第29話「火の龍神」
「–––––む?パンドラ様に何かあったようだが、すぐに気配が消えた……。消滅はしていないようだが、召喚状態を解除したのか?––––おぉっと!フハハハハ!!当たらぬわ!!!」
ゴウ––––ッ!!とアトランタの巨剣がリオに向けて振り下ろされるが、リオはそれを難なく回避してみせた。
「さてと、この感じ––––進化が始まっているようだな。やっとパンドラ様の主が力を操ることができた……ということだろう」
–––パンドラ様が進化すれば、その配下である我輩も少しは力を得られるというもの。
「アトランタよ、なかなか楽しかったぞ!!そろそろ幕引きといこうではないか!!」
今のリオには、アトランタを破壊できる程の力はない。
パンドラの進化が終われば、リオの力も増幅するだろうが、それを待っている時間もない。
ならば、どうするか––––?
「––––こうするのだ!!アオオォォォン!!」
–––我輩の全ての力を圧縮し、放つのだ!!
「身体強化魔法の最高位––––『魔人化』!!我輩の最強の奥義で、貴様を葬り去ってくれようぞ!!」
その直後、リオの身体を黒い霧のようなものが包み込んだ––––。
当然、アトランタはその隙を逃さない。
【告。強大な魔力を感知しました。対象の殲滅にかかります】
すぐに右手の魔導砲を構え、高魔力熱線を放った––––が。
黒い霧から現れた黒髪の男により、それは容易く大空へと弾かれた。
「フハハハハハハ!!待たせたな!!これが我輩の『魔人化』だ!!」
–––この姿でいられる時間は少ないが、関係ない!
–––すぐに倒して仕舞えばいいだけの話!!
「まだ中にいるパンドラ様の主も巻き込むが、まぁ大丈夫だろう!」
リオは能天気にそう考えると、先程までとは比べ物にならないほどの速度でアトランタの眼前へと姿を現した––––。
「では、さらばだッ!『魔狼の鉄槌』ッッ!!!」
リオの拳が紫電を纏い、大気が震える。
固く握り締められた拳は、もはや周囲の空間すらも捻じ曲げられたと錯覚するほどのエネルギーを纏う。
【警告。対象の魔力が増幅。防御不可能】
リオの魔力が2倍、3倍と膨れ上がっていく––––。
「受けてみよ!!!」
その拳で殴りつけると同時、アトランタの機体は眩い光と凄まじい轟音と共に砕け散る。
強固な装甲も高位魔法を防ぐ魔障壁も、隔てなく残骸へと一瞬にして変わり果てる–––––。
「久しぶりに使ったが、なんとか成功したようだな!実にいい戦いだった–––ん?」
リオが振り下ろした拳を見て、改めて自分の力に感激していた時だった––––。
ふと、煙の中にある2つの人影に気がついた。
「ふむ、やはり生きていたか。そうでなくては困るというもの!」
満足そうにそう言ってリオは黒狼の姿に戻り、地上へと降りていくのだった––––。
–––
「–––––うおおおおい!?今のはてめぇの仕業だな!?一瞬でも転移が遅れてたら、今頃消し炭になってたところだぞ!!!」
–––なんだよこの狼は!!
–––こいつがパンドラが言ってた奴か!?無茶苦茶だろ!!!
「フハハハハハハ!!我輩の名は《牙狼王 リオウルフ》!!パンドラ様の唯一にして最強の下僕!!我輩のことを、リオと呼ぶことを許そう」
–––なんでこいつ、こんなに偉そうなんだッ?!
「貴様がパンドラ様の主だな?見たところ、龍神の力をまだ完全には使いこなせていないようだな。その証拠に、慣れない魂の力を乱用したようだ」
–––なんだ……!?力が……抜けて……。
突如リュウの体を凄まじい疲労感が襲い、立つこともままならず地面に膝から崩れ落ちる。
「なんだ、これ……!どう、なってるんだ!?」
「当たり前だ、龍神の力だぞ?卵が孵化したところで、使い込なせるとでも思ったか?かなり調子に乗ったようだが、一歩間違えれば死んでいたぞ?」
その言葉を聞き、さすがのリュウも焦りを禁じ得ない。
微かに感じる死の気配に、背筋をヒヤリとさせる。
「た、確かに……調子に乗っていたかもな……。まだまだ、強くならねぇとな……」
薄れゆく意識の中、黒狼の耳障りな大声が響く。
「フ……フハハ、フハハハハハハ!!面白い、実に面白いぞ!!まぁ、そう焦るな。これで、この戦いは終わったのだからな」
ようやく終わったアトランタとの決戦に安堵しつつ、リュウは意識を手放す。
「そうか……。なら、よかった……」
リュウは深い闇へと意識が沈んでいく中、リオの側に降り立つ––––燃え盛る炎のように紅い少女を見た。
–––
「–––––久しいですな、“アヴァロン”様。その秘めたるお力は、父君から受け継がれた火の龍神の力ですか。しばらく見ない間に、成長されましたなッ!!」
リオが振り向くと、そこには火の龍神––––アヴァロンが静かに微笑んでいる。
彼女は倒れ伏したリュウを一瞥し––––。
「–––––うむ!久しぶりじゃな、リオよ!ふむふむ……これが新しい光の龍神か。なかなか興味深いな!!……して、リオよ。先ほどの御主の此奴に対しての態度、少し良くないと思うぞ?目に余る……と言うのかの?この小僧とて光の龍神であり、ましてや御主の主の主なのじゃぞ?」
アヴァロンは少しばかりリオの態度が気に入らなかったようで、鋭い視線でリオを射抜いた。
「た、確かにそうですがっ!我輩がお仕えしているのはパンドラ様であり、この男ではないのです!ましてや、自分よりも弱い者に従うなど言語道断!!」
アヴァロンの視線など気にすることなく、リオはそう言った。
パンドラが聞いていれば、間違いなく殴られるだろう。
「ほほう……。なら、此奴が御主よりも強くなれば、貴様は従うというのじゃな?」
何かを企む微笑みをして、アヴァロンはリュウへと歩み寄った––––。
リオは悪寒を感じ、たじろいでしまった。
「此奴が成長した故に、御主も元の力へと戻っていっておるのじゃろ?安心するが良い!元の御主へと戻ったとしても、御主を軽く倒せるくらいに妾が鍛えておいてやるからの!」
アヴァロンは新しいおもちゃを見つけた子供のように興奮した様子だ––––。
「アヴァロン様、絶対に死なない程度に手加減するのですぞ?光の龍神が死んでしまっては、意味がないですからな!?」
リオは自分のことよりも、アヴァロンに目をつけられてしまったリュウのことを心配するのだった––––。
–––
「終わった……のか?この国は、救われたのか?」
激しい光を放ち、消え去ったアトランタを見たエリノアは、ただ呆然としていた。
「あぁ、終わったみたいだ。この国は守られたんだ」
そう答えたギルは、冷や汗を垂らしている。
そんな彼は、もうエリノアに敬語を使う気はないようだ。
「だが、もっとやばそうだ……。アヴァロン様が、こっちに来ている––––!!」
ギルがそう言い終わるよりも早く、ギルの背後に赤毛の少女が姿を現した––––。
「ご苦労じゃったな、ギル!大義であるぞ!」
「あ、有り難きお言葉!!」
赤毛の少女––––アヴァロンが偉そうにそう言うと、ギルはすぐさま跪いた。
「あ、アヴァロン!?それはつまり、この少女が火の龍神ということなのか!?」
エリノアは驚愕に喘ぎ、ハッと思い出したように跪いた。
「失礼いたしました!まさか火の龍神が、このような可憐な少女だとは思いもせず……!!」
「よいのじゃ!妾が可憐なのは仕方のないことじゃからのぉ♪」
「そんなことを言える年齢でもないでしょうに……」
「–––––ギルガメッシュ。今、何と言ったのじゃ」
「あ、いえ!何も言っておりません!!」
–––この人が本当に、火の龍神なのか……?
–––何故かそれっぽくないというか……。
エリノアはそう思ったが、そういうものだと納得する。
あのリュウも、光の龍神だというのだから–––。
「そうだ、リュウはどこに!?」
「あぁ、それなら……ほれ」
エリノアの問いに答えたのはアヴァロンだった。
エリノアの後ろを指差して、溜息をついた。
「小僧なら手に入れたばかりの力を使い過ぎて、力尽きて眠ってしまったようじゃ。魂もかなり擦り減っておるし、しばらくは目を覚まさんじゃろう–––––まだまだじゃのぅ!!」
そこにはリオの背に乗せられ、眠っているリュウがいた。
「そう、ですか。よかった……」
エリノアはホッとして胸をなでおろすと、顔を引き締めて、いつもの表情に戻った。
「この度は、我が国をお救いしていただき、有難うございます!大したものは出せないかもしれませんが、私から国王陛下へと報告させて頂き、礼の品を––––!」
「礼には及ばぬ!妾は何もしておらぬからな!じゃが、どうしてもと言うのなら、美味しいクッキーとかないかの……?」
「あ!ダメですよアヴァロン様!!俺がジュリウスの奴に怒られちまう!」
「そうですよ?アヴァロン様。何もしてないくせに御礼を貰おうとしては、きっと私が怒りますぞ?」
「そうじゃな、きっとジュリウスが–––って、ジュリウス!!?」
いつの間にか、アヴァロンの隣には白髪の男––––ジュリウスが立っていた。
彼の表情は笑っているが、目は決して笑っていない。
「アヴァロン様。勝手な行動をとらぬようにと、私はあれほど言ったはずですが?」
「いや、これは、その……よ、良いではないか!!ずっと部屋にこもりっきりなんて嫌じゃ!暇なのじゃ!!」
「何を仰いますか!!そんなに暇なら、勉学に励んでみてはいかがですか!?」
「ま、まぁまぁ2人とも!喧嘩はやめようぜ?」
「ギルは黙ってるのじゃ!」
「そうですぞ!!元はと言えばギルガメッシュ、貴殿が私になんの相談もしなかったのが原因なのですぞ!!」
「え!?俺のせいかよ!!」
自分勝手にわがままを言うアヴァロンに、それを叱るジュリウス。
そして、そんな2人を止めようとするギル––––。
エリノアはそれを見て、龍神も以外と普通なんだなと感じた。
「それでは、私は国王陛下にこの事を伝えねばなりませぬ故、失礼します」
「む?もう行くのか?この小僧に何も言わなくて良いのか?」
「いえ、礼はまた次の機会に。それに、リュウが頑張ったんだ。次は私の番です」
「そうか!ではリオ、この戦姫殿を城まで連れて行ってやるのじゃ!」
「我輩がですか!?何故我輩が!?」
「御主の方が速いじゃろ?それに、疲れきった少女を守る者がいなければな!」
「むぅ、仕方ありませんな……。おい娘、今回だけだぞ?」
リオはそう言って背中に乗せていたリュウをギルに投げ渡し、エリノアの前で伏せる。
「あぁ、すまない。恩にきるよ」
エリノアはリオに跨り、城へと去って行った––––。
「さて、と……。妾は此奴が目を覚ますまで待つとするかのぉ」
「アヴァロン様、本気なのですか?龍神の力の使い方を教えるなどと……」
「ギルの言う通りですぞ。それに––––」
「妾が決めたことじゃ、心配するでない。それに、此奴はなかなか見込みがある!なぁに、妾以外の龍神もきっと此奴に託すじゃろうよ。希望とやらを……な」
火の龍神––––アヴァロン。
彼女はリュウに何かを感じ取り、それが他の龍神も興味を持つものだと気付いた。
それと同時に、リュウの中に眠る別の不穏な気配にも––––。




