第47話「リュートの苦難」
夜風に吹かれ、心地の良い空気が流れる穏やかな草原。
月夜に照らされ、虫の声がまるでこの旅を祝福するかのような音楽にも聞こえてくる。
「–––––おい」
パチパチと音を立てて弾ける焚き火も心地良い、このまま深い眠りについてしまいたい。
「–––––おい、リュート」
もう疲れたよパト◯ッシュ……今、逝くよ……。
「おい、良い加減にしろリュートッ!!俺一人じゃ手に負えねぇんだよッ!!!」
血相を変えて叫ぶ男、ギルに名を呼ばれ–––––現実逃避をしていた彼女は、青く長い髪を揺らして立ち上がる。
振り返るとそこには、肉の山を積み上げた隣でガシャガシャと忙しなく調理をするギルの姿があった。
土魔法で簡易的な竈門を作り出し、轟々と燃え盛る炎を操り大急ぎで肉を焼くギル。
焼いた肉はすぐさま消え失せ、腹を空かせた小さな腹ペコモンスターたち–––––もとい、獣人種の子供たちの腹の中へと消えていく。
かれこれ2時間はこの調子だ、現実逃避だってしたくもなる……。
「なぁギル、これ絶対お金足りなくなるよ……」
「んなこと言っても仕方ねぇだろッ?!ガキどもを無事に送り返せなかったら、俺らがアヴァロン様に殺されちまうッ!!」
汗だくになりながら涙目で肉を焼く彼の姿に、リュートは”社畜“という言葉を重ねる–––––。
「ギルおじさん、お腹空いたよぉ〜!」
「ねぇウヅキ!僕のお肉食べないでよっ!!」
「へへーんっにゃ!盗られたくなかったら名前でも書くにゃっ!!」
「やめなよウヅキっ!お姉ちゃんでしょっ?!」
心地よい虫の声も草原を吹き抜ける風も、すぐさまこの喧騒に掻き消される。
「あぁ、どうして子守なんて引き受けたんだろう……」
子どもというものが何かを全く知らなかったリュートは、過去の自分を呪いたくなる。
「おいリュートッ!肉が足りねぇ、狩りに行ってこいッ!!」
「えぇっ?!さっき帰ってきたばっかりだし、これで3度目だよぉ〜!!ボクだってお腹空いたのにさぁ〜……!!」
「俺だって腹が減ったよ……」
リュウたちと別れてから毎日のように二人して涙目になり、一刻もはやく飛空挺のある街を目指そうと悪戦苦闘している日々だ。
この後リュートは追加で2回狩りへ、ギルは1時間も肉を焼き続けた–––––。
––––––––
ようやく子供たちの大半が寝静まった。
疲弊し切った二人はパチパチと心地良い音を立てる焚き火を囲み、丸太の上で全身の力を抜いて寝そべる。
「ねぇ、今更だけどさ……。君の主人に”転移魔法“で子供たちを連れて行ってもらうことってできなかったの〜?」
決して顔を合わせようとしないギルは、リュートの問いに虚空へ向かって答える。
「あのなぁ、転移魔法ってのはそんな便利なもんじゃねぇんだ。何重にも防御魔法で障壁を固めて、それでようやく短距離転移できる程度だ。大陸から大陸の長距離転移なんて、獣人種にゃ耐えられねぇよ」
ジッと焚き火を見つめながら二人の会話を聞いていた獣人種の娘–––––イザヨイが付け加えるように説明する。
「私たち獣人種は、他の種族よりもずっと魔力なんかに対して敏感なんです……。私たちの神様が言ってました」
「大陸間を繋ぐ転移魔法陣はまだいくつか残っているようですが、どれも獣人種が使えば魔力の流れに耐えられず死んでしまうんだそうです–––––」
それを聞いたリュートは、うへぇ……と舌を出してこれから先の旅路に若干の不安を覚える。
「嫌ならお前はここに残れば良いだろ、俺はその方が気楽で良い」
「なんでそんなに嫌味ったらしいんだいっ!わかった、ボクが大昔にキミの家を壊したことを根に持ってるんだろっ!アグレウスに支配されてたんだってばっ!!」
「いいや、アレはどう考えてもお前の意思だった!あの時のお前のニヤついた顔、今でも鮮明に覚えてるからなッ?!」
–––––過去、バハムートだった頃に闇の軍勢と共に”緋天の領域”を何度か攻め込んだ。
その際にギルはバハムートに、自身の塔を破壊されたのだった。
「お、お二人とも落ち着いてください……っ!みんなが起きちゃいますから……っ!」
イザヨイに諭され、ふんっとそっぽを向いて座り込む二人。
まるで子どものような二人に、イザヨイも思わずクスクスと笑みを溢す。
「つーか、なんで女の姿なんだよ?変な感じがして気持ち悪いし、俺の中でのお前のイメージがどんどん崩れていくんだが」
「なんでって、この方が色々と都合が良いからさ。こんな大所帯で男二人だったら人攫いだと思われても仕方ないし、助かってるだろ?」
否定はできないことに頭を抱えるギル。
悪人顔、荒くれ冒険者などとギルドでも陰口を叩かれるくらいには強面なギルガメッシュ。
そんな彼が大勢の獣人種の子供を引き連れれば、奴隷を売り捌く悪党にしか見られないだろう。
「なんだよ、結構見た目もイケてるだろぉ?龍神様お手製の魔導人形だからねぇ、色々と気をつかってるのさ☆」
「ケッ、中身がお前だから気色悪いだけだ」
絶世の美女(仮)の姿を手に入れたリュートは、街中でこれでもかと言わんばかりに自信満々にアピールしまくっている。
そのせいで何度か揉め事に巻き込まれたギルは、心底嫌そうな顔でリュートを睨む。
「けどさぁ、この先どうするよ?どこかでがっぽり稼いどかないと、食費だけですっからかんだぞぉ〜?」
「その時は、お前の鱗を剥がす」
「はぁ〜っ?!なに言ってんだよぉっ!無理に決まってるだろっ?!」
リュートの問いに、静かに解体用のナイフをギラつかせて答えるギル。
この男なら本気でやりかねないと身の危険を感じ、後退りする。
「あの、やっぱりご迷惑ですよね……。せめて狩りだけでも自分たちで……」
「「–––––絶対にダメだ」」
居た堪れなくなったイザヨイの言葉に、問答無用で拒否をする二人。
何度かイザヨイたちも申し出ているのだが、頑なに断られ続けている。
「何回も言うが、もしお前たちが俺らの目の届かない場所で拉致されると困るんだ。まぁ俺らもこう言っちゃいるが、本気で金に困ってるわけじゃない。–––––いざとなりゃ、どうにでもするさ」
「イザヨイ、心配させてごめんよ?ボクらの会話なんてただの軽口だからさ、気にしないでねっ!」
二人もようやくお互いの顔を見合わせて、少し軽口が過ぎたと反省し合う。
「なぁギル、今はお互いに主人の命令を遂行している身だ。とりあえず協力しようじゃないか」
そう言って右手を差し出すリュートの顔は、いつになく真剣だ。
おどけた様子は一切無く、その瞳には何やら決意のようなものを感じる。
「チッ、仕方ねぇか……。お前が何企んでんのかはわかんねぇが–––––少しでも怪しい動きを見せたら殺す、わかったな?」
一切の迷いも無い殺意のこもった眼でリュートを睨み、ギルも右手を差し出した。
とりあえずの協定を結ぶことのできた二人は、次の街での行動を相談し合う–––––。
「–––––お前、ゲームは得意か?」
唐突なギルの問いに首を傾げるリュート。
その質問の意図は理解できないが、何か考えがあるのだろうと察する。
「まぁ、そこそこって感じかな。リュウの中にいた時に、ある程度の知識は身に付けたからね。まぁ、実際にやった事はないけど……」
そう答えたリュートに不安を覚えつつも、ギルはおもむろに地図を懐から取り出して広げた。
「次の街、“サードルム”ってんだがな。この街は色んな国の交易に繋がっていて、ちょっとした商業都市になってんだ」
「ふーん、それで?」
さらにギルは懐から一枚の紙切れを取り出し、ニヤリと悪い顔で笑う。
「要するに、“金の集まる場所”って事だ。そう言うところにはな、だいたいカジノがあるんだぜ?」
《カジノ》という言葉を聞いて、リュートの顔も悪い笑みに変わっていく。
実際にやった事はもちろん無いのだが、リュウから得た知識で簡単にだが把握はしている。
「君がそう言うって事は、無謀な賭けってわけじゃないんだろ?」
「まぁ、実際に見てみないことには始まらねぇ。ここらで一気に稼いで、さっさと飛空挺に乗っちまおうぜ」
つい先程まで言い合っていた二人の変わり様を見て、安堵と不安を覚えるイザヨイ。
割り切ったのだろうか、それとも–––––。
(だめだめ、今はこのお二人を信じるしかないのだから……)
つい考え込んでしまうのは悪い癖だと頭を振り、二人の会話を聞きながら目を瞑る。
パチパチと鳴る焚き火の音に吸い込まれるように、静かに眠りについた–––––。
––––––––––
–––––そんなやり取りから3日後。
リュートたち一行は“サードルム”へと至る関所を潜り、商人で賑わう街並みへと足を踏み入れた。
関所の衛兵には多少怪しまれたが、奴隷紋も首輪も付けていない子どもたちに対して何かする事はできない。
無事に街へ入れたことにギルもリュートも安堵する。
「さすがにヒヤヒヤしたなぁ……。とりあえず腹ごしらえでもして、その後はガキどもの服でも見に行くか」
奴隷商に捕まっていた頃に着ていたボロい布切れのような服はとっくに捨てたが、それでもあまり良い身なりとは言えない。
良すぎると返って目立ってしまうが、一般的な服を何着かずつ買い与えるとしよう。
ギルはそう考え、リュートに子どもたちと行くように言うが–––––。
「え〜、やだよぉ。決まった買い物って嫌いなんだよねぇ〜……」
嫌そうに頬を膨らませてそっぽを向いている。
「ギルは昔から旅してるから、色んな街を見てきたんだろ〜?ボクなんて全部がキラキラ輝いて見えるのに、服だけで時間を使いたく無いよぉ!」
駄々をこねるリュートにため息を吐き、せめて宿だけでも借りて来いと言い残す。
子どもたちを連れて早々に別れるギルを尻目に、リュートはご機嫌で宿に向かう。
「えーっと、何部屋取れば良いんだろ?まぁ、適当に貸切にでもすればいっかな☆」
金貨の入った袋を宙に投げつつ、鼻歌混じりに歩くリュート–––––。
「–––––おい、見たかあの女……。獣人のガキを売ったみたいだぜ」
その様子をまさに格好の獲物だと言わんばかりに、怪しい男たちが物陰からリュートを睨む。
「あの袋、たんまり金が入ってそうだなぁ?ガキどもと女、どっちを狙うんだ?」
「男の方はかなり手練れみてぇだし、女の方を狙うか」
「へへっ、わかりやした」
何やら物騒な話をした後、男たちはリュートが人通りの少ない路地裏へと入るまでジッと息を潜めて後を尾けまわす。
そんな事は露知らず、リュートはずんずんと街中を歩き回る。
露店で肉の串焼きを買い、それを頬張りながら次の露店へとハシゴする。
「あいつ、めちゃくちゃ食いますね……」
「そ、そうだな……」
荒くれ者たちも引き攣った顔を浮かべるほどの量を食べ終えた後、ようやく待ちに待った瞬間がやってきた。
「兄貴ッ!あいつやっと路地裏に入りやしたぜ!!」
「待ってたぜぇ!この“瞬間”をよぉ!!」
男たちはすぐさまリュートへと飛びかかる。
強力な麻痺毒の塗り込まれた短剣を構え、狭い路地の壁を駆け抜けあっという間にリュートを取り囲んでしまった。
「おわ–––––っ?!」
一人が死角から間髪入れずに短剣を投げ、リュートの正面に躍り出た男が斬り掛かる。
さらに、そのどちらも防がれても良いように物陰からもう一人の男が魔法を詠唱。
リュートの真上から大柄の男が組み伏せようと飛びかかる–––––。
「–––––うーん、残念☆」
息の合った素晴らしい連携だったが、リュートが指をパチンッ☆と一つ鳴らしただけで全てが虚しく弾け飛んだ。
–––––後方からリュートへ向け放たれた魔法は掻き消され、正面にいた男は突如として爆散し血肉を撒き散らす。
–––––伸び出た影が飛来する短剣を絡め取り、そのまま背後の男の喉元を掻き切る。
–––––真上からリュートを組み伏せようとした男は、いとも容易く片手で薙ぎ払われ肉塊と化す。
「ば、化け物……ッ!!」
–––––残されたのは、後方から魔法を放った痩せた男のみだった。
「失礼だなぁ〜☆それで、君たちはいったい?」
クスクスと口元に手を当てて笑うリュートが、男にはまるで死神に見える。
あまりにも一瞬の出来事で、何が起こったのかは理解できていない。
だがそれでも、仲間たちが惨殺されたと言うことだけは理解できている。
「た、助けてくれ……俺はアイツらに命令されて……」
「んー、見たところ冒険者ってわけでも無さそう?あ、盗賊かな?金の集まる街って言ってたし、こういうこともあるんだね☆」
男は心の底から恐怖した。
この女の目に、自分は道端の石ころ程度にしか映っていない。
どれだけ命乞いしても無駄だと、瞬時に理解する。
「あ、そうだっ!ここら辺の盗賊のアジトなら、たんまり溜め込んだお金があるかも☆」
–––––イカれてる。
そう思った瞬間、男は首を締め上げられその瞳を覗かれる。
まるで頭の中を覗かれるような感覚に陥り、必死にもがこうとするが全く力が入らない。
「ふーむふむ、なるほどぉ☆よしっ、今日の夜にでも遊びに行こ〜っと☆」
リュートはそう言った後、男の首を捻じ切り投げ捨てた。
そのまま鼻歌混じりに路地裏を歩き出し、ようやく目的であった宿屋を探し始めた–––––。
その背後にあったはずの悲惨な現場は跡形も無く消え去っており、残されたのは静寂だけだった–––––。




