第36話「新たなる仲間」
「もう、行ってしまうのか?せめてあと1日だけでも––––」
あれから2週間が経った日の早朝。
俺たちはファーレンガルド邸の大きな正門の前に集まり、旅立ちの準備をしていた。
ガッチェスさんからの連絡は前から来てたんだけど、パンドラとミシェルは成長して装備のサイズが合わなくなったから買い直す羽目になったし、買い物の続きも出来てなかったしな。
「俺も是非ともそうしたいところだが、生憎と仲間を待たせてるんだよ。そりゃもう、待たせ過ぎて怒られるかもってくらいにさ……」
置いてけぼりにしてしまっていたガッチェスのことを思うと、罪悪感がな……!!
「この数日間が、本当にあっという間の出来事の様に思えるよ。もっと君のことを知りたかったんだが、それはまた次の機会になりそうだな」
そんな悲しそうな顔されたら、お別れなんてできるわけないじゃないか!
ごめんなさい、ガッチェスさん! 俺はもう少しだけここにいます!!
「なーにバカなこと言ってんのよ。昨日の夜、みんなに挨拶したでしょ?ほら、 わかったらさっさと行く!」
何てことを思ったら、隣にいたパンドラに叱られた。
「痛い痛い痛い! わかったから耳を引っ張るなーー!」
ったく、パンドラめ!
俺より大きくなったんだから、力も強くなってるに決まってるだろ! 耳が取れちゃうだろ!
「エリノア。彼らをあまり困らせてはいけませんよ?」
「申し訳ありません、お母様……」
エミリアはエリノアの頭を優しく撫でて、そっと抱き寄せた。
「これから君らは【天ノ夜月】を目指すんだろ? あそこへ行くには、かなりの年月が掛かるはずだよ。お金に困ったら、冒険者ギルドでクエストをクリアして行くと良い」
グリルはエミリアの車椅子の横に立って、これからの旅のアドバイスをしてくれた。
「それと、天ノ夜月へ行くには船を使わないと行けないんだ。お金が沢山必要になると思うから、無駄使いはしてはいけないよ?」
「ご忠告感謝します、グリルさん!」
「あぁ、気をつけるんだよ? それじゃあ、良い旅を」
そう言ってグリルさんは俺の手を握り、固い握手を交わした。
そのときに小声で、「お義父さんって呼んでくれて良いんだよ?」と言われたが、それはまだ俺のレベルじゃ難易度がハード過ぎるってもんだ。
「そうだ、あのマースという男は、私が責任を持って騎士団へと引き渡したぞ。それからリュウ、子供たちを頼んだ。彼らを無事に家へ送り届けてやってくれ」
「あぁ、任せろ。ビーストの子供たちは、俺たちが責任を持って送り届けてやるからな!」
「それもだが、それだけじゃない。君も、パンドラやミシェルも、無事でいて欲しい。気をつけるんだぞ」
「––––わかった、約束するよ」
エリノアの真剣な眼差しに、俺は力強く頷いた。
「それはそうと、そろそろアレをどうにかしたほうが良いんじゃないのか?」
エリノアは苦笑いをしながら、俺の後ろを指差して言った。
今まで関わりたくなくて気付かないフリをしていたんだが、そうもいかないか……。
「だから、あなたはご主人とどう言ったご関係なんですか!?」
「私はぁ、ご主人様の一番の理解者なのですよぉ〜♪ 貴女こそぉ、いきなり現れて人のご主人様を生意気にご主人呼ばわりなんてぇ、私としては許せないのですよぉ〜♪」
もう結構な時間が経ってるのに、一向に仲良くならない……。
事の発端は、アレから次の日のことだった––––。
–––––
リュートがガッチェスを迎えに行くのにアヴァロンもついて行くと言い出し、仕方なくギルとユリウスも出て行った。
その後、俺たちはビーストの子供らを迎えに行くために城へ向かった––––のだが。
「ご主人ーー! ご無事で何よりです! お怪我はありませんか!? 気分はどうですか!? あ、お腹は空いてますか!?」
護衛騎士に案内された部屋の扉を開けた直後、茶髪のショートボブの猫耳っ子に抱きつかれて、うざったいほどに世話を焼かれた。
「お、落ち着けカンナ! ご主人ってなんだ!?」
「はい! ご主人は以前、私の頼みを聞く代わりに俺の物になれと言いました! なので、カンナはこれよりご主人の物です!」
何を言ってるんだこの猫耳っ子は!?
「俺の物になれなんて言っていないぞ!? 欲しいって言っただけで、そもそもアレは仲間になって欲しいって意味で––––!!」
「にゃー!? お姉ちゃんに変な事を吹き込んだのはお前かにゃー! 絶対許さんのにゃ!!」
「やはり誤解されていたではないか!! 君が変な言い方をするから––––!!」
「落ち着いてよウヅキ! 私たちを助けてくれたのはご主人さんなんだよ!」
「そうだよウヅキねーちゃん! 殴っちゃダメだよ!!」
「イザヨイ、キョウ! お前らはどっちの味方にゃ!?」
あー! 一旦落ち着けってば!!
何が何だか、もうわかんねぇよ!!
「カンナちゃん、でしたっけぇ? ご主人様のことを『ご主人様』と呼んで良いと許可した覚えはないのですよぉ〜?」
「……なんでしょうか? 私は既にご主人の物です。ですので、ご主人と呼ぶのは当然のことです」
おーっと!?
両者一歩も譲らず! 火花を散らしているぞー!?
「っておい! 喧嘩しに来たわけじゃないんだから、仲良くしようぜ?」
「この雌猫と仲良くするなんてぇ、ちょっと無理な相談なのですよぉ〜♪」
「怖っ!? ちょっとミシェル、目が全然笑ってないんですけど!?リュウが何とかしなさいよ!!」
無茶言うなよ!!
「あんたもアタシたちを助ける為に頑張ってくれたんだってな、感謝してるぜ?」
向こうの言い争いなど存在しないかのように話しかけて来たのは、灰色の毛の狼少女だった。モフりたい。
「 や、やめろ、耳を触るんじゃねぇ……ッ!」
––––はッ!?
しまった、手がが勝手に!!
あまりにも素晴らしい毛並みだったので、つい……!!
「ミーナ姉ぇ、お顔赤いよ? お熱あるの?」
「だ、大丈夫だぜムツキ……。 ちょっと驚いただけだから……」
なんと、弟くんか! これまた可愛いなモッフモフしたい!!
今度機会があれば、モフらせてもらおう!
「こうやって見ると、結構な数のビーストが拐われてたんだな」
いくら子供とは言え、ビーストだ。
それをこの人数とは、何かあったのだろうか……?
「まぁ、そんなこと考えても仕方ねぇよな! とりあえず話を聞いてほしんだが、良いかな?」
あのー、ミシェルさん?
そろそろやめて頂けると、こちらとしても助かるのですが……?
「良いわよあんなの、放って置いても! それより、はやくこの子たちに伝えなきゃでしょ?」
あぁ、そうだったな!
あれは取り敢えず、無視していくとするかな!
決して面倒くさいからではないのだよ?本当だよ?
「おっほん!えーと、それじゃあ」
俺はビーストの子どもたちを見回した。
カンナもこちらに耳を傾けてくれたようだ。
「今回の件、とても辛かったと思う。みんな、今までよく頑張ったな。でも、もう大丈夫だ! 俺たちが責任を持って、君たちを家まで送り届けることにした! 明日の朝、この国を出てビーストのいる【天ノ夜月】へ向けて出発する! もう少しの辛抱だから、それまで俺たちに君らを守らせて欲しい」
人類種に拐われてこの国に連れてこられたんだ。
簡単に俺たちを信用してくれるとは思わない。
だけど、俺たちが味方だって証明することもできない。
だから今は、こうやって精一杯の誠意を持って接するしかない。
「––––ハヅキは信じるのです! ハヅキたちを助けてくれたご主人さんたちは、優しい人たちなのです!」
そんなことを考えていたら、真っ先に狐耳の少女がそう言ってくれた。
なんて純粋で優しい子なんだろうモフりたい!!
「サツキも賛成するのです!」
「えぇ!? まぁ、お姉ちゃんに言われなくてもそのつもりだけどさ……」
「サツキが、守ってくれれば……良い––––ひゃ!?」
おっとごめんよフミちゃん!
良い狸耳だったもんで、ついね!
「お姉ちゃんも、シモンを守ってくれるの……?」
おぉ!? 熊耳っ子がパンドラのズボンを掴んで、そのまま上目遣い×涙目のコンボ攻撃だーー!!
「え!? な、ちょ、離れなさいよ……!」
パンドラ選手、かなり焦ってますね〜!
さぁさぁ、どうするパンドラ選手!!
「あ、こらシモン! ダメじゃないの迷惑かけちゃ!!」
おっと、ここで助っ人のキサラギ選手が参戦だ!
あの熊耳っ子姉妹も良い毛並みだが、熊は毛が硬いと聞いたことがある。とても気になるな、撫でてみたい!
「いやぁ!」
あらあら、パンドラのやつ泣かせちゃってるよ……。
恥ずかしがってないでモフったら良いのにな。
「もう、仕方ないわね! わかったわ、私も守ってあげるわよ! 本当に仕方ないんだから! ––––だからもう、泣くんじゃないわよ……?」
なんだと!? パンドラさんが、デレただと!?
「良いかい、キョウくん。あれが、ツンデレだよ」
「え? リュウさん、ツンデレってなんですか?」
「その言葉の意味はわからないけど、何だかイラッとくるわね!」
からかってるのだけは伝わったみたいだな!
「ミーナはどうだ? 俺たちを信用して、ムツキも守らせて欲しいんだが」
「ふん! アタシは別にそれでも構わないぜ」
よーし、これで全員だな?
いやいや、信用されたようで何よりだよ。
ここで駄々をこねられても困るからな。
これでやっと俺のモフモフワールドが完成するぜ!!
「リュウ、君が何を考えているのかはわからないが、出来るだけ早くこの城から出たほうがいいぞ? グレイス王が君たちを簡単に国外へ行かせるとは思わない」
「まぁ、普通に考えればそうなるわよね。あの古代兵器を倒しちゃうほどの実力の持ち主を取り込めば安泰でしょうしね」
そ、それは困るな……!
エリノアの事もあるし、王様の命令だったら断るのも難しいだろうし!
「そうと決まれば、早く城から出て街に隠れるとしよう」
「私が外に馬車を二台用意してある。それなら全員乗れるはずだ」
さすがエリノア! 頼りになる!!
「おいミシェル、大人気ないぞ?」
「ご主人様にはわからないのですよぉ!」
–––––
とまぁ、こんな感じで現在に至るわけだが……。
「アレはもう、放っておくのが一番だな……」
「そうね、そのうち仲良くなるわよ」
そうだと良いんだけどなぁ。
先が思いやられるよ……。
「それでは皆さん、お世話になりました! エリノア、次に会う時は俺だけの力でお前に勝ってやるからな!!」
俺はそう言ってエリノアに手を差し伸べる。
「あぁ、私だって勝ちを譲るつもりは無いぞ! 君の全力を正面からねじ伏せてやるから、覚悟するんだなッ!」
エリノアはその手を握り、固い握手を交わした。
あぁ、この笑顔が見られなくなるのは残念だッ!
「さぁ! 早く行かないと、お仲間を待たせているんだろう? それに、いつまでもここにいた所で別れが悲しくなるだけだよ?」
わ、わかったから!!
そんなに背中を叩かないでくれ、グリルさん!
「それじゃあ……そろそろ行くよ。絶対にまた会おうな」
「あぁ、約束だよ。私はいつまでも、君を待っているから……頑張ってくれ」
はは、やばいな!
なんかちょっと泣きそう!
「なぁ〜に辛気臭い顔してるのよッ! 今生の別れでもあるまいし、このままだと本当に日が暮れちゃうわよ!? さぁ、出発出発ッ!!」
「わわッ!? やめろってパンドラ、引っ張るなよ!! それじゃあ皆さん、お元気でーー!! じゃあなエリノア〜!!」
「あ、あぁ! 君たちも、達者でな〜!!」
「皆様、リュウ君、ご武運を祈っています!」
こうして慌ただしく、俺はエリノアとグランヴェール王国に別れを告げたのだった––––。




