第43話「魔法と魔術」
まさしく神の一撃と呼ぶにふさわしいそれに、ジュリウスが数瞬前までいたであろう大地は抉られ、土煙を巻き上げていた。
ジュリウスは驚愕に目を見開き、自分を弾き飛ばした少年を見やる。
同じく少年を見る神は、期待と好奇心に満ちた笑みを浮かべている。
(–––––あっぶねぇぇッ!! ぶっつけ本番だけど、何とか間に合って良かったぁぁ!!)
4つの瞳を向けられた少年はというと、心の内の焦りを悟られまいと、不敵な笑みを何とか顔に貼り付けていた。
「リュウ殿……助かりました……」
「いえ、遅くなってすみませんでした。術式が発動するまでの時間が、予想以上にかかってしまい……」
しかし、リュウの意識は既にジュリウスではなく、目の前にいる神を名乗る存在へと向けられている。
絶対的な力を持つ神に、ただの人間と変わらない程にまで力を落とした自分が敵うとも思えない。
だが、それでも–––––。
「だからって、何もしないってのは性に合わねぇよな」
ゴクリと喉を鳴らし、相手の一挙手一投足すら見逃すまいと集中するリュウの頰を、一筋の汗が流れ落ちる。
「バレてたのは驚いたけど、一応それも予想してたよ? だからこその不意をついての催眠魔法だったのに。確かに魔法にかかってたはずなんだけどなぁ」
戯けたようにロキは笑い、「ま、いっか」と言葉を紡いだ。
「さぁ、どこからでもかかっておいでよ! それとも取引の方が良いかな?」
その言葉に、リュウは再び思案する。
できれば戦いたくない、まともに戦って勝てる相手ではないことを、リュウは悟っていた。
「取引か……。で、どんな取引だ?」
「んー、そうだ! 僕の大事な駒を渡すんだから、君の大事な駒と交換ってのはどうかなぁ?」
「–––––雷鳴と紫電よ、敵を穿ち、駆逐せよ『雷雨』」
リュウの詠唱により発動した紫電の雨は、しかしロキの身体を穿つ直前で霧のように霧散していった。
「無駄だよ? 僕に魔法は効かな–––––」
「–––––『身体強化』ッ!!」
その言葉すら聞こえていないように––––いや、予想していたことなのか、それともそれすらも関係ないということなのか。
凄まじい速度でロキの眼前に迫り、その顔面をリュウの蹴りが直撃した。
と、思ったのだが。
「残念ハズレ♪ 僕はこれでも神霊種だからね、君の攻撃なんか効くわけがないだろう?」
仕返し出来て良かったよ♪ と、ケタケタと笑うロキ。
「魔障壁の一種か? これもてめぇの魔法なのか?」
「てへっ♡」
答える義理はないと。
「パンドラ、ミシェル、カンナ。いつまで寝てるつもりだ? さっさと起きて手伝ってくれると、俺も助かるんだがな……」
真紅の瞳を動かし、地に横たわる3人の少女に向けて呆れた声を出す。
すると、黒い髪と白い髪が揺れ動き、むくりと起き上がった。
「別に寝てなんかないわよ、機会を伺ってただけ」
「そうなんですかぁ? 気持ち良さそうに寝息を立ててましたけどぉ?」
黒く長い髪を揺らす少女の口元には、くっきりとヨダレのあとが付いているのだが。
「え、カンナさん? おーい? 起きてますよねぇ!?」
「むにゃむにゃ……。ご主人、あと5分だけにゃ……」
「『にゃ』って言った? 今この子『にゃ』って言ったよなッ!? なんだ、やっぱ隠してたのか〜♡」
「リュウ殿ッ!? 今は–––––」
そんなこと言っている場合ではない。とジュリウスが叫ぶよりも早く、狂気に歪んだ笑みを浮かべるロキの放った氷撃が炸裂する。
「これはほんの挨拶がわりなんだけど、気に入ってもらえたかなぁ?」
ロキの攻撃が直撃した後の地面は凍りつき、巨大な氷柱を築き上げていた。
これはさすがのリュウでも、とジュリウスは思ったが。
「はぁぁああ!!」
ガラスが砕けるかのような高音を響かせて氷柱が崩れ去っていく。
そこには《魔神剣 ネクロスギア》を抜き放ち、巨大な氷柱を文字通り横薙ぎに真っ二つに切り裂いたパンドラと、その後ろで太陽のような微笑みのまま佇むミシェルがいた。
「ふん、もっと元気良く挨拶できないの?」
「友達いない人が無理にする挨拶みたいに儚いものだったのですよぉ〜?」
だが、依然ロキの余裕の笑みは消えない。
それどころか、哀れみを含み出したかのように嘲笑っている。
「あれぇ? もしかして今のが、僕の魔法だと思ってる? 残念! それはただの魔素を凍らせたものなんだよねぇ……まぁ、それでも十分だと思ってたんだけど」
神の予想を上回った。
その事実に、ロキは少しだけ面白くなさそうに呟いた。
「パンドラ、ミシェル。奴の言ってることは本当だ。油断するなよ?」
「ふぅん、さっきまで油断しまくってカンナにデレデレだった人に言われたくわないんだけど」
「いや、安い挑発をしただけなんだが……」
そんな軽口を叩きながらも、視線はロキを見据えて離さない。
勝率は0に等しい。
だが、決して0ではない。
「援護を頼んだぞ」
そう言い残し、リュウは駆け出す。
(こんな感じか……。意外とやってみるもんだな)
その身に風を纏い、蒼き弾丸の如く疾走する。
「へぇ、速いね! 【魔術】の意味と使い方を理解した人間は、久しぶりに見たよ!」
–––––魔術。
この世界で、魔法と魔術の違いはほとんどない。
魔法とは既存のもので、誰かが術式を編み出し、誰にでも使えるように詠唱文字により構築したもの。
魔術とはその逆で、既存のものではなく、世に出回っていない魔法や魔法陣を利用して発動したりする召喚魔法や大規模な魔法のことをいう。
そのほかにも、体内の魔力を使うのが魔法で、大気中の魔素を利用して発動するものが魔術だと–––––世の愚者達は勘違いをしてきた。
「チッ! このスピードでも見えてるってのか……!!」
リュウの驚異的なスピードによる攻撃すらも、ロキは容易く反応してくる。
事実、隠し持っていた《魔閃剣 グリモア》による神速の一太刀を、ロキは素手で受け止めていた。
ロキから距離を取るために、急いで後方へと退がる。
ロキはそれを追うこともなく、心底楽しそうな笑みのままリュウを見やる。
チラッと、視線を握っている剣に落とす。
大丈夫、刃こぼれもヒビも無い。
(アインス母さん、力を貸してくれ)
刀身の根元に埋め込まれた真紅の宝玉を見つめ、リュウは再び思考する。
「ねぇねぇ! 今の、どうやったんだい!? いや、やり方は知ってるよ? けど、どうして君が『魔法の真髄』である魔術の意味に気づいたのか、とーーっても気になるんだ!!」
思考を遮るかのような、好奇心に満ちた声が聞こえ、リュウは苦々しく口を開いた。
「たいしたことじゃねぇよ。魔法と魔術の違いってやつを何度か聞いたことがあったんだが、どれも曖昧でイマイチ理解できなかったんだ。きっかけはあったけどな」
そのきっかけとは、《無詠唱》だ。
通常の魔法は、詠唱によって発動する。
そして詠唱の際には、不思議な感覚が身体中に広がる。
これは魔法の発動を意味し、この世界の生物が有する『魔力』が変換され、魔法へと変化する際に生じるものだ。
例えるならば、『プログラム』により特定のものを作り出す、そんな感じだと思う。
そしてこの『プログラム』こそが魔法の構築に必須なもので、『詠唱』はプログラムを作り出すためのものなのだ。
逆に言えば、この『プログラム』の感覚さえ覚えれば詠唱など必要ない。
それが《無詠唱》だ。
プログラムを頭の中で行い、身体に刻み込んだ感覚が魔法を作り出す。
しかしこれはあくまでも、『既存の魔法』を無詠唱で発動するためのものであって、《魔術》ではない。
「魔術とは、自分が望む魔法の形を構築・修正を繰り返し、《新たな魔法》を作り出す。その仕組みのことなんだろ? この世界の人間は魔術を魔法と同じ括りに入れてるが、それが間違いだ」
魔法を発動するための詠唱や、その詠唱文字。
それらを作り出すための『魔術式』だ。
ならば、あとは簡単だ。
自分で勝手に魔術式を組み立てていき、自分だけのオリジナルの魔法を作り出すことだってできるのだ。
「と言っても、気付いたのはついさっきのことなんだけどな」
リュウは自嘲気味に笑い、そう呟いた。
「魔術は式で、組み上げたものが魔法。それを理解すれば、新たな魔法を作り出すことも可能、か。–––––うんうん! 素晴らしいよ!!」
ロキは満足気に何度も頷き、一人何かを理解したように笑う。
「それに気付いたのも素晴らしいんだけどさ、それをすぐに実行してみせる君の実力も素晴らしいよ!! 危機的状況でぶっつけ本番––––君もかなりの化け物のようだ」
そう呟いたロキからは先程の様な余裕の笑みは消え失せ、その瞳はまさに獲物を狩る獣のそれだ。
「悪いけど、今回ばかりは大人しくしててくれるかな? 僕は君の本気が知りたい」
そう言い放ち、ロキの目が見開かれる。
その瞬間、ロキの全身から爆発する勢いで禍々しい邪気が溢れ出た。
「あっ……くっ……」
「足が……動かないのですよぉ……」
まるで蛇に睨まれた蛙の如く、パンドラとミシェルは腰を抜かして地面へと座りこんでしまった。
「おい、大丈夫かッ!? てめぇロキ、何をしやがった!!」
「僕の神力に触れたから。耐性が無い者は全身を恐怖に支配され、気力を保つだけでも精一杯だろうね」
そう言いながらロキは一歩、また一歩と地を踏みしめ、ゆっくりと近づいてくる。
「さぁてと、君は何人仲間が目の前で死んだら本気を出してくれるだろうか! どんなのが見たい? 首を飛ばす? 腕をもぐ? 心臓を抉り出す? さぁ、楽しいショーの始まり始まり♪」
【リュウは固有魔法『韋駄天』を覚えた!!】




