第42話「罠」
「あ、ありがとうございます」
た、助かった……!!
ガッチェスがとっさに俺を担いで離れてなければ、間違いなくあの爆発の餌食になっていただろうな……。
「クソッ! 今のはなんだ!?」
ガッチェスは初めて怒りの表情を見せた。
ギリギリと音がするほどに歯をくいしばり、眉間にシワを寄せながら辺りを見回している。
「リュウ、大丈夫ッ!?」
「あぁ、なんとか……そっちは?」
「こっちもみんな無事なのですよぉ〜! 男の子も怪我はないので安心して欲しいのですよぉ〜!」
思ったよりも、爆発の範囲は狭かったようだ。
だが、あれを至近距離でまともに受ければ無事では済まないだろう。
「まさか、他の村人にもッ!?」
俺は爆発する瞬間、確かに見た。
村人の身体に魔法陣が浮かび上がり、その瞬間に爆音と光が襲ってきたのだ。
「これは罠だッ!! 全員その場を動くなよ!!」
俺は左目の眼帯を外し、龍眼ですぐさま周りを調べた。
「やっぱりだッ! 他の村人の身体にも同じ細工がしてある! 出来るだけ距離を–––––」
–––––そう叫んだ瞬間、最初の爆発に呼応するかのように他の村人の身体からも魔法陣が浮かび上がり、次々と連鎖するように爆音と光を放ちながら爆発していく。
「くそ、ミシェルッ!!」
「はいなのですよぉ〜!! 雪原の精霊よッ! 凍てつく壁を今ここにッ!『 大氷壁』ッ!!」
詠唱省略か、さすがミシェルだ!
ミシェルは爆発から身を守る為に、分厚い氷の壁で俺たちを囲った。
さすがはミシェルの魔法、あの爆発を連続で受けても氷の壁はビクともしない!
「終わった……のか?」
氷壁が崩れるように消え去った後、眼前に広がるのは土煙とえぐれた地面だった。
「いったいなんだったのよ! ちょっとリュウ、罠って言ってたわよね!? ちゃんと説明してッ!」
パンドラは困惑して、俺に問い詰めてきた。
「まぁまぁ、落ち着けって。とりあえず、みんな無事みたいだな」
みんなの無事を確認した後、今起きた出来事の–––––俺の考えを説明した。
「–––––まず、爆発の瞬間に村人の身体に魔法陣が出現した。魔物にそんな仕掛けができるとは思えない。それをする意味もない」
村を破壊し尽くした後で、今更そんなことをしても意味がない。
村を襲ったのが魔物なら、色々と矛盾する点がある。
「だが、これが魔物ではなく人の手によってなら? 村人を惨殺し、建物を破壊し、あたかも魔物の手によって破壊された村を作り上げる。それによって得られることは––––」
考えられるとするなら、村の様子を見に来るであろう何者かを罠にかけるため。
そして村の様子を見に来たのは–––––俺たちだ。
「じゃ、じゃあ! 私たちを殺すために、村の人たちを犠牲にしたってこと!? 何で私たちが狙われるわけ!?」
「俺たちを狙う理由はわからない。だけど、殺す相手が誰でも良いっていうなら、わざわざこんな大掛かりな仕掛けは作らないだろ」
そう、わざわざ村一つを巻き込む必要もない。
「ふんッ! 我輩をナメている者が居るみたいだな」
「とにかく、みんなと合流しよう。詳しいことは、またその時に話そう」
–––––
「ジュリウスさん! カンナ! 師匠も! みんな無事だったみたいだな、良かった」
ここでもあの爆発は起きたようで、ところどころ地面がえぐれている。
「当たり前じゃ! この程度、造作もないぞ!」
そうだな、師匠がいれば安心か。
「リュウ殿たちも、ご無事で何より」
「えぇ、なんとか。それにしても、いったい誰がこんな事を……」
まさか、闇の龍神の手先……?
いや、こっちには師匠もいるわけだしな……。
「どうやらリュウ殿も、これが魔物の仕業ではないと気づかれたようですね」
「はい、確証はありませんが……確信はしています」
ジュリウスさんもそう言うってことは、間違いなさそうだな。
「このような卑劣な真似をするのは奴しかおらぬッ! おのれ、今すぐ探し出して灰塵と化してくれるッ!!」
うお、師匠の体が燃えてるッ!?
師匠は牙を剥き出しにして唸る獣のように怒り狂っている。
師匠の言う『奴』というのが気になるが、この様子からして因縁深い相手なのだろうな。
「落ち着いてくだされ、アヴァロン様。だとすれば、これはまたとない機会。ここで奴を亡き者にしてくれましょうぞ」
むぅ、闇の龍神には関係なさそうだな。
「ジュリウスさん、その『奴』と言うのはいったい誰なんですか?」
「そうでした、リュウ殿にはまだ話したことがありませんでしたね。我々が言う『奴』とは神霊種–––––神々の一人で最も狡猾な男、【狡知の神 ロキ】のことです」
神霊種!?
それにもしかして、ロキってあのロキか!?
まさかこの世界では、実在するって言うのか!?
「ロキは我々にとって、必ずや討ち滅ぼさねばならない宿敵。アヴァロン様の亡き父である、ファティウス様のためにも……!!」
「じゅ、ジュリウスさん! 血が……」
ジュリウスが力一杯握りしめた拳からは、血が流れている。
それ程までに憎い相手という事なのだろう……。
いったい何があったんだろうか。
「ご主人ーーッ!! 心配したんですよ!? 本当にご無事で良かったです––––あれ? その子は……」
リオが森で拾ったという少年を見て、カンナが不思議そうな顔をしている。
「あの、その子–––––」
「–––––なんじゃ小童、辛気臭い顔をしおって! ほれ、お菓子をやるから元気を出すのじゃ!」
「いや師匠、いきなり元気出せって言われて出るもんじゃありませんし、お菓子で釣らないでください……」
はぁ、まったく……。
「君、見たところ俺と同じくらいの歳だけど、名前は?」
「…………」
だんまり、か。
まぁ、無理もないか。
「ずっとこの調子なんです。森で何をしていたのかを聞いても、何も答えてくれなくて……」
「他に手がかりはありませんし、この子だけが唯一の手がかりですか……」
森の中に消えていった人影も謎のままだし、この子を放っておくわけにもいかないしな。
「どうしたもんかな……」
その人影の正体が、ロキという神なのだろうか。
「明日、もう一度みんなで森を調べてみるってのはどう? 村人のことは残念だけど、ひとまず今日はどこか近くの場所で休みましょ?」
そうだな、パンドラの言う通り明日また調べるとしよう。
今日はこの少年を休ませてあげよう。
「なら、ついでにお前らの武器の調整をしてやろう。グランヴェールでは無茶をしたようだからな」
「ガッチェスさん、助かります。村の中はいつどんな事が起こるかもわからないし、少し離れた草原で野宿しよう」
「また野宿……きついのぅ……」
–––––
「あら、リュウ? どこか行ってたの?」
「ん? いや、ちょっとな。それより、飯にしようぜ? 腹が減って仕方ねぇよ」
「ご主人様ぁ〜! 今日は私がぁ、腕によりをかけて作ったのですよぉ〜! いっぱい食べてくださいねぇ〜?」
おぉ、今日はミシェルが作ってくれたのか!
ん〜、美味そうな匂いだッ!
「なによ、私が作った時よりも良い反応してるじゃない……」
「いや、昨日のあれは食えたもんじゃない。むしろ料理ですらない」
野菜は皮のままだし、肉は生っぽいし、どうしてそうなったのかを聞きたいくらいだったぞ。
「そ、そこまで言わなくたって良いじゃない! 私だって、頑張ったんだから……」
むぅ、そんな泣きそうな顔されたらな……。
「まぁ、これからもっと頑張れば良いさ。怪我だけはすんなよ?」
「わ、わかってるわよ! 頭を撫でないでッ!」
なんだよ、撫でて欲しいとか言ってたくせに!!
「ご主人様ぁ、はいなのですよぉ〜!」
「おぉ、ありがとう––––おい、どうしたッ!?」
器を貰い受けようとしたその時、ミシェルが急に倒れてしまった。
「な、みんなどうした––––ん、だ……」
よく見ると、パンドラや周りのみんなも倒れている。
そしてリュウも急に激しい睡魔に襲われてしまい、気絶するように意識を手放してしまったのだった–––––。
–––––
その夜。
カンナから話したい事があると言われ、リュウはみんなとは少し離れた場所にいた。
「どうした? なんか相談ごとか?」
カンナは少し不安げな表情だった。
どうしたんだろうか。
「あ、あの男の子のことなんですが、少し気になる事があって……」
あの少年か。
彼なら少しだけ食事を取った後、疲れていたのかすぐに眠ってしまったが……。
「あの子、少しだけ血の匂いがするんです。どこにも怪我をした様子はないですから、村の人たちの血の匂いが染み付いただけだと思っていたんですが……」
血の匂いが?
「私、実は獣人種の中でも【巫女】と呼ばれる種族でして……」
ほう、巫女と申すかッ!!
であれば、巫女服を着たりも!? ケモミミと巫女服の融合ッ!!?
「巫女の役割は、獣人種の神様である『月詠様』にお仕えすることで、なんとなく神様の匂いがわかるんです。あの子からは、似たような感じの匂いもしたので、なんとなく気になっていて……」
カンナの話を聞き、リュウは今まで少年に感じていた妙な既視感に納得する。
「 あ、今なにか納得した顔をしましたねっ!ご主人、知ってたんですかっ?!」
「えっ?! いやぁ、それがなんとなく覚えがあるって言うか……自分でもよく分からないんだが、アイツとどっかで会った気がして–––––」
–––––思い出そうとすると、頭に霞がかかったような感覚を覚える。
記憶や本能よりももっと奥深く、自分の魂から感じるような気がしてならない。
「そもそも、俺が騙す側の立場ならそうする。子供ってだけで警戒心は解け、容易に潜り込めるからな。悲劇の子役演じて、俺たちを騙そうって魂胆だろうけど–––––そう簡単にはいかないぜ?」
なぁ、神様さんよ–––––。
–––––
「ふふッ、あはは。アハハハハッ!! いや〜、まさかこんなに簡単にいくとはね。正直言って、興醒めだよ」
地に倒れ伏したリュウたちを見下ろし、狂気に歪んだ笑みで少年が笑う。
「たかが人間の村一つを囮にしただけで、ここまで判断力を鈍らせるなんて……。火の龍神も、落ちぶれたものだねぇ」
少年の体を黒い霧が覆っていき、そこに現れたのは黒いローブを纏った––––狡知の神 ロキだった。
少年のような幼い姿とは裏腹に、内に秘めた禍々しい力が滲み出ている。
闇よりも深い黒髮を搔きあげ、夜のように暗い瞳で今回の目的であった神を見た。
「ファティウスの娘、アヴァロン。あぁ、なんて美しいんだろう……!! その可憐な顔が恐怖に染まっていくのを想像しただけで、胸が締め付けられるよ!!」
アヴァロンの燃え盛る炎のように真っ赤な髪を撫で、ロキは満足そうに笑った。
「君を迎えに来たんだよ。さぁ、僕と一緒に行こう?」
ロキがその小さな身体をそっと抱き上げ、立ち去ろうとした–––––その時。
「–––––待て、ロキ。我が主君の無念、今ここでッ!!」
背後から聞こえたその声に振り返り、嘲笑うように言う。
「おやおやぁ? 誰かと思えば、ジュリウスじゃないか! へぇ、自分の身体を貫いてまで意識を保つなんて、意外と根性あるんだね♪」
「黙れッ! アヴァロン様から離れ–––––」
目の前からロキが消えた。
そう錯覚させるほどの速度で、ロキはジュリウスの懐まで潜り込んでいた。
「ごめんね。僕、君が大嫌いなんだ? だからさ、死んでくれないかな♪」
ロキの手に闇の力が収縮していき、それに大気が怯えるように震える。
その暴力的なまでに強大な力が、ジュリウスを穿った––––だが。
「–––––残念、ハズレ☆ そう簡単にやらせるわけねぇだろ? なぁ、神様?」
不敵な笑みを浮かべる少年が放った風がジュリウスを弾き、ロキの攻撃を空振りに終わらせた。
「へぇ……どうやったか知らないけど、僕の魔法を耐えたことは褒めてあげるよ。初めまして、新たな光の勇者くん♪」
「ハッ! どうやら自己紹介の必要はないみてぇだな。だったら早速で悪いが、師匠を返してもらうぜ?」
青く長い髪をなびかせ、紅い瞳を剣のように鋭く細める少年を見やり、ロキはまた狂気に歪んだ笑みを浮かべる。
それと同時に夜はさらに深き闇に呑まれ、大気の揺れがロキが神であることを示していた–––––。




