第48話「悲劇」
月明かりが辺りを照らし、パチパチと音を立てる焚き火を囲みながら人相の悪い二人組の男が大きな洞窟の入り口で酒を煽っている。
「そういや、聞いたかよ?グランヴェールで一騒ぎあったらしいぜ」
「あぁ、アレだろ?古代兵器とかいう–––––」
そこまで言いかけた時、遠くから近づいてくる人影に気が付いた。
「誰だ、あれ?出稼ぎ組にしちゃ一人しか見えねぇが……」
ある程度まで近づいて来て、それがローブを纏った青い髪の女だとようやく気がついた。
「おい止まれや、ここがどこだか分かってんのか?」
フードを取った女の顔が月明かりに照らされ、男たちは思わず息を飲み込む。
闇夜でも怪しく光る真紅の瞳に、月光を反射してキラキラと輝く青く美しい髪。
まさに神の芸術品と思わせるほどの美女に男たちは顔を見合わせる。
「どうも、ご機嫌よう♪お呼び出しに預かりここに来るように言われたのですが、ご利用いただいたのはどなたでしょうか?」
そう言った女がローブの中をチラリと覗かせると、かなり着飾っているであろう装飾品が見えた。
「な、なんだ……ボスがまた娼婦を呼んだのか。最近は稼ぎが良いとは言え、こんな高級そうな女を呼びつけるなんてな」
長い間この洞窟の前で見張りをさせられている下っ端には、少々刺激が強かっただろうか。
生唾を飲む音が妙に響いた。
「ボスならこの奥だ、足元に気をつけろよ」
男たちはなんの疑いも無くあっさりと女を通してしまった。
–––––この後彼らの身に起こる悲劇など、夢にも思わなかったであろう。
––––––––––
洞窟の中は薄暗く、壁にかけられた松明の明かりだけが道を照らしている。
奥からは男たちの笑い声が聞こえ、ほのかに甘ったるい匂いが立ち込めている。
ゆっくりと歩みを進めて行くと、すぐに扉が見えてきた。
扉に手を添えてゆっくりと開くと、中にいた数人の男たちが来訪者へと視線を注ぐ。
「なんだぁ?おい、誰だ女を呼んだのは?」
その中の1人が怪訝そうに口を開いた。
ゴツゴツとした地面に無動作に置かれた机の上には、小さな木箱が積み上げられている。
「悪いが、今は大事な商談中なんだよ。今日のところは–––––」
男がそう言いながら近づいたその瞬間、首と胴が真っ二つに分かれる。
「なんだてめぇっ?!今なにしやがったッ!!?」
机に向かい合って座っていた2人以外の男たちが一斉に武器を手に取り、侵入者へと襲いかかる。
だが、彼らの攻撃が届くよりも速く–––––パチンッと女が指を鳴らしただけで四肢が吹き飛び血飛沫が舞い上がる。
「なんだ……何をされたんだ?ま、魔法か……?」
「こんばんは☆君がここのボスかなぁ?あ、そんなに怖がらないで!–––––楽に殺してあげるから♪」
一瞬の出来事に恐怖し椅子から転げ落ちた男は、満面の笑みでにじり寄って来る“死”を前になす術もない。
パチンッという音が再び響き渡ると、首と胴体が分かれた男の身体がズシャリッと崩れ落ちた。
「–––––ふぅん、魔力の塊をぶつけてるみたいだが……なるほど。魔力を薄く伸ばして、刃のように飛ばしているのかな」
落ち着いた様子で椅子に座ったまま観察する最後の1人に対して、女は酷く不愉快そうに溜め息を吐いた。
「死があまり怖くないみたいだねぇ、どうして助けなかったのかな?」
「ふふっ、ご冗談を。私なんか、逆立ちしたって勝てませんよ」
男は両手を上げてそう笑うと、木箱の方に視線を移す。
「もし良ければ、ウチの商品……見て行かれますか?」
席に座るように促され、彼女も品定めするようにまじまじと男を観察しながら着席する。
「申し遅れました、私はルドガー。見ての通り、しがない武器商人で御座いまして」
ヘラヘラと笑いながら自己紹介する男、ルドガーに対して若干の嫌悪感を覚える。
「ふぅ〜ん、ボクはリュートだよ☆見ての通り、しがない冒険者さ♪」
フードを取った彼女、リュートもまた軽口でそう返す。
「武器商人ってことは、この箱の中身はやっぱり?」
「えぇ〜、お察しの通り!まぁまぁ、百聞は一見にしかず」
そう言ってルドガーが木箱を開けて中に入っていた藁を取り払うと、そこから見覚えのある凶器が顔を覗かせた。
グランヴェールでも見た、この世界に似つかわしくない武器–––––拳銃だ。
「こちらは飛び道具でしてね?持ち手の部分をこう握って、ここを押すと–––––パァンッ!火薬が弾けて勢い良く弾が飛び出して!!」
「それなら前にも見たことあるよ、使ってるやつがいたからね」
身振り手振りで表現していたルドガーに対し、リュートは先程までの態度を一変し冷徹な視線を向けている。
「おや、そうでしたか……。それでは、この武器の有用性はもう十分にご理解頂けたかと」
「あぁ、そうだね。それに、その武器の“危険性”もね」
回りくどい話は面倒だと言いたげに、リュートはルドガーの胸ぐらを掴んで顔を近づける。
「正直に言え、お前“たち”は何者だ?なんの目的があって、こんな物をばら撒いてるんだ?」
常人なら息も詰まるほどの重厚で濃密な殺気をぶつけ、ただの商人だと名乗った男を睨む。
「おやおや、そう怖い顔をしないでくださいな。とりあえず苦しいので、離してくださいよ〜?」
尚もヘラヘラと笑うルドガーに対し、今まで感じていた嫌悪感の正体に気づく。
チッと舌打ちをして、リュートはそのままルドガーを壁際に向け放り投げた。
「機械人種……いや、人造人間か。どうりでボクに対して恐怖心が無いわけだ」
「おやおや、これまたご明察でっ!どうやら貴方も、私と同じようですが……?」
土埃を払いながら再び着席するルドガーに対し、リュートはこれまで以上の警戒心を覚える。
「まぁ、お互いの正体の話は一旦置いておくとして!我々の目的でしたっけ?別にお教えしても構わないですよ!」
相も変わらずヘラヘラと笑いながら、どこからか取り出したカップで紅茶を啜りながらルドガーは言葉を続ける。
「最終的な目的は“神殺し”ですね!まぁそれが成されるには膨大な時間と労力、それと地道な計画の遂行が必要ですけど」
神殺し–––––ルドガーは簡単にそう言ったが、人類の手によってそれが成されたことは過去一度も無い。
「ずいぶんと簡単に言ってくれるじゃないかい?それとこの拳銃が関係あるようには思えないけど」
「もちろん直接的な関係は薄いですけど、コレだって地道な努力の一つですよ?だって–––––街中にいる一般市民が銃を持つ時代が来るって考えれば……ねぇ?」
–––––やはり、か。
グランヴェールでの一件以来、リュウとリュートが最も危険視していた事案であり恐れていた事態でもある。
「–––––銃社会……ねぇ」
「まぁ、それが実現するのはまだ当分先の事ですけどね。こんな拳銃と弾丸じゃ、大した脅威にはならないでしょうけど」
それでも、ただの農民が人を殺すのには十分な力だ。
「この世界って、理不尽だと思いません?」
ルドガーが神妙な顔で、ポツリとそう語り始めた。
「全員が魔法を使えるわけでも無い、力を持っているわけでも無い。そのくせ暴力の化身や理不尽の権化みたいな連中もいれば、神だって存在する」
先程までの軽口もヘラヘラとした表情も無く、ただ淡々と語っている。
「そのくせ人間なんて、神の玩具でしか無い。奴らがその気になれば、俺らなんてすぐに消されちまいますぜ。この世界だってただの遊戯盤、ただのゲームなんです」
「スキルってなんだと思います?勇者って?魔王ってなんです?魔物なんて何のために存在してるんですかね?奴らはただ、天上から俺らが争い合ってるのを見て楽しんでるだけなんすよ」
「だから壊すんです、こんな世界。これは“革命”ですよ。役に立たない神々に取って代わって、俺ら人間がこの世界をより良い物に変えるんですよ。そのために神を引き摺り下ろす、そのための計画です」
ようやく感情を見せたルドガーに対し、リュートはただ興味がなさそうに毛先を指で弄っている。
その態度を見てルドガーも冷めたように落ち着きを取り戻し、またヘラヘラと話し始める。
「まぁ、とりあえず邪魔しないで頂けると幸いって感じです」
そう言って席を立ち部屋を後にしようとするルドガーの背後から、悍ましい程の殺気が降り注いだ。
「おやおや、ボクがこのまま君を見逃すとでも?」
「うーん、やっぱりダメですかね?」
ルドガーは背を向けたまま両手に手を上げ、リュートはいつでも首を落とせるように指を鳴らす構えで静止している。
「–––––ボクはね、“死”を恐れている者の感情を読み取れる。殺した相手を食べることでその記憶を読み取ることもできる」
だけど–––––そう言葉を続けたリュートはルドガーの態度に心底嫌気がさした様に吐き捨てる。
「君は食べたく無いかな。美味しくなさそうだし、何より死を恐れていない様だ」
そう言って手を下ろし、殺気を鎮めた。
「おや、そんな手の内を明かす様なことを言ってよろしいので?」
「まぁね、フェアじゃないだろう?君も教えてくれたし、これくらいは問題無いさ☆」
それを聞いたルドガーは、背を向けたままヒラヒラと手を振りながら闇へと姿を消した。
リュートは遠ざかる足音を聞きながら、ふぅっと溜め息混じりに天井を見上げる。
「どうやら、ボクらの敵は闇の龍神だけって訳にはいかなさそうだよ……」
あのルドガーという男、恐らく本体は別の場所–––––それもかなり遠い場所だろう。
ルドガー1人が凶器をばら撒いてる訳でも無さそうだし、想像以上に巨大な組織である可能性が高い。
さらに、異世界人が関与していることは間違いないだろう。
「チートみたいな能力持った奴とかいるんだろうなぁ……面倒だなぁ〜」
これから起こりゆく出来事に胃が痛くなる思いを抱えながら、リュートは盗賊たちの財宝を漁り始める。
途中、入り口で見張りをしていた2人組がやって来たがすぐに首を落とされてしまった–––––。
––––––––––
「よぉリュート、やっと帰って来たか。ん、何だぁその格好?」
宿の前に戻ると、リュートを待っていたであろうギルが手を振っている。
「何って、カジノってとこに行くんだろぉ〜?少しオシャレしてみたんだけど、どうかなぁ☆」
「なんか、良いところのお高い娼婦みたいだな」
「–––––殺すぞ☆」
この男に感想を聞いた自分がバカだったと頭を抱えながら、二人は夜でもその賑わいを衰えさせないサードルムの街道を歩く。
「子どもたちは皆んな寝たかい?ボクらが離れても大丈夫かな?」
「心配無いだろ。イザヨイには連絡用の魔道具を渡してるし、宿には緊急用の転移魔法陣を用意してきたからな」
万全の状態だと胸を張るギルに呆れながらも、まぁそれなら心配無いかと歩みを進める。
「お、あの馬車に乗るぞ。カジノまで直行だから、すぐに着くだろ」
「おい待てよ、そんな格好で行くのかい?」
いつも通りの冒険者装備で馬車に乗り込もうとするギルに、さすがのリュートも不安になる。
「何言ってんだ、この方が都合が良いんだよ。まぁ、俺に任せろって」
本当に大丈夫なんだろうかと呆れるリュートを横目に、いそいそと馬車に乗り込んで行った。
仕方ないと呆れながらもリュートも乗り込み、二人を乗せた馬車は夜の街を駆け出した。
––––––––––
《カジノ:パールヴァティ》
商業都市サードルムの煌びやかな光の輝きがより一層集まるこの場所で、老若男女が欲望のままに人生を謳歌する。
地下に特殊な魔法陣があり、その上に建つこのパールヴァティの中では魔法は封印され魔力を利用したイカサマは不可能とされている。
「おいおいっ!イカサマだろっ?!」
「うわぁぁぁぁっ!!!」
だと言うのに、多額の私財を失った者たちが叫ぶ言葉は大体似たり寄ったりだ。
そんな中でも勝利の女神を味方につける者も当然いるわけで。
「よっしゃ!また当たりだぜッ!?」
「へぇ〜、凄いじゃないか♪」
ギルは運良く女神を味方に付けれた様で、先程からルーレットで勝ちを連発している。
–––––まぁ、それもそのはず。
実際のところ、女神を味方に付けているのだから。
「赤か黒にしか入れてないから、そんなに稼げては無いけどな……」
「けど、確率は1/2でも連続で当てるなんて大したもんだよ☆まぁ次は外れそうだし、軽めに賭けた方がいいと思うけど?」
常人の目には決して捉えることが出来ないほどの速度で回るルーレット盤に、このテーブルに座っている誰もが目を釘付けにする。
「それにしてもルーレットかい?君ならもっと好戦的なものを好むと思ってたなぁ♪」
回るルーレット盤を横目に、リュートは一喜一憂を繰り返すギルに問いかける。
「ポーカーとかも確かに好きだが、俺はどうも顔に出るみたいでいつも負けてるんだよ–––––あぁっ?!ハズレだ……」
項垂れるギルがよほど面白いのか、リュートはケラケラと笑いながら再びギルに助言を送る。
「次、多分だけど黒だよwww」
「なに笑ってんだよッ!チッ、ムカつくから赤に入れるぜ」
そう言ってギルはドンっとチップの束を赤のマスにBETする。
そして再び勢いよく回転を始めたルーレット盤を食い入る様に見つめ、脂汗を流し–––––。
「–––––っしゃあっ!!見たか、俺の言う通りだったなッ?!」
「くくっ、そうだねwww」
それがリュートに誘導されたことだと気付く様子は無く、チップの山に目を輝かせている。
(本当ならここらで全部失わせて落ち込む彼が見たいんだけど、今回は資金稼ぎが目的だし♪)
ギルもリュートも、この程度の速度で回るルーレット盤など止まって見えるのだが–––––リュートはそこへ更に少々のイカサマを加えていた。
光り輝くルーレット盤の上を転がる球には、どうやっても影ができる。
その影を利用してほんの少し球の動きを操ることで赤か黒、好きな色に入れることくらい造作もない。
スキルで操っているので魔力を使用することもない、故にここでは制限を受けることも無い。
だからと言ってやりすぎると怪しまれるので、ギルには一番利益の少ない色マスにBETさせ続けてたまにハズレも引かせている。
「よし、次だ次ッ!!」
この後も勝って負けてを繰り返すギルの横でただ酒を楽しんでいたリュートだったが–––––最後の最後でギルの持っていたチップを一点賭けして大勝利を収めて足早にカジノを後にした。




