじゃろうて!」


 しかし、と言葉を続け倒れ伏したリュウの方へと歩み寄り–––––。


「少し張り切り過ぎたようじゃな。ほれジュリウス、さっさと治してやらぬかっ!」


 アヴァロンに急かされ、回復魔法を唱え始めるジュリウス。


「緋天の眷属殿、その小僧が目を覚さぬ程度に頼みたい」


 回復魔法を施しているジュリウスの隣に立ち、リオがそう注文をつける。


「今度はなに企んでるわけ?あんまり勝手なことしないで欲しいんだけど」


 パンドラから浴びせられる厳しい視線にどもりつつも、負けじとアヴァロンの方へ向き直し言葉を続ける。


「話を戻しますが、先ほども言った通りこの小僧には“修行に耐えられる修行”が必要かとっ!故に–––––」


 ジュリウスの方をチラリと見ると、ジュリウスも察したのか大きく頷いている。


「–––––この小僧を、転移で先に“リディリス大迷宮”へ放り込むと言うのは如何でしょうかッ!」


 そう言った途端、予想通りアヴァロンの顔が険しくなる。


 冷や汗を流しながら慌てふためくリオは、咄嗟にジュリウスの背後に顔を隠す。


「お、おい!眷属殿からも頼むっ!」


 ぐいぐいと鼻でジュリウスの身体を押し、必死にフォローを求めている。


「リオよ、妾から楽しみを奪うつもりかのぅ?ん?」


 少しずつにじり寄ってくるアヴァロン、ガタガタと震えるリオ。


「こほんっ!アヴァロン様、今のままではリュウ殿は無理をし続けるのは目に見えています。それはアヴァロン様とて面白くないのでは?」


 あくまでも、アヴァロンは面白そう(・・・・)だからリュウに修行を付けているだけだ。


「リュウ殿はあきらかに経験不足。の地ならば、否が応でも死闘を繰り広げることとなるでしょう。その最後の試練として、アヴァロン様が直々に見て差し上げるのも一興かと」


 ジュリウスの言葉に、アヴァロンも顎に手を当て唸るように考える。


「むむぅ……確かにのぉ。して、妾をどのくらい待たせるつもりなのかのぅ?」


「そうですなぁ、ここからリディリス大迷宮の入り口がある場所まで一年ほどかと思われますな」


 一年ぐらいなら、まぁ良いか。とアヴァロンは渋々頷き、パンドラとミシェルへと手に握った何かを差し出す。


「どうせならお主ら二人も行って参れ、どうせ止めても行くじゃろう。これ(・・)は最後の手段じゃと思うのじゃぞ」


 そう言って小さな“鍵”を手渡すと、今度はジュリウスとリオの方を見る。


「眷属二人が一緒に行くのは認めてもよいが–––––リオウルフ、お主はダメじゃぞ。ジュリウスとともに残りの二人を連れて大迷宮へ行くのじゃっ!」


「そ、そんなっ!我輩が何故パンドラ様と離れなければッ?!」


「当たり前じゃっ!お主が同行すれば修行にならんじゃろうがっ!!それに言い出したのはお主ら二人じゃ、責任を持って守るのじゃぞっ!!」


 もっともな意見で叱られたリオは涙目でパンドラにすり寄るが、冷たい笑みを浮かべたミシェルの圧に負け大人しく引き下がった。


「そんなぁ、せっかくご主人と一緒に旅ができたのになぁ……」


「カンナは転移魔法に耐えられないからな、俺と一緒にゆっくり向かうとするか……」


 すっかり疲れ切った表情を浮かべて項垂れるガッチェスは、色々と言いたいことがあったがそれを言う気力が残っていない。


 同じくしょんぼりと項垂れるカンナの隣で、“天鱗”の威力に耐えきれずにボロボロになってしまった刀身を眺めている。


「ミシェル、大迷宮にはこっちの剣を持って行かせてくれ。ここまで破損してしまっては、すぐに修理もできないからな……。リュウのこと、頼んだぞ」


 そう言ってミシェルに魔閃剣グリモアを預け、オルシオンを鞘に納める。


「はぁい、頼まれたのですよぉ〜♪」


 魔閃剣を受け取ったミシェルはそれを大事そうにしまい、隣にいたカンナの頭を撫で回す。


「カンナちゃん、危ない人にはぁ気をつけるんですよぉ〜?」


「もうっ!子ども扱いしないでくださいっ!」


 頬を膨らませ、ぽかぽかと可愛らしい音でミシェルの肩を叩いている。


「あっそう言えばぁ、素材に使えそうな物がいくつかあったと思うのですよぉ〜!渡しておきますねぇ〜♪」


 ミシェルはそう言って、召喚した“奇跡の箱”から使えそうな素材を取り出してガッチェスに渡した。


「おぉ、見たことない鉱石だな?色々と試してみるとしよう、感謝する。やはりミスリル鉱石では、リュウの魔力には耐えられなかったみたいだからな」


 手渡された袋の中に入った素材を覗き、ガッチェスはそれを大事そうにしまう。


「リオ、あんたが言い出したんだから二人のこと頼んだわよっ!」


「ぱ、パンドラ様……どうか我輩のことを忘れないでくださいねッ?!」


 ふんっとそっぽを向くパンドラの足もとで、リオは伏せの体制で懇願している。


「もちろん、再びリュウ殿たちと合流するまでは責任を持って御守り致しますとも–––––ですが」


 ジュリウスの表情が険しくなり、アヴァロンも思わず「うげっ」と小さく声を漏らす。


「少々、私めも火がついてしまいましてな。かつての力を取り戻すためにも、アヴァロン様には是非とも頑張って頂きたいですなぁ–––––」


「–––––じゃ、大迷宮への扉は出しておくからのっ!妾は先に失礼っ!!」


「なっ?!お待ちなされ、アヴァロン様っ!!」


 嫌な予感が的中したと知るや、リディリス大迷宮への転移門を召喚してすぐさまアヴァロンは逃げ出した–––––。


「とりあえず最低限の水と食料は纏めておいたわよ?あとは現地調達しかなさそうね」


 既にやる気充分なパンドラは、転移門の前に物資を並べミシェルの奇跡の箱の中へと押し込んでいる。


「ちょっとパンドラちゃんっ!そんなに適当に入れないで欲しいのですよぉ〜!!」


「はやく行かないとリュウが目を覚ますでしょ?絶対に嫌がって面倒なことになるに決まってるんだから、さっさと行くわよっ!」


 仲間たちと離れることを、きっとリュウは嫌がるだろう。

 とくにガッチェスにはよく懐いていた様子だったし、駄々をこねるに決まっている。


「パンドラ殿、ミシェル殿。どうかよろしく頼みましたぞ」


「えぇ、任せといて–––––けど、何すれば良いか分からないわよ?」


 結局リディリス大迷宮で何を目標にすれば良いのかと問うパンドラに、ジュリウスは髭を撫でながら数秒考え–––––。


「とりあえず、大迷宮の最下層を目指してみるのが良いかもしれませんな。私めも実際に行ったことは無いのですが、ギルガメッシュが昔『竜王が住んでいた』と言っていたような……」


 それを聞いたパンドラとミシェルは顔を見合わせ、意見が合ったかのように同時に頷いた。


「それじゃあ、行ってくるわね。こっちのことは任せておいて」


 ジュリウスとガッチェス、そしてカンナに一時の別れを告げ、意識を失ったままのリュウを背負う。


「わ、我輩にはっ?!我輩にも何か御言葉をッ!!」


「あぁ、行って来い。それがリュウの為になるのなら、俺はもう何も言うまい」


「ミシェル先輩もっ!お気をつけて〜!!」


「ワンちゃん、お二人をお願いするのですよぉ〜?」


 転移門がゆっくりと開き、リュウを背負ったパンドラと笑顔で手を振るミシェルの姿が見えなくなっていった–––––。





















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