第34話「みんな今日から異世界生活」
「わかったよボス、仕方がない! ではまず、魔術と魔法の違いを説明しよう!」
クラウス博士は再び、意気揚々と話を始めた。
「まず魔術とは、0から1を作り出すことを指すんだ。新しい魔法を作ったり、応用をしたり掛け合わせたりして1を2に、5を6にしたりすることだよ! そして魔法は、すでにある物を指しているんだ!
「明確に分かれるのは、魔法使いと魔術士だね! 魔法使いを名乗る者は、すでにある物を使いこなすのが上手く、魔術士を名乗る者は、新しい物を作り出すことに優れているんだよ!」
「能力的にあまり違いはないんだけれど、魔術士が魔法使いに魔法を教えて、魔法使いがそれを鍛えて魔術士に教える。だから結局のところ、どちらが優れているっていうことはないと思うよ」
「ちなみに魔法には詠唱というものがあって、それぞれの魔法で必要な詠唱は変わってくるんだ。けど、それを無詠唱で使うこともできて、無詠唱で魔法を使うのは無詠唱魔術って呼ばれているんだよ! 何故だかわかるかい?」
急に質問されたから、ちょっとびっくり。
「えっと、詠唱はすでにある物を使っていて、無詠唱は使っていないからだと思います」
「ピンポンピンポーン! 大正解だよ! いや〜、よくわかったね!」
良かった、あってたみたい。
頭はそんなに良くないから、正直言って不安だったけど。
「と言っても、あんまり気にしなくてもいいんだけどね! 魔法使いだって新しい魔法を作り出すことができるし、魔術士だって鍛えることはできる。要するに、それを専門にするかどうかの違いだね!」
気にしなくても良かったんですか!?
真面目にどうしようかって考えてたのにな……。
「この世界には冒険者やハンター、レンジャーや魔法剣士、その他にもたくさんの職業があるから調べてみてね! もしくは、僕のところまでおいでね!」
クラウス博士のところに行くのは、やめておこうかな。
絶対に話が長くなると思うからね。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
急にクラウス博士が真剣な表情になって、モニターの電源を切る。
「僕たち異界の反逆者は、この世界に我が物顔で君臨している神々を倒し、二度と過ちが起こらないようにするのが目的だ」
「神の娯楽のためにこの世界に連れてこられた君たちのような異世界人。やれ信仰しろ、やれ崇拝しろなどと戯言を述べ、挙句、脅威になりそうなら滅ぼそうとする」
「はっきり言って、彼らはこの世界をただのゲームとしか思っていないんだ。自らの欲を満たすためなら他がどうなろうと関係ない。神々の戦いに他の種族を巻き込み、利用し、滅ぼし、弄ぶ。それが彼らのやり方だ」
「闇の龍神がこの世界を滅ぼそうとした時も、対の存在の光の龍神に協力すらしなかったという。僕は彼らにこう言ってやりたい、『ふざけるな』と」
「こんな化け物で溢れかえった世界を、生きろと言う。他の種族には守護神が付いているというのに、人類種にはいない」
「そこで僕たち異界の反逆者はこう考えた。『ならばいっそ、我々がこの人類種の守護神になればいい』と」
神々を、倒す?
そんなことができるのか?
「神をどうやって倒すんだって顔をしているね。簡単なことだけど、とても難しいことだよ。『スキル』を手に入れることだ」
「スキルについてはあまり知られていないが、僕はそれが『魂の力』だと思っている。自らの魂の力を解放し、具現化させたものがスキル。だけど、それがどうやって手に入るのか、限界はあるのか、いくつ手に入るかはわからない」
「ただ、これだけは言える。スキルとは、神を超える力を秘めていると」
そこまで言って、クラウス博士の表情が再び明るくなる。
「怖がらせてしまったかな!? 申し訳ない! ただ僕は、君たちに決断して欲しいんだ! 僕たちの仲間になるか、好きに暮らすか。どうする?」
どうするか……か。
僕はとにかく、リンを危ない目に合わせるわけにはいかない。
「あの〜、一つ質問良いかなぁ?」
そう言ったのは、ミナミだ。
「私たちはまだ中学生で、1人は小学生だよ? だから少し、時間をくれないかなぁ?」
なんだって!?
あのミナミが、僕らを気遣っただと!?
ミナミならてっきり、二つ返事でクラウス博士の下で働くと思ったんだが。
そんなことを考えていたら、ミナミに怪訝そうな顔で見られた。
「そうだよね! 君たちだってこの世界に来たばかりだし、色々と思うところはあるよね! それじゃあ、返事は明日聞くとしよう!」
そう言ってクラウス博士は、アルさんの方を見る。
「あぁ、良いだろう。レン、彼らを部屋へ案内してやれ」
「了解。こっちだ、ついて来い」
僕たちもレンさんに促され、部屋を出て行った。
「失礼しました」
顔を上げた時、アルさんが申し訳なさそうな顔をしているのが、目に入った。
–––––
「ここだ、部屋はきれいにしてあるから安心しろ」
「ありがとうございます、レンさん。助けてもらっただけでなく、部屋まで用意してくれて」
「ガキが気を使うな。今回のことは、かなりショックだったろう。ゆっくり休んで、答えを出すと良い」
レンさんは微笑んで、僕の頭を優しく撫でた。
「また後で、飯を持ってくる」
そう言ってレンさんは、部屋を後にした。
「はぁー! ったく、勘弁して欲しいぜ。いきなり異世界に迷い込んだかと思ったら、家に帰れねぇし怪物に殺されそうになるし、挙げ句の果てには神を倒そうって言う集団に勧誘されるしよ! ……母さん、今どうしてるかな」
「元気出せよ、コウちゃん(笑)」
「まだそれ続けるのかよ!!?」
ソウはコウを元気付けようとしているのか、落ち込んでいるコウを茶化している。
「みんな、真剣に話し合おう。みんなの考えを聞かせてくれないか?」
僕がそう言って話を切り出すと、みんなの表情が重くなる。
「私は、ここでこの世界のことを知ろうと思う。みんなの知っている通り、私は知識に貪欲だ。だから私は、この世界のことを知りたいと思う」
「ミナミは、ここでクラウス博士の下で働きたいんだろ?」
僕がそう言うと、ミナミは頷いた。
「……なら、俺も異界の反逆者とかいう、この集団に入る。どっちにしろ、呑気にこの世界で暮らしてたって、帰る方法はないんだろ? だったら、ここでその方法を探し出してやる」
「あれ? 私はてっきり、コウくんは馬鹿馬鹿しいとか言って出て行くんだと思ってたよ〜」
「な、なんだとー!? 俺はお前が心配だから––––あ!」
「あれれ? コウちゃん(笑)ってば、それはどういう意味なのかな?」
「いや、これは、その……別に深い意味なんてねぇよ!!」
コウは顔を真っ赤にして、そのまま黙ってしまった。
「さてと、俺の考えはもう決まってる。せっかく退屈な日常から抜け出したんだ。この世界でも、それをする気はないよ。俺は異界の反逆者に入って、俺だけの自由を手に入れるよ」
ソウは昔から、ラノベの世界とか、そういう普通とは無縁の世界に憧れていた。
きっとこの世界に来て1番喜んでいたのは、ソウかもな。
「僕は、リンを危険に晒したくはない。けど、家に連れて帰りたい。そのためなら、僕は戦うよ。リンには、アルさんに安全な場所で守ってもらえるように頼んでみるよ」
「––––そんなの嫌!」
僕がそう言った時、リンが大きな声でそれを拒絶した。
「お兄ちゃんがリンの立場だったら、どう思う!? お兄ちゃんがリンのために戦っている時に、自分だけ安全な場所で待ってろって言うの!? そんなの嫌! お兄ちゃんに何かあったら、リンは絶対に後悔する……。リンも戦う! 戦って、お兄ちゃんを守れるくらい強くなるもん!!」
リンはその目に涙を浮かべながら、僕に自分の考えを言った。
確かに僕も、リンの意見を聞くべきだったかもしれない。
「––––そんなのダメだ! って言うのが、お兄ちゃんとしての正しい答えなんだろうな。けど、僕としてはリンの答えはとても嬉しいよ」
僕はリンの頭を優しく撫でた。
「よし、決まりだな! こんな意味わからん世界で生きていくために、俺たちみんなで力を合わせようぜ!」
「「「「おう!」」」」
こうして僕たちは、一致団結してこの世界を生きていくと誓った––––。
–––––
「やぁ、よく来たね! それじゃあ、君たちの答えを聞かせてもらえるかな?」
次の日の昼、僕たちはレンさんに案内されて、アルさんとクラウス博士のいる部屋へと入った。
そこにはサンドイッチのようなものを頬張っているクラウス博士と、書類を眺めながら険しい顔をしているアルさんがいた。
「私は、この世界のことをもっとよく知るために、クラウス博士の下で働きたいです!」
「おぉ! 君は確か、ミナミ君だったかな? 僕なんかでよければ、喜んで協力するよ!」
クラウス博士はミナミのことを気に入ってくれるはずだ。
あの2人がコンビを組んだら、誰も近づかなくなるんじゃないかなぁ?
「俺たちは、異界の反逆者に入って元の世界に戻る方法を見つけるぜ」
そう言ったコウの目を、アルさんは正面から受け止める。
「……わかった。だが、これだけは言っておく。訓練は厳しい、戦場では逃げ出したくなることもある。覚悟することだ」
アルさんの目が、さらに鋭くなる。
その目はまさに、経験を物語っている。
「––––良い顔をするようになったな。子供だと思っていたが、なかなかに肝が座っているな。それで、そこのお嬢ちゃんは、我々が責任を持って保護することで良いんだな?」
「り、リンも戦います!!」
リンがそう言った瞬間、アルさんは驚いた顔をし、すぐに険しい顔に戻った。
「本気か?」
その言葉は僕に向けられたもので、言外に「守れるのか?」と聞かれている気がした。
「はい、これでも僕の妹ですから。それに、頼れる相棒もいるみたいですしね」
「きゅー?」
僕が微笑みながらリンを見ると、服の襟からハリマルが顔を出した。
「––––ちょ、ちょちょ、ちょっと待って!? その子、精霊かい!?」
突如クラウス博士が慌てふためき、リンの肩に乗ったハリマルを凝視した。
「精霊、ですか?」
「あ、そう言えばまだ教えてなかったね! 精霊っていうのは極めて珍しいもので、その存在は大きく2種類に分かれるんだ」
おっと、クラウス博士の話が始まってしまいました。
「一つが、ごく稀にこの世界に生まれた時から使役していることがある精霊。この精霊は儀式をすることで召喚ことができるようになるみたいなんだが、才能がある人は、とあるきっかけで召喚ができるようになるみたいだ」
「もう一つが、捕獲による方法で使役できる精霊だ。だけど、精霊自体が希少な存在だから、そんなチャンスはなかなか無いんだよ」
ということは、リンが見つけたハリマルはかなり希少な存在で、テイムできたのは凄い激運だったってことか!?
「ボス、この子は精霊に気に入られている存在だよ! とても良い才能を持ってる!!」
「わかったから落ち着くんだクラウス。では、君たち全員の異界の反逆者への入団を認める! 訓練に励み、共に目的の達成を目指そうぞ!!」
こうして僕たちは、異界の反逆者に入団した。
それから僕らは過酷な訓練を繰り返し、戦場へ赴くことになるのだが、それはまだ先の話––––。




