第28話「龍の眷属」
–––天界–––
〜緋天ノ塔〜
ここは神々が住む天界のとある場所にあると言われる迷宮––––緋天ノ迷宮。
その場所は、天使種の最高位––––熾天使ですら滅多に訪れることのない迷宮として下位の天使種に恐れられていた。
そんな塔の最上階層にある豪華な一室では、宙に浮かぶ大きな鏡を見ながら興奮気味に独り言を言っている少女の姿があった。
「むむ?何やら大変なことになってきた様じゃ!アテナはまだ動かぬのか……?」
炎の様に真っ赤な長髪に真紅のワンピースに身を包んだ少女は、豪華なソファーに寝っころがり、宙に浮かぶ皿からおやつのクッキーを摘んでは、口に放り込む。
「むむむ!?おやつが無くなったのじゃ!!おい、ジュリウス!!妾のおやつを持って参れ!!」
頭のてっぺんに生えたアホ毛をピコピコと動かしながら、少女は皿を突き出した。
「またですかアヴァロン様!そんなにダラダラと凄されていては、お父上様が悲しみますぞ!?」
ジュリウスと呼ばれた男は、赤毛の少女––––アヴァロンを叱るが、ふーんっ!と無視されてしまった。
「父上など、どうでも良いのじゃ!!それに、妾は今じょうほーしゅーしゅーで忙しいのじゃ!!」
ビシ!っと指を立ててアヴァロンは言うが、
「ぬあぁにが情報収集ですかッ!!ただソファーに寝っころがっておやつを頬張ってるだけで!肝心な事は全てギルガメッシュに丸投げしてるではありませんか!!」
ジュリウスの言う通り、面倒くさいからとギルガメッシュに行かせて、自分は部屋で寛ぎながらの見物である。
「それに!いくらなんでも食べ過ぎですぞ!!そんなにおやつばかり食べられていては、体に悪いですぞ!!」
「あーもう!うるさいのじゃ!!妾は《火の龍神》じゃぞ!?神じゃぞ!?偉いのじゃぞ!?」
火の龍神––––アヴァロンは、駄々っ子の様にわがままを言っては、いつもジュリウスやギルガメッシュを困らせていた。
「関係ありませんなッ!!私はお父上様にアヴァロン様のお目付け役を言い聞かされております故に、アヴァロン様のわがままを通すわけにはいかないのですぞ!!」
「ぶ、無礼じゃぞ!妾はわがままなぞ言うておらぬ!!もうよい!ジュリウスのばかものーー!!」
ジュリウスに向けて皿を投げると、アヴァロンは転移魔法を使って消えてしまった––––。
「はぁ……。どうしてこうもわがままに育ってしまったのだ……」
そう呟いて頭を抑えつつ、ジュリウスは再度鏡を見上げた––––。
–––
「クフフフ!生意気なガキ共め!!思い知ったか!!?」
パンドラもミシェルも倒れ伏したまま動かないのを見て、マースは勝ち誇った様に叫んだ。
「アトランタめ……!この私の魔力を吸い尽くそうとするとは……。魔力回復薬を持っていて正解でしたよ」
懐から取り出した紫色の瓶に入った魔力回復薬をグイッ!と飲み干し、
「クフフフフ!!力が漲ってきましたよ!!!」
そう言ってマースは不敵に笑い、片手に持った拳銃をミシェルに向ける––––。
「アトランタに少しづつ魔力を吸い取られていたことに気づかなかった様ですねぇ!意識はないと思いますが、念のため殺しておきましょうか!!」
引き金に掛ける指に一気に力を込め、その銃口から再び命を奪う凶弾を放った––––。
–––
「––––ば、バカな!!私は確かに撃ったぞ!?」
––––だが、マースが放った弾丸はミシェルの身体を穿つ直前で静止していた。
「い、いったい何が起こっているんだ!?どうして当たらない!!?」
宙を浮き、まるで“時が止まった”ように静止する弾丸を前にマースは驚愕に喘ぎ、意味がわからないと叫ぶ。
「なんとか……間一髪ってとこだな–––––おい、パンドラ!!」
突如背後から聞こえた声に、マースは驚き振り返る。
そこにいたのは、青色の長い髪の紅眼の少年––––リュウだった。
「おい、パンドラ!しっかりしろ!!」
リュウは一瞬にしてマースの視界から消え、いつの間にかパンドラとミシェルの元へと駆け寄っていた。
「ミシェル!?……は、気絶してるだけみたいだな。よかった……!!」
「おい……。おい、クソガキ!!この私を無視とは、いい度胸だ–––––!!」
「–––––黙れ。これはてめぇの仕業だろ?俺は別にてめぇを無視なんてしちゃいねぇよ。てめぇだけは、絶対ぇ許さねぇぞ……」
そう言って振り向いたリュウの眼は、燃えさかる炎の様に紅く、全てを凍てつかせる氷のように冷たかった–––––。
––––
–––くそ!なんだよこれ……!!
–––ミシェルは気絶してるし、パンドラは……。
「おい、パンドラ……?目ぇ開けろよ……!!こんなことでやられるお前じゃないだろ!!?」
–––なんて血の量だ……はやく回復しねぇと!!
必死にパンドラを抱きしめる。
ゆっくりと冷たくなっていく体温に焦りを感じるが、幸いにもまだ息はしている–––––まだ生きてる。
「今、治してやるからな–––––」
パンドラの胸に手を当て、リュウは祈るように魔法を使う。
–––––すると、パンドラの怪我が嘘だったかの様に治っていった。
「む、無詠唱だと!?こんなガキが、致命傷すら治す回復魔法を無詠唱で–––––だと!?」
後ろで騒ぐマースなど意識にも入れず、リュウは祈り続ける。
「ん……リュウ……?」
–––––ついにパンドラが目を覚まし、ゆっくりと瞳を開く。
その瞳には、今にも泣きそうな顔で覗き込むリュウの顔が映る。
「大丈夫か!?他にどこか痛むところはないか!?」
「……ん。あんたも、無事みたいね……」
「今は俺の心配してる場合じゃないだろ……?まったく……」
リュウは安堵しながら、パンドラの頭を優しく撫でる。
パンドラは顔を赤くしながらも、振りほどく体力も残っていないようで、大人しく撫でられてる。
「あのクソ貴族、お前がやられるような相手か?いくら銃を持ってるからって……」
この世界に無かったはずの“異世界の武器”を見ながらリュウがそう言うと、パンドラはため息をついて言った。
「……あんたは知らないでしょうけど、私たちは《眷属》って呼ばれてるの。魔王や龍神とかの直接的な配下をそう呼ぶわ。そして、眷属は主の力に加護を与えられ、成長するの」
そしてミシェルの方を向き–––––。
「主が成長すれば、当然眷属も成長するわ。いや、《進化》って言ったほうがいいかもね。–––––その時に、眷属は進化に備えるために深い眠りにつくの。そのせいで隙ができて、このザマってわけ……」
–––––不甲斐なさそうに、そう言った。
その言葉を聞いたリュウの表情を見て、何を考えているのかを悟ったパンドラが苦笑いを浮かべて言う。
「……あんた、バカなこと考えてるでしょ?そんな顔してるわ。これはあんたのせいじゃないし、気にすることはないわよ。–––––それより、私とミシェルの召喚を解除して欲しいんだけど……。私の精霊を置いていくから、詳しいことはそいつに聞いて……」
「あ、あぁ。すまない。ゆっくり休めよ……」
召喚を解除した事により、パンドラとミシェルは消え–––––リュウとマースだけがこの機械質な空間に残った。
マースは虚ろな瞳で、ぶつぶつと何かを呟いている。
「さて、と……。待たせたか?何か言い残すことがあるなら、聞いてやろう」
「ふ、ふざけるなよ!!?ガキのくせに、舐めた口を聞くんじゃないっ!!」
–––あーらら血相変えちゃって、お疲れさん。
「あれ?撃たないの?もしかして、怖気づいちゃったかなぁ〜?ガキ相手に、ビビっちゃってるのかなぁ〜?」
リュウが茶化すと、マースの顔に怒りの青筋が浮かびあがった。
「こ……の。クソガキがあああああ!!!!どんな力持ってるか知らんが、金の力を見せてあげますよおおお!!!–––––来なさい!私の美しい子供たち!!」
マースがそう言って天を仰ぐと、その指に嵌めた指輪から魔力の光が迸り–––––いくつもの剣や機関銃が宙に現れる。
「拳銃だけじゃなく、機関銃まで……。一体どこでそんなもん手に入れたんだ?」
「クフフフフ!!驚きましたか!?これが、私の力!これが、金の力ですよ!!」
マースは圧倒的な科学力を前に不敵に高笑いして、勝ち誇る–––––。
「–––––クフフッ!剣士や魔法使いが長年努力して手に入れた力も、金の力の前では無力!!金さえあれば、一瞬にして!合理的に!!力を手に入れることができるんですよ!!!」
両手を天に仰ぎ、死の雨を降り注ごうと眼前に手を突き出す。
「クフフフフ!泣いて謝るなら、私の奴隷として生かしてやってもいいんですよ?」
「くっだらねぇ……来いよ、成金野郎」
「お、おのれ……!!バカにするなよおおおおおお!!!!??!???!?」
とうとうマースがブチ切れ、宙に浮かべた金の力を乱射し死の舞踏曲を奏でる–––––。
「クフフフフフフフ!!!安らかに眠りなさい!!!」
だが–––––。
その全てはリュウには届かずに、その眼前で全て静止する。
「な、何故だ!!?何故当たらない!!!」
マースはまたもや驚愕に喘ぎ、呆然としている。
「–––––簡単なことだよ。これが、俺の“新しい力”だ。同情するぜ?全くもって卑怯だよな?–––––神様だかなんだかしらねぇが、こんな理不尽な力を持ってるなんてよ」
リュウが使ったのは光の龍神の得意とする《空間操作能力》である––––– 固有能力【絶対領域】。
効果範囲内であれば指定した物の動きを停止させたり動かしたり、移動させたり入れ替えたりと–––––万物の法則など度外視した非常識で理不尽な力を操ることができる。
「なぁ、そう簡単に死ねると思うなよ?まずは、『空間転移』だ♪」
「–––––なっ?!ひえぇ!!」
“絶対領域”の能力によりマースを【目の前】に転移させる。
圧倒的な死の予感と恐怖、そして理解不能な力を前にマースは腰を抜かしひたすら口をパクパクとさせる。
「次は、そうだな–––––とりあえず、【てめぇの左腕を俺の右側に】転移させてみるか」
「–––––え?あ……ぎゃああああああ!!!!」
無慈悲な力を試しながら満面の笑みで無邪気に笑う悪魔を前に、マースはひたすら這いずり回るように逃げ出す。
「んじゃ、【マースの腕を元に戻す】ことはできるかな?–––––何も起きないのか。いや〜すまんすまん!もとに戻してやりたいが、できないみたいだ♪」
「あ、ああ……!!わ、私の腕がああ……!!」
満足そうに笑う少年に対し、マースは祈るように頭を地面に擦り付けながら命乞いをする–––––。
「いやいや、マース君のおかげで色々とわかったよ!ありがとう!–––––もういいから、そろそろ死んでくれ。あっ!お前の金の力ってやつ、返すわ☆」
リュウはそう言って、マースが放った剣や銃弾を【マースの目の前に移動】させた。
「や、やめろ!!やめてくれ……!!私を殺せば、ただでは済まないはずですよ!!?すぐに“あのお方”が来ますっ」
上の存在をチラつかせるマースに対し、リュウは既に興味を失っているようだ。
異世界の技術である、銃火器を持ち込んだ愚者がいることは百も承知。
それに対して思う部分はあるが、目の前に転がっているこの世界の害虫に対しての興味など毛程も無い。
「–––––そうだっ!どうせならその腕、元に戻してやるよ!スキルじゃ無理でも、魔法ならできるぜ!」
そう言ってリュウは回復魔法によりマースの腕を再生させる。
見事なまでに元通りだ。
「あ、あぁ……!!助かりまし––––」
「––––そんじゃ、さよなら☆これ、返すわ♪」
「––––ぎゃああああああ!!!」
リュウが【静止】させていた剣や銃弾をマースの眼前にてスキルを解除する。
本来の時間を取り戻した凶器が再び一斉に動き出し、マースは自身が放った攻撃に貫かれた–––––。
「あ、あう……ぐ……」
「おぉ!よかったな!!まだ生きてるみたいだぞ?」
だがその攻撃は急所を外れ、マースはまだかろうじて生きている。
–––当たり前だ。そう簡単に殺してやるわけがないだろ。
「お前にはまだ聞くことがあるからな。–––––だが、それは俺の気が済んだあとでゆっくり聞かせてもらうぜ?それじゃあ、マース君。精一杯命乞いをしてくれ☆」
再び小さな悪魔はマースの身体を好き勝手にいじり始める。
アトランタの内部では、絶え間なく断末魔が響き渡っていた–––––。




