第32話「辿り着いた異世界」
「––––なんだよ! 別に何もねーじゃん!」
「うーん……。ここを掘ろうにも、そんな道具は持ってきてないからなぁ〜」
ハリマルが訴えていた場所を調べたが、特に何も変わったところはなかった。
やっぱり、考えすぎだったんじゃ––––。
「あー、くそっ! イライラするぜ! ––––この!」
コウは我慢の限界に達して、思い切り壁を蹴った––––その時だった。
––––ギギギィ!
なんと! 重々しい音を立てて壁が扉のように開き、その奥へと進むための新たな道が現れたのだ。
「やったな幸助! でかした!」
「ハリマルが伝えたかったのは、これの事だったのね! ありがとね、ハリマル♪」
「きゅー!」
「––––し! みんな静かにっ!」
美波は突然そう言って、自分の人差し指を口に含んで湿らせ、その指に意識を向けた––––。
「––––やっぱり、風がある……! この先に出口があるよ!!」
「マジか!! そうとわかれば、早くこんなところから出ようぜ!」
「やっとお家に帰れるね、お兄ちゃん! ハリマルのこと、なんて説明しようかな……」
「大丈夫。ばあちゃんに二人でお願いしてみよう!」
「うん! ほら、早く行こうよ! お兄ちゃん!!」
僕は鈴に腕を引かれながら、先を急いだ––––。
「––––やっぱり! 出口が見えてきたぞ!」
「えー! 私はもうちょっと、ここで不思議な体験をしていたいけどなー!」
「だったら、好きなだけここにいろよ、クソメガネ!!」
「そんなこと言いながら、美波を1番最初に追いかけたのは幸助だけどね」
いろいろと不思議なことがあったけど、もうこんな体験はしたくないな。
そんなことを考えながら、僕たちは外へと飛び出した––––。
–––––
「––––なんだよ、どうなってんだよ……!! 俺たちがいたのは、山の中だったはずだろ!?」
「ここは山の中というよりも、丘の上って感じだよ……。それより、もっと気になることがあるんじゃない?」
「うっひょおおおおおお!! まるで、おとぎ話の中の世界だよぉぉぉ!!」
洞窟を抜けた先––––そこにあったのは、見渡す限りの木々でも、ましてや見知った世界でもない。
「ねぇ、お兄ちゃん。これ、夢……?」
––––天空に浮かぶ大地、空を飛ぶ巨大な竜、見渡す限りの草原には、某RPGゲームの序盤で出てきそうなスライム的モンスターや二足歩行する大きなトカゲまで。
「妹よ。それ、『フラグ』だ……」
「そんなことより、これからどうする? また洞窟に入って、今度は元の世界への道でも探す?」
「あー、そのことなんだけど……。洞窟、消えちゃったみたい……」
美波がそういうのを聞いて後ろを振り返ると、そこにはただただ草原が広がるばかりだった––––。
「変な道進んで、変な洞窟に入って辿り着いたのが、異世界だとはな……」
「いったい、どうやって帰ればいいんだよ!! これが神様の悪戯!? ふざけんな!!」
「嘆いてる場合じゃなさそうだよ。僕たちはモンスターのいる世界で、初期装備が攻守ともに0だ。下手すると––––いや、このままじゃ確実に死ぬ」
宗次郎の言う通り、武器も防具もないんじゃスライムにすら勝てない。
「とにかく、人がいる街に行こう。もしかしたら、人じゃないかもしれないけど……」
「怖いこと言うなよ! けど、生きて帰るためだ。健太の言う通り、一旦ここを離れようぜ」
「でも、いったいどこに行けば街はあるの? お兄ちゃん」
ふっふっふ!
妹よ、お兄ちゃんを侮るでない!
「ここには、見た感じ強そうなモンスターはいない。ということは、ある程度は倒されているか、近寄って来ないってことだ。そして、そこから考えられることは––––」
「––––近くに街か何らかの拠点があって、定期的に倒されてるってことだね?」
「なんだよ美波! 僕のかっこいい見せ場を邪魔するなよ!!」
でもまぁ、そういうことだと思う。
となれば、あとは方向だけだが……。
「––––ッ!? お兄ちゃん、後ろ!!」
鈴に言われて、慌てて後ろを振り向いた––––。
「––––うわっ!?」
そこにいたのは、三体の大きなトカゲ––––リザードマンだった!
「みんな、早く逃げろ! 離れるなよ!!」
コウの声を合図に、僕たちは走り出した。
捕まったら死ぬ。
その恐怖が、すぐそこまで迫ってきているのを感じながら、一心不乱に走った。
「––––あうっ!」
だが、鈴が走っている途中で転んでしまった。
すぐにその背後に、リザードマンが追いついた––––。
「––––鈴!!」
リザードマンは持っていた斧を、大きく振りかぶる––––。
「––––助けて、お兄ちゃん!!」
どうするどうするどうするどうするどうするどうする!?
どうすればこの状況を打開できる!?
考えろ、考えろ考えろ考えろ考えろ!!
「くっそおおおぉぉぉ!!」
僕は必死で、持っていた虫捕り網でリザードマンの目を突いた–––––!
「––––クロロォォォ!!」
だが、その判断は間違っていたようだ。
虫捕り網は容易に壊され、リザードマンにも大したダメージは無く、激怒させただけだった。
「鈴、早く逃げろ!!」
「でも、お兄ちゃん––––」
「––––いいから早く行け!! 鈴を頼んだぞ!!」
「何言ってんだよ! ケンちゃんも逃げるんだよ!!」
「宗次郎、鈴を、頼む」
鈴を立たせて背中を押した瞬間、リザードマンの一撃が僕を目掛けて振り下ろされた。
たとえリザードマンのどんな攻撃でも、僕の命を刈り取るのは容易いだろう。
食い殺されるんじゃないのが、幸いかな……。
––––タタタタンッ! タタタッ!
死を覚悟したその時、乾いた音が辺りに響いた––––。
「––––キィィィアア!!」
その直後、3匹のリザードマンが、血しぶきを上げて倒れる。
「よかったっす、間に合ったっす! もう大丈夫っすよ!」
「ボス、対象を無事保護した。これより帰還する」
『––––了解、よくやった』
突如、後方から武装した集団が現れ、僕たちに駆け寄って来た。
「遅れてすまない。君の勇気のおかげで、全員を無事保護することができた。ありがとう」
––––はは、よかった……まだ生きてる。
「お兄ちゃんのばか! ばかぁ!!」
「何一人でカッコつけてんだよ! ケンちゃんを見殺しにできるわけないだろ……!!」
「ふざけんなよ健太! もう少しで死ぬところだったんだぞ!?」
「いやぁ、ケンくんの行動には驚いたよ! けどね、そういうのってあまり感心しないな〜私は」
「––––でも、ケンちゃんのおかげでみんな無事だ。ありがとう」
はは、怒られたか……。
けど、みんな僕を心配してくれたんだよな。
ちょっと嬉しいな……。
「君たちには今から、俺たちについて来てもらうよ。色々聞きたいことはあるかもしれないけど、それは後でゆっくりと聞こう」
「みんな、オイラたちについて来るっす! あそこにいる無口なお姉さんが、後ろから守ってくれるから安心するっすよー!」
言われて、僕たちは素直について行った。
怪しいとも思ったが、ここにいるよりかはマシだと思ったから––––。
––––
「––––自己紹介がまだだったな。俺の名前は、『レン』だ。この第3部隊の隊長で、君たちと同じ《異世界人》だ。本名は、『神楽坂 蓮』という」
僕たちは草原を少し歩き、そこにあった異世界には似つかわしくない––––軍用車両に乗り込んだ。
「あなたは……日本人なんですか?」
車に乗り込んだ後、レンさんにそう問いかける。
「そうだ、俺だけじゃない。アジトには、もっと多くの異世界人がいる」
「オイラは『トーブ』っす! オイラは異世界人じゃなくて、この世界の《人類種》っすよ!」
「私は……『クレア』よ。貴方たちと同じ……異世界人ではないわ」
僕たち以外にも、この世界に迷い込んだ人たちがいる……。
だとすると、戻る方法は––––。
「––––君たちに一つだけ、言えることがある。元の世界に戻る方法は––––ある」
「それ、本当なんだな!? 教えてくれ、おっちゃん!!」
「方法はある、これは間違いない。だが、それはわからないんだ」
「わからないって、どういう––––」
「––––その方法は、神だけが知っている。神にしかできないことなんだ……」
「そんな……」
やっぱり、そうなんだ。
もし帰る方法を知っているなら、とっくに帰ってるはずだし……。
「それで、君たちのことを教えてくれるか?」
「あ、ごめんなさい。僕は、『佐久間 健太』って言います。ケンって呼んでください」
「り、リンは『佐久間 鈴』です。リンでいいです……」
「俺は、『新城 幸助』だ。コウでいいよ。宗次郎も、俺のことはコウちゃんって呼べよ?」
「理由は聞かないけど、わかったよ。俺は、『錦 宗次郎』です。コウちゃん(笑)も、俺のことはソウって呼ぶんだよ?」
「コウちゃん(笑)ってなんだよ!!」
「えーと、私の名前は『桐崎 美波』だよ。私も、ミナミって呼ばれた方がいいかな?」
「よし、わかった。それでは、これからのことを説明する」
レンさんの顔が、真剣なものになった。
いや、元々こういう表情だったっけ。
「君たちにはこれから、俺たちのアジトに来てもらう。そこで俺たちのボスに会ってもらい、この世界のことを知ってほしい。知った上で、君たちがどうするのかを決めてほしい」
「ボスはちょ〜と見た目が怖いっすけど、とっても優しい人だから大丈夫っすよ!」
「もう……着く」
この世界で、どうするか––––。
僕がやることは、決まっている––––。
「––––リンを守る」
––––僕は絶対に、リンと一緒に帰る。
そして僕たちは、彼らの言うアジト––––《アルスマグナ王国》に到着した。




