第27話「凶弾は命を穿つ」
『–––––リュウ!おい、リュウ!!なにやってんだよ!!』
俺を呼ぶ声が聞こえる、誰の声だっけ……?
確か、この声は–––––。
–––リュート?
『よかった!まだ意識はあるみたいだね!!』
–––まぁ、なんとかな……。
『自分がどうなってるか、分かるかい!?』
–––確か、力を制御することができなくて……そこからは思い出せない。
『君は今、暴走している状態なんだ!でも、大丈夫!今からでも間に合うから!!』
–––どうすればいい?
『まずは、自分の体を奪い返すんだ。力に飲まれちゃいけない!意識を集中して、自分の力を制御するんだ!!』
–––––意識を、集中……。
『その調子だリュウ!』
【–––––どうした、力が欲しいのだろう?復讐したいんだろう?】
–––声だ、リュート……頭が、割れそうだ!!
『負けるなリュウ!頑張れ!!』
【力を拒む必要は無い。このままゆったりと、その身を我に捧げろ】
–––なんだよ……これ!!
【殺せ–––––全て奪え、喰らい尽くせッ!!この絶対の力は、全てお前の物だッ!!もう何も失いたく無いのだろう?–––––力こそが全て、力こそが世界の真理】
–––違う!そんなのは間違っている!!
『リュウ!?どうした!!?』
【何が違う?これは不変な世界の理。この世界は弱肉強食。強きものが弱きものを支配するのだ】
–––お前は……お前は光の龍神じゃないのか!?この世界の希望だろ!!?
【希望?笑わせるな、我は龍神ぞ?この世界の最強たる者だ、故に支配者なのだ】
–––ふざけんなッ!力があれば、何をしてもいいってのか!?それじゃあ、闇の龍神と変わらねぇじゃねぇか!!
【まだわからんのか?そんな綺麗事では、平和なんぞ夢物語よ!】
–––確かに、必要な悪もある。でもな、お前が言っているそれは!そんなもんは、平和なんかじゃないんだよ!!
【ふ、ふふふ、ふははははは!!だったら、証明してみせよ!!–––––我には見えるぞ?貴様が世界に絶望し、その手を血に濡らす未来がッ!!】
–––ッは!上等だぁ!!自分自身が世界の中心だって付け上がってるてめぇらが神がどんだけ痛い奴らか、思い知らせてやるよ!!!
『……そうだね!だったら、はやく力を手に入れないとね!!』
–––こんなもん楽勝だ!行くぜ、リュート!!
『がってんでい☆』
–––
「フハハハハハハ!久しぶりの戦いだ!我輩を楽しませてくれよ?」
リオは猛スピードで空中を駆け回り、隙があればアトランタに攻撃を仕掛けている。
魔法により黒い稲妻を落としたり、自慢の牙で喰らいついたりするが、アトランタにダメージを与えることは難しい様だ。
(やはりか……。主人のパンドラ様の力が落ちたことにより、我輩も弱体化している様だ。これは厳しいかもしれんな)
「だが、貴様を食い止めることなど、造作もない!」
弱体化して攻撃力が落ちたとはいえ、リオにアトランタが攻撃を当てれるはずもない。
「フハハハハハハ!どうした?我輩に一撃でも当ててみよ!」
リオは久々の戦闘に嬉々としている様だ。
(だがグズグズしていれば、此奴が城へと辿り着いてしまうな……。余り時間は無いと見た。我が主よ、頼んだぞ)
リオはアトランタの破壊をパンドラとミシェルに託し、アトランタの足止めへと意識を再度向けた。
–––
「ふん!こんな奴、私と“魔神剣 ネクロスギア”にかかれば、取るに足らない相手だわ!!」
「そんなこと言いながらさっきもぉ、全く歯が立っていませんでしたよぉ〜?」
「うるさいわね!!まだ本調子じゃないだけよ!リュウが力を手に入れたら、私もあんたもこんな奴に負けるはずないわ!!」
「それは否定しませんけどねぇ〜♪」
パンドラはネクロスギアを構えて、意識を集中させる。
ミシェルは普段通りに微笑みながらも、手に持つ杖に魔力を込めた。
「はぁぁぁあああ!!」
パンドラの攻撃が、アトランタの精密な機械類を切り刻む。
「“氷結の精霊よ、全てを凍つかせる力を我が眼前に示せ”っ!『アイシクルフィールド』!!」
ミシェルは魔法で周囲の配線を凍らせ、アトランタの動力機能を停止させようと試みる–––––。
「–––––駄目ね。ここじゃなくて、一気に動力源を叩いた方がいいわ」
「そう見たいですねぇ〜。ちまちまやってても、時間が無いわけですしぃ……」
「そうと決まれば、さっさとその動力源をぶっ壊しに行くわよ!!」
パンドラはそう言うと、すぐに整備用通路を走り出した。
「場所、どこだかわかってるんですかねぇ〜……」
ミシェルはやれやれと肩をすくめると、パンドラの後を追った。
–––
「–––––ガアアアア!!!」
リュウの鉤爪がギルに向けられるが、ギルはそれを難なく回避ずる。
「うおっと!!悪くない攻撃だが、動きが単純すぎるぞ–––––うお!?」
その直後、背後でズズゥンと妙な音がして振り返ると、ギルの後ろの方にあった船の一隻が八つ裂きにされて沈んでいくのが見えた。
(まさか、今の攻撃で……!?アレをまともに食らったら……)
ギルはそれ以上は考えまいと頭を横に振り、リュウを見る。
相変わらず苦しそうに悶えている様だが、意識が戻る様子はない。
その眼は、視界に映るもの全てを破壊しかねない狂気を帯びている。
(パンドラとミシェルがアトランタに乗り込んでから、10分くらいってとこか?そろそろあっちもどうにかしないと、取り返しのつかないことになるぞ……)
出来ればリュウの注意をアトランタに向けて、破壊してもらうのがいいんだが……。
「たくっ、まいったねぇ〜……こりゃあよ」
ギルがそう呟いた時、背後からこちらに向かって呼びかける声が聞こえてきた–––––。
「–––––リュウ!パンドラ、ミシェル!!皆無事か!?」
大声で叫びながら駆け寄って来たのは、住民たちの避難を終えたエリノアだった。
「やっべ……!大声を出しちゃ不味いぜ、お嬢ッ!!はやく逃げろ!!」
焦りのせいでエリノアに対しての喋り方が素に戻るが、そんなことを気にしている場合ではない。
エリノアを守ろうと先程までとは比べ物にならない速さでリュウに迫ったが–––––既に遅い。
–––––リュウの鉤爪がエリノアに届く方が速い。
(クソッ!俺がもう少しはやく本気を出してれば……)
ギルは思わず目を閉じてしまった。
リュウの鉤爪がエリノアの体を穿つところなんて、見たくもない。
(すまない……俺のせいで……)
「…………?」
だが、いつまで経っても悲鳴すら聞こえない。
ギルが恐る恐る目を開けると–––––そこには竜化を自力で解き、エリノアの胸の前で苦しそうに歯噛みする青髪の少年の姿があった。
「この……クソ野郎が!!俺の体で好き放題暴れてんじゃねぇぞ……!!それどころか、エリノアにまで手を出そうとしやがったなッ!!」
そう叫んだあと、リュウは疲れ切った顔で崩れる様に座り込んだ。
その顔には、安堵の表情があった。
「怖い思いをさせて悪かったな……エリノア。–––––自分の力を制御出来ずに、気が付いたら暴走してたみたいだ……情け無いな、俺」
リュウは顔を上げて謝罪すると、悲しそうな表情で言った。
–––俺に対しては、謝罪しねぇのかよ。
ギルはそう思ったが、いつの間にかリュウがエリノアの婚約者になっていた事の方が驚きだ。
「……確かに驚きはしたが、別に怖くはなかったぞ?私の精霊達が『光の龍神が暴走している』と教えてくれたから、リュウに何かあったのかと心配したんだ。–––––来てみたら案の定リュウは暴走していて私に襲いかかっては来たが、私は君を信じているからな!幻滅なんてするもんか」
そう言ってエリノアは腰に手を当て、やれやれと言いながらリュウの頭を優しく撫でる。
それを聞いたリュウは口を開いて呆然としていたが、クスッと笑って立ち上がった。
「すみませんギルさん、迷惑を掛けたみたいで–––––お怪我はありませんか?」
「別にどうってこと無いぜ。それよりも、お前はやっと龍神の力に目覚めたみたいだな」
リュウが先程までとは比べほどにならない力をその身に宿していることに気付いた。
–––いくら龍神だからって、まだ力に慣れてない状態でこれかよ……。
もはや自分とは比にならない程の力をリュウから感じ取る。
とりあえずの目標は達成だな、と密かに胸を撫で下ろし安堵する。
顔を上げると、リュウが何かを感じ取ったかのようにアトランタの方を見ている–––––。
「–––––パンドラ?」
リュウは胸を押さえて、呼吸を荒くしている。
その顔は、とても焦っているようだ。
「リュウ?どうしたんだ!?パンドラに何かあったのか!?」
「……エリノアとギルさんは、ここで待っていてくれ。あいつらに何かあったみたいだッ!!」
リュウはそれだけ言い残すと、すぐさまアトランタへと駆けて行った–––––。
–––
–––リュート!何なんだこの感じは……!!
–––自分の、何か大事なもんが消えていく感じだ……!!
『わからない!だけど、パンドラとミシェルに何かあったのは間違いなさそうだっ!!』
「くそっ!いったい何なんだよ!!!」
リュウは急いでアトランタへと向かう。
よく見ると、アトランタと何かが戦っているようだ。
「リュート!アトランタと戦ってるのは誰だ!?」
『わから、ない……リュウ。ボク、何だか眠いよ……』
–––あぁ!?こんな大事な時にお前って奴は!!
『もう、無理……限界……』
–––あ、おい!リュート!!おおおおい!!!
–––
–––遡ること5分前–––
「–––––あった……!あったわよミシェル!!これが、動力源ってやつよね!?」
パンドラとミシェルはアトランタのエンジン機関に辿り着き、動力源を見つけ出していた。
ギラギラと眩い光を放つそれは、幾何学的な模様の魔法陣が何重にも施された核のようだ。
「まさか本当に見つけるなんてぇ、さすがパンドラちゃんですよぉ〜♪」
「ふふん!ま、当然ねっ!」
ミシェルはパンドラを上手いこと煽て、動力源の破壊に取り掛かる。
「一番手っ取り早いのは爆破ですけどぉ、そうしたら私たちまで吹き飛んじゃいますからねぇ〜。ここは、私が凍らせるとしましょ〜♪」
「はぁ!?ここまで来て、あんた1人の手柄ってこと!?」
「仕方ないじゃないですかぁ〜……。それとも、パンドラちゃんのお得意の深淵魔法でも使いますかぁ?」
「冗談言わないでよ!今の私じゃ、一回使っただけでも魔力切れだわ!!」
「だからと言ってぇ、斬り刻むわけにはいきませんよぉ〜?」
「ぐぅぅ……そうね、わかったわ。あんたに任せるわよ……」
パンドラはぶつぶつ言いながらも、仕方なく諦めて動力源から離れる。
あとはアトランタを解体して、この戦いは幕引きだ。
–––––だがそんな二人の背後に、息を潜めて近づく者の影が。
(こ、このクソガキ共が……!!貴様達のせいで、私のシナリオが台無しだ……!!)
それは、アトランタに魔力を吸い出されて気絶していたマースだった。
(だが、これで終わりだ……!私の手で殺してやりますよぉぉぉおおお!!!)
マースは懐に忍ばせていた拳銃を取り出して、魔法を詠唱しているミシェルへとその銃口を静かにゆったりと向ける。
(それでは……さようなら!!)
マースが拳銃の引き金にかけた指に力を込めた時–––––。
「–––––ミシェル!危ない!!」
パンドラがマースの殺気に気付き、すぐに斬り伏せようと前へ出たその時だった。
(–––––うぐっ?!こんな時に……!?)
突如酷い眠気に襲われたパンドラは動きが一瞬止まり、大きな隙を作ってしまった。
それはミシェルも同様で、魔法の詠唱を中断してしまう。
「パンドラ……ちゃん!避けて……!!」
その直後–––––マースの拳銃から凶弾が放たれ、パンドラの胸を撃ち抜いた。
「–––––っぅぐ……!!」
パンドラは崩れるようにその場に倒れ伏し–––––その小さな体は血溜まりに浸り、動こうとはしない……。
「パンドラちゃん……?パンドラちゃん–––––パンドラっ!!」
ミシェルが何度呼びかけても、パンドラからの返事は聞こえない。
ミシェルが気を失う直前に見たものは、ゲスな笑みを浮かべながら狂喜乱舞するマースの顔だった–––––。




