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龍刻の転生者  作者: 勇者 きのこ
少年期 第5章 長き旅路編
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第46話「嵐は過ぎる」

 





「–––––––やぁ、お目覚めかい?」


 天から降り注ぐ凶弾を防ぎ、立ち込める煙から姿を現したのは–––––火の龍神 アヴァロンだった。


 轟々と燃え盛る炎を宿した真紅の片翼を顕現させ、ロキの魔弾を霧払いするかのように薙ぎ払ってしまった。


「……少し寝過ごしたようじゃな、よくぞ耐え抜いた。あとは妾に任せておけ」


 そう言ってロキを睨むアヴァロンは、いつになく静かで雰囲気も違う。

 龍神からしても、ロキという神はそれ程までに危険な相手なのだろうと誰もが唾を飲み、喉を鳴らした。


「それにしても不思議だね? 認識阻害の魔法陣まで使った僕の結界を見破るだなんて。それにいつの間に奪い返していたんだい?」


 顎に手を添えクルクルと回りながら呟くロキの余裕に違和感を感じながらも、少しでも時間稼ぎになればとリュウが答えた。


「力を封印してる状態でも、龍眼で見えてるからな。気付いたら師匠を奪われてたなんて、認識疎外ってのは厄介だな? まぁ場所さえわかれば、あとは結界を破るだけだ」


 あのぐらいの結界ならオルシオンで斬れる。

 俺たちが気を引いている間にリオに渡していたのさ。


 リュウはまるでイタズラに成功した子供のように、ニヤニヤしながらそう言った。


「さて、これで形勢逆転だな神様?」


 ここにいる誰もが自らの有利を信じて疑わなかった。

 それもそのはず、今ロキと対峙しているのは火の龍神であり、世界最強の種族なのだから。


「––––うーん、それはどうだろうね〜?」


 だがロキはその余裕の態度を崩さず、不敵な笑みをアヴァロンに向けて言った。


「どうやらその様子だとみんな知らないようだよ? 教えてあげた方がいいんじゃないかなぁ??」


 時間をあげるよと言い手をヒラヒラさせるロキに、アヴァロンは苦い顔をする。


「い、いったい何の話をしているのですか?! どうされたのですか、アヴァロン様!!!」


 アヴァロンの勝利を確信していたのはジュリウスも同じだった。

 自分の知らない話をするロキとアヴァロンに不安を募らせる。


 下を向き俯くアヴァロンの顔は見えないが、唇を噛みしめているのが横顔から見えた。


「––––––妾が父上から受け継ぐことが出来た力は半分……もう半分は……ないのじゃ……」


 ニヤニヤと腹ただしい笑みを浮かべるロキが、その言葉の続きを紡ぐ。


「そうだよね〜? だって、もう半分は–––––僕が持ってるんだもの!!あはははははははっ!!!」


「そ、そんな……どうして今まで仰って頂けなかったのですかッ?!」


 思わずアヴァロンの肩を掴み問いただすジュリウスに、アヴァロンは申し訳無さそうに顔を逸らす。


「ふふ、僕を殺すのは彼女に取って造作も無いことだろうけど……そう簡単な話じゃないよねぇ〜?!」


 一人ケラケラと宙を笑い転げるロキ。


 それとは対照的に重たい空気のアヴァロン達は、誰も言葉を発せないでいる。


「–––––何か事情があるのは、分かりました……。やむを得ません、何とかして奴から情報を吐かせなければなりますまいッ!」


 グッと大杖を握る力を強めるジュリウス。


 しかし、それを遮るかのようにアヴァロンが手で制する。


「不甲斐無いところを見せてしまったのぅ、すまぬな。–––––彼奴とは妾一人で決着をつけたい、よいな?」


 その言葉はジュリウスだけに向けた者ではなく、この場にいる全員へのものだろう。


「……ねぇ、リュウ。ど、どうするの?」


 他にも何か考えがあるのよね?と声を抑えながら問うパンドラが横目でリュウを見るが、すぐに察した。


 彼の顔にはすでに余裕の笑みは無く、焦燥に駆られながらも思考を重ねる彼の心境を感じ取ったのだ。


(ダメだ、ダメだダメだっ!!早くなんとかしないと、また誰かが死ぬ–––––ッ!!)


「–––––そんな顔をするでない、妾に任せておけばよい」


 踵を返してロキを睨むと、アヴァロンの身体が紅蓮の炎を纏い燃え上がる。


 ゆっくりと踏み鳴らした大地は赤熱し、辺りを溶かすかのような熱風が吹き荒れる。


「ロキよ、妾たち神が争うにはこの世界はちと脆すぎる–––––場所を変えぬか?」


 アヴァロンはそう言って指をパチンと鳴らすと、巨大な門が姿を現した。


 戦いの余波だけで容易く地図を変えてしまうであろう神と神の争い。

 それを危惧しての提案であろう。


「別に構わないよぉ?それじゃ、先に行って待ってるから♪ –––––また会おうね、リュウ・ルーク君⭐︎」


 ふわりと地へ降り立ったロキは、なんの警戒もせずに別れの挨拶を軽く済ませて門の中へと消えて行った。


「あ、アヴァロン様ッ!お一人で行かれるおつもりですかっ!?あのロキが何を考えているか分からぬ以上–––––え?」


 慌てて制止するジュリウスだったが、次の瞬間には思わず間抜けな声を出してしまった。


 –––––無理もない、何故なら。


「ふんっ!相変わらず気色の悪い奴じゃっ!!次に会ったときは灰も残さぬほどに焼き尽くしてくれるわいっ!!」


 –––––アヴァロンがそのまま扉を消してしまったからだ。


「な、なんですとぉぉっっっ?!!?!よろしかったのですか、アヴァロン様ッ??!!!?!」


「ぬわぁぁぁぁっ?!何をするのじゃジュリウスぅぅ!!不敬じゃぞぉぉぉ!!」


 持っていた大杖を放り投げ、アヴァロンの肩を掴みガクガクと揺らし絶叫するジュリウス。


 カンナを抱き抱え避難しようと身構えてたガッチェスも、パンドラとミシェルを守るかのように立ち塞がっていたリオも。


 この場にいる誰もがポカンと口を開け、放心状態になっていた–––––。


「えぇっと……師匠?本当に良かったんですか……?お二人にとって、結構な因縁のある相手だったと思うんですが……」


 リュウからそう言われ、ジュリウスの腕を振り解いてから咳払いを一つ。


「–––––確かにのぅ、ジュリウスの気持ちも言いたいこともよく分かるがの……これは妾たちの問題じゃ。確かに殺してやりたいほどではあったが、リュウたちを巻き込むわけにもいかんじゃろうて」


 アヴァロンはそれだけ言うと、リュウの方へと向き直る。


「しかしのぅ、ロキに目をつけられるとは……お主もつくづく運の無いやつじゃな。あの男はしつこいぞ?」


「俺にそんな趣味は無いんですけどねぇ……」


 散々煽り倒した挙句、顔と名前まで覚えられたのだ。

 きっとこれから先、嫌でも再会することになるだろう。


「あ、あの天真爛漫なアヴァロン様が……なんと……っ!!」


「子供の成長は嬉しいものだ、ハンカチ使うか?」


 膝から崩れ落ち肩を震わせながら涙を流すジュリウスに、気絶しているカンナを背負ったガッチェスが、そっとハンカチを渡している。

 

「なんかよく分かんないけど、とりあえず終わったってことよねっ?!さ、さすがに死ぬかと思ったわぁ〜……」


「とぉ〜っても、怖かったのですよぉ〜!!」


 パンドラとミシェルもお互い抱きしめ合って、無事生き残ったことへの喜びを分かち合っている。


 それを見たリオは邪魔をすまいと、何も言わずにスーッとパンドラの影へと消えて行った。


「とにかく、助かったってことだよな……ホッとしたら急に力が抜けて……」


 その場にペタリと座り込んでしまったリュウの足は全く言うことを聞かず、ガクガクと震え続けている。


「リュウ殿、大丈夫ですかなっ?!かなり無理をしておられた様子でしたが……」


「いやぁ、ちょっと動けそうに無いで–––––うわっ?!」


 心配したジュリウスが駆け寄るよりも先に、リュウの身体がふわりと宙に浮いた。


「だらしがないのぅ、まったく!ほれ、さっさと行くぞっ!」


「ちょっとっ!やめてくださいよ師匠っ!!この格好、恥ずかしいですって!!」


 荒れ果てた大地の上をふわふわと運ばれ、すっかり面影を無くした村の中を通り抜ける–––––。


 奇跡的に無事だった馬車を整え、ブルブルと怯え続ける馬をジュリウスが宥める。


 悪い夢でも見ていたのだろうか。

 まるで嵐のように過ぎ去った神の災いを背に、馬車はゆっくりと動き始める。


 しかし、憔悴しきった彼らがそれが現実であったと物語る。


 かくして、突然始まり突然終わりを迎えたリュウたちと狡知の神 ロキとの最初の戦いが終わりを迎えたのだった–––––。







 –––––––


 




 あれから、どれだけの時間が経っただろう。


 日はすっかり天高く昇り、荒れ果てた大地だった周りの景色もすっかり緑に変わっている。


 しかし、あれからたったの一言も誰も口を開かない。


 パンドラとミシェルは深い眠りにつき、ジュリウスさんも師匠も何も話さない。


 すっかり目を覚ましたカンナが気まずそうに顔を伏せ、俺は馬車を操るガッチェスの懐に収まっている。


 師匠とロキが言っていた言葉–––––火の龍神の力の件。


 おそらく、ジュリウスさんはそのことを聞きたいが踏み込めないでいるのだろう。


 けど師匠もこの場に残っていると言うことは、少なくとも話すかどうか悩んでいるんじゃ……?


 正直、俺も今は二人の事情に首を突っ込めるほど元気があるわけじゃ無い……。


 –––––ロキとの戦い、反省点が多すぎた。


 光の龍神の力が使えないから、俺だけの力ではロキに勝てない–––––勝てるはずがないと最初から諦めていた。


 だからこそ師匠を取り返すことを最優先に考えていたが、もっと上手く立ち回れたはずだ、絶対に。


 正直言って、誰が死んでもおかしくなかった。

 何度も何度も死を隣に感じたほどに、本当に危険な戦いだった。


 次は死ぬかもしれない、誰かを失うかもしれない。

 そんな恐怖がずっと俺の心を蝕んでいる。


 誰かを犠牲にした勝利なんかごめんだ。

 何かを失うのなんか、絶対に嫌だ。


 強くならなければ、もっともっと……誰よりも強く–––––神すらも超えるほどに。


「どうした、リュウ。体が強張っているぞ?」


「えっあっ、いえ……。ただ己の無力さを嘆いていただけです……」


 俺がそう言うと、ガッチェスは静かに首を横に振った。


「お前はよく戦っていた、俺はこの目でしっかりと見ていたぞ。まだ修行は始まったばかりなんだ、今回は相手もタイミングも最悪だったってだけだろう」


 そう言うと彼は俺の手を取り、ぶんぶんと上下に振って言った。


「この小さな腕と手で戦い抜いたんだ、お前はもう立派な戦士だ。何かを守るために戦ったことを誇れ。まずは自分を褒めてやることだ」


 そうだな、うじうじ悩んでても仕方ない……。

 今は皆が無事に生きていることを喜ぼう。


「–––––アヴァロン様」


 ほんの少しの静寂の後、ジュリウスが重い口を開いた。


 師匠は目を閉じたまま反応を示さないが、それでもジュリウスは言葉を続ける。


「何卒、お教え願いたい……。お父上様の、ファティウス様の無念を私は晴らしたいのです。だからこそ知りたい、何故ロキめが火の龍神の片割れを持っておられるのですかッ」


 声を抑えながらもワナワナと拳を震わせるジュリウスに、師匠はゆっくりと目を開いて答える。


「今までお主とギルに話さなかったことは、すまぬと思っておる。これは父上と妾の不覚、お主らにはどんな顔をして話せばよいのか分からなかったのじゃ……」


 空気が再び重くなるのを背中に感じ、俺もガッチェスさんも気まずさで顔を逸らす。


「–––––リュウよ、お主にも話しておかねばならぬことがあるのじゃ」


 あまり聞き耳を立てるのは良くないと思い顔を背けていると、ふと師匠からそう言われた。


 改まって何を言われるのかと振り返ると、師匠が俺の目を真っ直ぐと見据えている。


「500年ほど前、この世界を襲った闇の龍神との戦い。その最中で妾の父上、ファティウスは–––––ロキによって殺されたのじゃ」


 眉間にシワを寄せグッと何かを堪えるジュリウスさんを視界の端に見て、それが壮絶に悲惨なものであったと悟る。


「だんだんと冷たくなっていく父上の体温を感じながら、妾は火の龍神の力を継承した。その時じゃった–––––」


「–––––ロキはのぅ、ジュリウス(・・・・・)に化けておったのじゃ……。それに気付けなかった愚かな妾は、まんまと力の半分を奪われてしもうてな……」


 師匠がそう言った時のジュリウスさんの顔を誰も見れない。

 かける言葉も見つからなかった。


 師匠がずっと言えなかったのも無理ない。


 話から察するに、その場にジュリウスさんはいなかったのだろう。

 知ればきっと、ジュリウスさんはもっと自分を責めたはずだ。


「神霊種が……龍神を殺したのか?そんなことが……」


 驚いたように言うガッチェスに答えたのは、ジュリウスさんだった。


「–––––500年前……闇の龍神の侵略は既にこの魔法界だけでは無く、“天界”と”冥界“にも大打撃を与えておりました。とても長きに渡る戦いで各龍神も疲弊しきっている状態。天界にある”緋天の領域“を守るだけでも手一杯な状況でした……」


 なるほど、そこをロキにつけ込まれたわけだ……。


 少し戦っただけでも、あいつの狡猾さは異常だった。

 龍神を殺す方法だって、あいつなら知っていたかもしれない。


「闇の龍神と光の龍神との戦いに、我々は何もできなかった……。ファティウス様を失い、多くの民を失い–––––それでも尚、戦い続けることが出来なかった、本当に申し訳ない–––––」


「–––––謝らないでください」


 俺はガッチェスの懐から抜け出し、二人の前に立った。


「先代は俺に全てを託しました、俺はそれに応えたい。過去がどうとか、俺には関係ありません。先代だって、きっと同じことを言ったはずです」


 思うところが無いと言えば、正直それは嘘になる。

 だが、ミラはただの一言も他の龍神のことを話した事もなければ、当時の戦いのことも詳しく話してくれたことはない。


 きっと俺に聞かせたく無い何かが、そこにはあるんだと思う。


 だからこそ、俺は彼女の思いを汲んでやりたい。

 傲慢だが、俺は純粋に彼女から託された想いだけで闇の龍神と闘いたい。


 それ以外の事情や過去の出来事は、俺にとっては一切不要な物なのだ。

 彼女の想いを、俺は踏み躙りたくは無い。


「それに……少しでも負い目を感じてくれていたから、俺に会いに来てくれたんじゃ?その気持ちだけで十分ですよ」


 俺の言葉を聞いて、師匠もジュリウスさんもお互いの顔を見合わせて何かを悟ったように笑った。


 その後ろの方で、パンドラとミシェルが何かを話しては笑っている。


「–––––そうか、なるほどのぅ。妾が思っておったよりも、なかなかに英傑の素質があるわい……。よし、ガッチェスよ!馬車を止めよ!!」


 声高らかにそう言った師匠の言葉に驚き、ガッチェスはすぐさま馬車を止める。


「少し早いですが、今日はこの辺で野営の準備をしましょう。どうやらアヴァロン様は、すぐにでも修行を付けたいご様子ですので」


「うむっ!!リュウよ、妾が直々に修行をつけてやるぞぃ!喜べっ!!」


 うっ、いつになく師匠が張り切っている……。

 体が持つかどうか……。


「–––––分かりましたよ、師匠……。俺もはやく強くなりたいんで、死なない程度にお願いしますよっ!」


 次にロキに会うまでには、あの憎たらしい顔面を殴り飛ばせるぐらい強くなっておかねば。


 –––––せめて、仲間を守れるぐらいに。








 –––––––––








「まいったなぁ、すっかり騙されちゃった☆」


 赤黒く染まる空、生命の欠片など感じられぬほどに荒れ果てた大地。


 亡者すらも近寄らぬ”冥界“の深淵から、一人の男の声が響き渡る。


「まぁ、別に良いけどね♪目的は果たせたことだし☆」


 常闇よりも暗い闇の中から突如、燃え盛る太陽のような深紅の光が溢れ出す。


 その光に照らされた男は上機嫌に、その手に持った深紅の宝玉を眺める。


「だいぶ人間の魂も集まったし、そろそろ戦争の一つや二つ……起こしても良いかもねぇ」


 そう言ってケラケラと笑う男のもう片方の手の中には、虹彩色に輝く小さな宝玉がいくつか入った小瓶。


 その小瓶を開けて一気に中身を飲み込むと、男はそのままどこかへと飛び立って行った–––––。















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