第26話「暴走」
–––ここは……何処だ……?
–––俺は……誰だ……?
わからない、何もわからない……。
「ふふっ、久しぶりに会えたわね。あら、初めましてと言うべきかしら?」
–––––誰だ?誰かいるのか?
「そんなに怖がらなくても良いのよ?さぁ、私の手を取って–––––」
リュウは暗闇の中で蠢めく影に差し出された手を取ろうとする。
「大丈夫、すぐに楽にしてあげるから……」
影の手とリュウの手が触れそうになった瞬間–––––突如として眩い光が空間全てを照らすように差し込んだ。
「–––––ちっ、バハムートの仕業ね。あと少しだったのに……まぁ良いわ、また会いましょうね“私の勇者“♪」
光に攫われるように塵となって消えた影を、リュウはどこか懐かしいと感じていた–––––。
【おい、小僧ッ!寄り道とは、良い度胸だなッ!!】
背後から差す眩い光の中からする声に振り返り、目を細める。
–––誰だ?
【ふふ、くふふ、ふはははは!!我が名は《閃光龍 ヴァルキリウス》!!”光の龍神“よ!!》
–––ヴァルキリウス……?光の龍神……?
–––何処かで聞いたことがある気がする。
–––いったい、何処だっただろう。
【人の子よ。いや、龍の雛よ。思い出すのだ、貴様の使命を】
–––使命?……そう言えば、なんでこんな所にいるんだっけ。
【龍の雛よ。貴様は今、古の兵器と対峙し、我が力の片鱗を解放した。だが、その力はまだ貴様には使いこなすことなど出来ぬほどに強大なものだ】
–––そうだ……そうだった、思い出したぞ!!
–––俺は確か、『竜化』をしようとして……。
–––ダメだ……ここから何も思い出せない。
【自分が何者か、思い出したようだな】
–––お前は光の龍神《ヴァルキリウス》と言ったな?
–––それは先代もそうだったように、”光の龍神“の名前であり、『その代』の光の龍神の名前ではないはずだが、お前は本当にヴァルキリウスなのか?
【……我を『お前』呼ばわりか–––––まぁ良い。ヴァルキリウスは我が名だ。貴様らはそれを受け継いできたに過ぎぬ】
–––つまり、お前は初代ってことか?
–––何言ってんだ、生きているはずがないだろ。
【我が死んだと、あの小娘が言ったか?否、誰もそんなことは言っておらぬだろう。–––––我は憎き闇の龍神との戦いで弱まり、自分自身の力でさえ上手く制御できなくなってしまった。故に、こうして我の後継者に全てを託してきたというわけだ】
–––どういうことだ?
–––もう少しわかりやすく説明してくれないか?
【物分りの悪いやつめ。今までの光の龍神も、我にこうして託されてきたというわけだ】
–––ということは、ミラやその前の人たちもヴァルキリウスに会ったということか。
【たとえ力を受け継いだとして、使いこなせるかは別の話よ。それに、我にしか出来ぬこともあるのだ】
–––ヴァルキリウスにしか出来ないことだと?
【貴様に問う、正義とはなんだ?悪とは何を意味するのだ?】
–––いきなり訳わかんねぇ質問だな。
–––正義なんてのは、そいつが信じる信念で変わるもんだろ。人の数だけ正義の数がある、だから争い合う。
–––悪ってのは、その正義から見た別の正義だ。
–––俺にとっての正義は俺自身の信念だ。別に俺は正義のヒーローになりたい訳でもない。
–––ミラが愛して守った世界を守ること、その世界を汚そうって奴が俺にとっての悪だ。
【ふん……傲慢な奴だな。だが面白い、気に入ったぞ小僧ッ!】
【何かを成し遂げる者は、貴様のように傲慢な奴だッ!!貴様の正義が誰かにとっての悪になるのも面白いッ!!】
ヴァルキリウスが猛々しい咆哮を上げると、その身を包み込んでいた白銀の光が闇を流れる流星のように飛び散っていく。
光の中から姿を現した神々しい白銀の巨龍が牙を剥き出してニヤリッと笑うと、リュウの意識は再び暗転した–––––。
–––
「–––––グオオオオアアアアアッッッッ!!!」
リュウの体を黒い霧のようなものが包んだあと、そこに一体の黒く禍々しい龍が現れた。
大きな翼に流星のような紅い瞳。
大きさは2メートルくらいだが、内に秘める力はとてつもなく凄まじい。
黒龍は、勢いよく振り下ろされたアトランタの巨大な剣を片手で受け止める。
そして翼を二度打つと、目にも留まらぬ速さで巨大なアトランタの眼前にまで一気に飛翔した。
だがアトランタは即座にその動きに反応し、右手で高魔力熱線を放つ–––––。
「あれは……竜化!?まだ教えてないはずなのに……」
「ご主人様ぁ……制御できてないみたいですよぉ〜?」
「恐らく、あのリュートとかいう奴の仕業だろう。それにしても、光の龍神の竜化であんなに禍々しい姿になるのか……?」
ギルは思考を深めるが、答えは出ない。
それでも実際に目の前で起こっているのだから、そう結論づけるしかない。
(アヴァロン様にどう報告すべきか……。まぁ、あの人ならどうせこの状況も見ているんだろうがな)
ギルはそんなことを思いながら、目の前で起きていることに集中する。
アトランタの熱線を受けたリュウは、何事もなかったかのように無傷だ。
その鋭い牙が並ぶ口に魔力を集中させ、先ほどのお返しと言わんばかりに超高魔力熱線を放つ。
それはアトランタのものとは比べるまでもない程の破壊力を持って、強化された魔障壁を纏ったアトランタの装甲を簡単に穿った–––––。
【–––––告。動力部に損傷を確認。アトランタの機能が低下しました。アトランタの活動を一時停止します】
無機質な音声がアトランタのシステムのダウンを告げたと同時に、アトランタの動きが停止した。
「やったぁ!!やったわよ、リュウ!!」
「ご主人様ぁ!さすがですぅ!!」
「あ、おい待てお前ら!!そいつは今、暴走してる–––––ッ!!」
ギルが二人を制止するよりも速く、自我を失ったリュウがパンドラとミシェルを目掛けて飛翔してきた。
「え!?ちょっとリュウ!!?」
「はわわ……! 私たちは敵じゃないですよぉ〜!!」
「クソッ!!やっぱ俺が戦うのかよ!!」
ギルは叫び、二人をを庇うように剣を構えた。
「後でアヴァロン様に怒られるか……?いや、あの人なら『良いものが見れた!』とか言って、戦わなかったら逆に怒られそうだな……」
ギルは諦めるようにそう言ってから、自我を失った黒龍と対峙した。
–––
「–––––おい、リュウ!!良い加減目を覚ましやがれ!!!」
ギルはリュウの攻撃を剣で受け流しながら呼びかけるが、返ってくるのは凄まじい攻撃だけだ。
–––こりゃ本気でやらないとこっちが危ないなッ!!
まだ力に目覚めてもいない卵の状態の龍神なら、自分の力でも十分に倒せる。
ギルはそう思っていたが、考えを改める。
(今のこいつは、俺が本気で戦ってもギリギリってとこだな)
力を出し惜しみしている場合ではないと考えたギルは、攻撃に転じる。
「かなり痛いかもしれないが、我慢してくれよ!”炎龍王の牙“!!」
ギルの放った剣技が凄まじい爆音を立てながら、リュウの胴体に直撃した–––––。
–––––と思われたが、ギルの大剣はリュウの手によって防がれていた。
–––これでも、結構本気だったんだがな……!!
ギルは内心で溜息を吐きつつ、次の攻撃を放とうとした。
だが、その直後に今まで停止していたアトランタが活動を再開し、歪な機械音と共に動き始めた。
【告。アトランタの活動を再開します。再戦闘には魔力を補給する必要があります】
再び無機質な音声が聞こえてくると、アトランタは移動を開始した。
それはリュウたちに向けてではなく、沢山の国民が避難しているであろうグランヴェール城へ向けてのものだった–––––。
「–––––あのスクラップめッ!!国民を根こそぎ狩り尽くして、その魔力を自分のエネルギーに変えようとしてやがるのか!!」
「そ、そんなのダメよっ!!なんとしてでも防がないと!!」
ギルは再び思考する。
今の自分はリュウの相手で手一杯だ。
パンドラとミシェルも、機能が低下したアトランタとはいえども状況は変わらない。
–––くそ!お前が早く目を覚ませばいいんだよ!!
ギルはリュウの攻撃を剣で捌きつつ、なんとかアトランタの方へ向かおうとするが、そんな隙を与えようとはしてくれない。
「パンドラちゃんの精霊となら、私たちでもアレを倒せませんかぁ!?」
「えっ?!あの駄犬と!?……わかった、やってみるわ」
パンドラはそう言うと、召喚魔法を詠唱し始めた。
「飢餓の猟犬、餓狼を体現せし者よっ!!我が矛となり、牙となって深淵を喰らい尽くせッ!!–––––顕現せよ!!“牙狼王 リオウルフ”!!」
パンドラが詠唱を終えると、激しい稲光を纏った黒雲と共に一匹の大きな黒狼が姿を現した。
–––––アオオオォォォォッッン!!
ギルよりも大きな黒狼は遠吠えを1つ天へと木霊させるとアトランタを一瞥し、そしてパンドラを見た。
「久しいですな、パンドラ様っ!しばらく見ない間に、また随分と小さくなったと見えますが……。–––––それにしても今のパンドラ様の主は、まだ龍神の力を発揮出来ていない様ですな。その証拠に、パンドラ様もミシェル様もこんなにも幼い姿になっておられる」
「無駄口はいいから、さっさと働きなさいよ!敵はあの機械よ!!」
パンドラはリオを叱り付けると、アトランタを指差して言った。
叱られたリオは、耳を下げて少しションボリしている。
「アレは、アトランタですか……。古の大戦時代の兵器が、まだ残っていたとは……」
寿命など存在しない精霊のリオは、遥か遠い昔の記憶を思い出す。
アトランタとは古代の破壊兵器であり、十分な脅威であった。
だが、対策をして魔障壁を無効化すれば、個体でなら何の問題もなく破壊可能だ。
本当の脅威は、数で攻めてきたときだ。
大規模魔法を放ったとしても、その魔障壁のせいで破壊は不可能。
ちまちまと一機ずつ魔障壁を無効化する時間などない。
破壊するなら、魔障壁の防御力を上回る攻撃をしなければ、破壊は困難だろう。
それと、
「火の龍神の眷属がいるとは、面白いですな。戦っている相手は、もしや光の龍神の後継者……。あの程度の力も操れぬとは、話になりませぬな」
リオはリュウを横目で見て、鼻で笑う様に言った。
「ほんっと、あんたってばペラペラとよく喋るわね!!そんなことはいいから、はやくアレを倒すわよ!!」
パンドラはそう言って、剣を構えた。
「リオちゃんはぁ、もちろん協力してくれますよねぇ〜??」
ミシェルは微笑みながらそう言ったが、目は全く笑っていない。
先程からリオが、リュウを馬鹿にしているのが癇に障ったのだろう。
「まぁまぁ、ミシェル落ち着いて。ミシェルを怒らせるなんて、あんたってば本当に駄犬ね!!」
「やだなぁパンドラちゃん。私は別に怒ってなんていませんよぉ〜?ただぁ、それ以上ご主人様の悪口を言うとぉ〜、ワンしか言えない普通のワンちゃんになっちゃいますけどねぇ〜♪」
(笑ってない、目が笑ってないわよミシェル……)
昔からミシェルを怒らせてはいけないことを思い出し、リオは忘れていたさっきまでの自分を嚙みつきたくなる思いだった。
「え、えっと!あのガラクタをさらにガラクタにして仕舞えば良いのですよね!?我輩にお任せ下さい!!」
リオは慌てた様子でそう言い、話を逸らす。
「はぁ……。それじゃ、はやいとこ壊しちゃいましょ!」
「はいなのですよぉ〜♪」
「御意!!」
–––リュウなら大丈夫よね……。
–––ご主人様なら、きっと大丈夫ですよぉ〜♪
2人はそんな会話をしながら、戦闘の火蓋を切って落とした。
–––
「–––––グルルルアアアアア!!!!」
最初に動いたのは、リオだった。
パンドラとミシェルの2人を背に乗せ疾風の如く、その驚異的なスピードで瞬時にアトランタの懐へと駆けた。
「アレよ!あのリュウが開けた風穴からアトランタの内側に入って、中から破壊するのよ!!」
「それは名案ですよぉ〜♪それじゃぁ〜、リオちゃんには少し足止めをしてもらいましょ〜♪」
「わ、我輩が!?」
「あれぇ〜?何か問題でもぉ〜?」
「い、いえ!死力を尽くして食い止める所存!!」
リオはリュウが開けた風穴に降り立つと2人を降ろして、すぐにアトランタの足止めへと向かった。
「よっし!さっきの仕返し、何倍にもして返してやるわ!!」
「私もぉ〜、ちょっと本気でやりますよぉ〜?」
「あんたねぇ……。さっきまでのは、本気じゃなかったっての?」
「そんなことないですよぉ〜♪」
パンドラは呆れながらも、ミシェルは昔からこうだったな、と思う。
「さぁ、行くわよー!!」
「やっちゃいましょ〜♪」
こうして、パンドラとミシェルVSアトランタ戦が始まった。
「……え?我輩は?」




