第30話「終戦」
時は少し遡り––––。
ー貧民区ー
「はぁ……!はぁ……!」
グランヴェール王国の貧民区に、風よりも速く走る獣人の少女の姿があった––––。
「もうすぐにゃ!お姉ちゃんの匂いが近づいてきたにゃ!」
ウヅキは他の獣人よりも速く、ビュンビュンと風を切りながら路地裏を駆け抜ける。
角を曲がると、少し広い場所に出た。
その場所の真ん中に大きなテントが設置されていて、中からは薄っすらと灯りが漏れている。
「ウヅキ!!イザヨイ!!」
「カンナお姉ちゃん!!」
街の中を疾走していたウヅキたちに気付いていたのか、ウヅキに良く似た少女––––カンナがテントから姿を現した。
「よかった!みんな怪我はない!?」
「大丈夫にゃ!お姉ちゃんこそ、無事だったにゃ!?」
「ううん、私は大丈夫だよ!でも、よかった……本当によかった!」
「にゃ!?やめるにゃお姉ちゃん!恥ずかしいにゃ!!」
カンナは涙を流しながら、ウヅキを力強く抱きしめた––––。
「ねーちゃん!」
「キョウ!よかった……!!」
イザヨイも弟に再会でき、嬉し涙を流していた。
「ミーナ姉ぇ!」
「ムツキ、怪我はねぇか!?」
「うん、ないよー!」
「キサラギおねええちゃあああん!うわああああん!!」
「こらシモン、泣いちゃダメなの!もう、大丈夫なの……!!」
「キサラギが泣いてどうするんです!」
「そんなこと言ってるハヅキだって……ぴーぴー泣いてたよ」
「な、泣いてないです!!フミは嘘つきです!」
「ふ、二人とも!喧嘩はダメだよぉ!」
「うるさいです!サツキは黙ってるです!」
「サツキが助けに来てくれれば、よかった……のに!!」
「えぇ!?そんなの無理だよ!怖いもん!!」
「男らしくないです!!私たちみたいな美少女を助けるためなら、怖くなんてないはずです!!」
「それ、自分で言っちゃう……?」
ビーストの子供たちは久しぶりの再会に歓喜していた––––。
「ウヅキたちが戻って来れたっていうことは、リュウさんとエリノアさんが助けてくれたんだよね!?」
「あ、そうだったにゃ!あいつら今大変なのにゃ!」
ウヅキはこれまで港で起きた事を話した。
それを聞いたカンナは顔色を変え、覚悟を決めた––––。
「私も戦う!やっぱり、守られてばかりじゃ嫌だもん!!」
「で、でも、向こうは危ないよ!」
「何言ってるにゃイザヨイ!!そんな危ないところで戦っているあいつらを放って置くって言うにゃ!?」
「そういうわけじゃないけど……」
「喧嘩はやめな!今は言い争ってる場合じゃないだろ!?」
ミーナが喧嘩を止めると、ウヅキもイザヨイも押し黙ってしまった。
「––––私は行くの。シモンやみんなを助けてくれた恩返しがしたいの」
「アタシもだ!このまま助けてもらったままじゃ、一族の恥晒しだぜ!!」
キサラギとミーナはカンナとウヅキに同意した。
「でも、その後はどうするの!?どうやってお家に帰ればいいの!?」
そう、問題はその後の事だ。
戦闘力があったとしても、一文無しの子供だけで大陸を旅をしていけるはずもない。
「ど、どうするったって……。どうするよ?」
「私達だけで帰れるとは思わないです。この大陸の文字も読めませんし、私達の住んでいた大陸とのお金も、当然違うです」
ミーナの問いに、ハヅキがキッパリと答えた。
その言葉に全員が頭を悩ませ、再び希望を失いそうになった時–––––。
「ううん、大丈夫だよ!私のご主人が、きっと何とかしてくれるから!!」
–––––そんな重い空気を吹き飛ばすように、カンナが明るい声でそう言った。
「お姉ちゃん、『ご主人』って……誰にゃ?」
「もちろん、ご主人はリュウくんのことだよ!!私のご主人!!」
「お姉ちゃん!?自分が何を言ってるかわかってるにゃ!?」
「二人とも落ち着け!今はとにかく、あいつらを助けに行くのが先だぜ!」
「……わかったにゃ。お姉ちゃん、後で何があったのか全部話してもらうにゃ!!」
「わ、わかったよぉ……」
ウヅキが鬼気迫る表情でカンナを睨んで、走り出そうとした時だった––––。
「ま、待ってくれ……!やっと追いついた……」
獣人の脚力に必死に喰らいついて来たエリノアが、息を切らしながら走って来た。
「あ、戦姫様!どうしたのにゃ?」
「エリノアでいい。どうしたも何も、君たちの護衛をしようとしたんだ!まぁ、その必要もなかったがな……」
エリノアはそう言って子供達を見渡した。
「全員無事のようだな。君たちも急いで城へ避難してくれ。後の事は、任せて欲しい」
「はぁ!?冗談きついぜ!助けて貰ったんだから、アタシ達も協力させてくれ!それに、誇り高き獣人が隠れて大人しくすることなんて、できないぜ!?」
「––––君達を人間の悪事に巻き込んでしまったことは、本当に申し訳ないと思っている!!だが、これ以上危険な目に合わせるわけにもいかないんだ。私は、この国の戦姫だ。この国を守る使命がある!どうか、わかって欲しい」
エリノアにそう言われて、ミーナは押し黙った。
立場が逆なら、きっと自分も同じことを言ったはずだからだ。
「わかったよ、ここは大人しく言うことを戦姫様の聞くか。ただし、絶対無事に戻って来いよ?」
「あぁ、ありがとう!それじゃ、気をつけて」
「おいおい、それはこっちのセリフだぜ?アタシ達を助けてくれてありがとうな、エリノア様!」
ミーナの言葉に微笑み、エリノアはまた走り出した。
その背中が見えなくなるまで、獣人の子達はそろって頭を下げていた––––。
–––
––––うっ……くそ。
––––ここは、どこだ……?
「おぉ!目を覚ましたようじゃな!」
「いけませんアヴァロン様!はやく降りてください!!今は安静にさせておかないと!!」
「ええい!離すのじゃギルガメッシュ!!たわけ者め!!」
ようやく長い眠りから目を覚ましたリュウは、この街での下宿先にしていた宿のベッドの上に寝かされていた。
そして霞む目を擦りながら、自分の体の上に腰掛ける赤毛の少女を見る。
「––––パンドラは!?」
「にゅや!?」
慌てて飛び起きたことで、上に座っていた少女はベッドから転げ落ちる。
「あ、ごめん!怪我はないか?」
「たわけ!急に起き上がったら、危ないのじゃ!!」
「だから言ったんだ……。怪我人の上に座っていたアヴァロン様の方が、よっぽど戯け者だと思いますぜ?」
「うむ、ギルガメッシュの言う通りです」
「むむむ……!!」
–––ギルさんのことはわかるが、他の二人は誰だ?
次第に意識が覚醒し始めたリュウは辺りを見回し、見慣れない顔ぶれに小首を傾げる。
「あの、そちらのお二人は?」
「いやはや、挨拶がまだでしたな。では改めまして–––––私の名はジュリウス。そして、こちらの方が“火の龍神”アヴァロン様です」
「うむっ!妾がアヴァロンなのじゃっ!そして、お主の『師匠』じゃ!!先に言っておくが、妾の修行は厳しいぞ〜?」
–––––急な師匠宣言を言い放つ少女にさらに首を傾げ、状況を整理しようと頭をフル回転させる。
「えっと、師匠ってことは、俺に何か教えてくれるのか?」
「む!?口の聞き方がなってないのじゃ!私はこれからお主に強くなる方法を教えるのじゃぞ!偉いんじゃぞ!!」
「あ、はい!すんませんでした!!是非とも、ご教授願います!!」
色々と聞きたいことは山程あるが–––––火の龍神直々に何かを教えてもらえるんだ、それに越したことはない。
リュウはそう無理矢理納得し、この状況を理解することを放棄する。
「って、そうじゃなかった!パンドラとミシェルが–––––」
–––––リュウが慌てて召喚魔術を使おうとしたその時、ガチャリと部屋のドアが音を立てて開く。
「私たちなら、ここにいるわよ」
「あまり無理をしないでくださいね、ご主人様ぁ〜♪」
いつもの二人の声に安堵しながら、終戦の喜びを分かち合おうとしたリュウは–––––。
「あぁ、良かった……。二人とも、無事なんだ–––––パンドラ、ミシェル……お前らっ!?」
以前の姿よりも大きく成長した二人の可憐な少女に、絶句することとなった。
「別に……そう驚くことでもないわよ。主が成長すれば、眷属である私達も成長するわよ」
「えへへ〜♪ご主人様よりもぉ、大きくなっちゃいましたねぇ〜♪」
嬉しそうに小走りで駆け寄ってきたミシェル(成人の姿)にリュウはガタガタと怯え、ベッドの隅で丸まっている。
「でも、思ったよりも成長したわね。15歳くらいの身長までなってるから、成人と変わらないわね?」
「でもぉ〜、パンドラちゃんのお胸はぁ〜成長してないのですよぉ〜♪」
「う、うるさいわね!!余計なお世話よ!!!」
いや……姿は変われど、いつもの二人じゃないか。
–––何を怯える必要がある、今は無事に生還したことを称え合おうじゃ無いかっ!!
現実をしっかりと受け入れる覚悟をし、リュウは再び二人に向き直る。
–––そうそう、パーティーの中で俺が一番ちびっ子ってだけだ。
「って、おい!!なに大きくなってんだよ!!!俺だけチビのままって、不公平だろ!!?」
「仕方ないじゃない!あんたは人間、私は妖精なんだから!!」
「そうですよぉ〜?いくらご主人様が龍神だからと言って、人間には変わりないのですからぁ〜♪」
あまりにも急激な格差社会に、鋼の心をバッキバキにへし折られたリュウ。
涙目になりながらベッドの上をジタバタと転げ回って悶絶するその姿は、もう目も当てられない。
「ははっ!成長できるだけでもいいじゃねぇか!アヴァロン様なんて、ずっと小さいままだぜ?」
「ギル、表に出るのじゃ」
「え!?あ、いや、その––––」
失言を盛大にかましたギルも、リュウと同様に床を転び回る–––––。
「–––––それにしても、どうして二人は自分で召喚状態になって外に出れてるんだ?もしかして、成長したからか?」
「そんなわけ無いでしょ?契約上、それはさすがに無理よ」
「私たちはぁ、“リュートさん”に召喚されたのですよぉ〜」
–––リュート?あいつが?
–––なんだよ!起きてるなら声かけてくれたっていいだろっ?!
自分よりも先に意識を覚醒させていたことに多少驚きつつも、ようやく信頼し合える中になった相棒に声をかける。
『おい、リュート!なんで何も言ってくれないんだよ!パンドラたちが無事だったなら、先に教えてくれればいいのによ!』
『…………』
–––何で返事しないんだよ!おい、リュート!!
虚空から返ってくるのは、ただただ静寂のみ–––––。
何度呼びかけても、いつもの頭に響き渡る騒がしい声は聞こえてこない。
「何さっきからブツブツ言ってるのよ?」
「え?いや、何でも無い……」
–––おかしいな、今は寝てるのか?
そう思った時、パンドラとミシェルの後ろの扉から、聞き覚えのある特徴的な喋り声が聞こえてきた––––。
「やぁ、目が覚めたかい?リュウ☆」
見るとそこには、リュウとよく似た顔で青い長髪を後ろで束ねた女の姿が–––––。
いや、この特徴的なうざったい喋り方に身に覚えのあるリュウは再び絶句する。
「お前……もしかして、リュートか?どうしたんだよその格好!?いや、それよりもまず、どうしてここにっ!?」
「まぁまぁ、落ち着けよリュウ☆そこにいるアヴァロン様の力で、こうして『魔導人形』に憑依することができてるんだ☆」
“魔導人形”とは–––––悪魔や天使、精霊などの『精神体』でこの魔法界に召喚された者を受肉させるために使う媒体である。
「いやいやいやいや!それにしては、生きている普通の人にしか見えないぞ!?」
「そうなんだよ!!僕も本当に驚いたさ!!いやぁ、さすがは龍神様だよね〜☆」
先に目覚めたリュートに気が付いたアヴァロンが、その力の一端を使って魔導人形を生成しリュートに与えていた。
リュートの事も、天界の神殿から見ていたアヴァロン。
ただ喋ってみたいと言う我儘でジュリウスたちの反対をガン無視してこの世でたった一体の至高の魔導人形を作り出してしまった。
「てか、なんでそんな美人なお姉さんなんだよ!!俺にはそんな趣味や願望はねぇぞ!!?」
「えぇ〜、2人とも同じ姿じゃどっちかわからなくなるだろ?それに!この姿なら色々と融通がきくと思うんだ〜☆」
「姿なら、もっと他にもあっただろ!?–––––わかったっ!バハムートの時からの憧れとかだろっ?!」
「–––––はぁぁ?!そんなわけ無いだろっ?!てか可愛いんだから良いじゃんっ!!」
そんな二人の遠慮の無い喧騒を眺めていたパンドラとミシェルは–––––。
「なんか、私たちの時より驚いてない……?」
「お二人が元は一心同体なのは知ってますがぁ〜、少し嫉妬しちゃいますねぇ〜♪」
–––––と、自分たちの成長よりも、相棒の変化に驚いているリュウを見て面白く無さそうに口を尖らせていた。
–––––
「–––––こほん!それではリュウよ、よく聞くのじゃっ!お主は未だ、その力を扱いきれてはおらぬっ!その理由は、お主が《器》として、まだまだ未熟だからじゃ!」
ひとしきり騒いだあと、パンドラからの渾身の鉄拳制裁をくらい喧嘩両成敗となったリュウとリュート。
床に正座をさせられ、今は二人とも大人しく話を聞いている。
「はい……」
「そう気を落とすでない! お主は妾が責任を持って、立派な龍神にしてやろう!!–––––おっと、嫌とは言わせぬぞ?」
「いえっ!よろしくお願いしますっ!!」
「お、おう。なんじゃ、素直じゃの。では、最初の課題を言い渡すぞ!と言っても、約束事のようなものじゃが……えっと、どこにやったかのぅ?」
懐をガサゴソと漁り、思いっきりカンペを探しているアヴァロン。
その微笑ましい光景にリュートが思わずクスッ笑うと、パンドラが鬼の形相で睨み付ける。
「おっほん!では、【お主にはこれより龍神の力の使用を禁ずる】!!己の力のみで、強くなるのじゃ–––––ッ!!」
–––––その突拍子も無い予想外の言葉に、その場にいた誰もが思わず口を開けて呆然としてしまう。
「あ、アヴァロン様?それでは、もしも闇の龍神やその配下に襲われた時に、なす術もなく殺されてしまうのでは……?」
「なぁに、心配するでない!本当に危ない時は、妾たちが助けてやれば良いのじゃ!」
「それ絶対俺とジュリウスだけが働くやつだ……」
「それに、ずっと使えないままというわけではない!あくまでも、妾が認めるまでじゃ!特訓の時の使用は許可するし、絶体絶命の時だっての!」
そこでようやく意識を取り戻したリュウが立ち上がり、アヴァロンの肩を掴んでガクガクと小さな身体を揺さぶりながら抗議する。
「龍神の力を封印って、それ本気ですかッ?!せっかく強くなったのに、それじゃまた振り出しじゃないかっ!!」
「お、おうおう……少し落ち着くのじゃっ!これはお主のために言っておるのじゃぞっ?!」
隣にいたリュートに宥められ、少しだけ冷静になり再び床に座り込むリュウ。
「龍神の力–––––つまり“龍力”じゃが、普通は人間程度には到底扱えぬ神すら凌駕する力じゃ!お主とて今のまま使い続ければ、魂を消耗しすぎていずれは死んでしまうぞっ!」
「なんだよそれっ!?」
リュウよりもその言葉に驚いたのは、リュートの方だった。
「–––––ごめん、リュウ。そんな事とは知らずに君に無理矢理『竜化』させてしまって……」
「良いって、謝るなよっ!ほら、俺はなんとも無いだろ?それに、結果的にはアトランタを倒せたんだしなっ!」
バシバシッと力強くリュートの背中を叩いて慰めた後、リュウは再びアヴァロンに向き直る。
「師匠ッ!龍神の力に頼らなくても、俺は強くなれますかッ?!
「もちろんじゃ!妾に任せよっ!」
胸をドンっと叩いて自信満々に言うアヴァロン。
その後ろでギルとジュリウスも、やれやれと肩をすくめている。
「––––そんなに自信たっぷりに言われたら、信じるしかないじゃないですか。よろしくお願いします、師匠!!」
「うむ、苦しゅうないぞ!!」
色々と大変な事があったが、こうしてリュウは火の龍神 アヴァロンの弟子となった––––。
ー第3章 冒険編 終了ー
〜第4章 異世界への道編 へ続く〜




