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龍刻の転生者  作者: 勇者 きのこ
少年期 第3章 冒険編
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第25話 「冥王竜と光の龍神」




 –––冥界–––





 ここは、悪魔種(デーモン)の王《冥王 ハデス》が統治している、生を渇望する死者が蔓延る此の世の深淵。


 他にも様々な《魔王》が、この冥界の大陸を領地としている。


 そしてその中には、《冥王竜》と呼ばれる者の姿もあった–––––。





 –––





 –––へカード大陸 中央部 冥王竜の洞窟–––



 そしてここは、冥界にある大陸の一つ–––––へカード大陸の中央部にある“冥王竜 バハムート“の住処、冥王竜の洞窟。


 《五竜王》と呼ばれ、畏怖される者の一柱である竜王が住処としている闇よりも暗い死の巣窟である。


 洞窟とは名ばかりで、実際には何十階層もある深い迷宮である。


 その深淵の奥底に、バハムートは居た–––––。


 決して誰かが訪ねてくるわけでもなく、ただ静寂だけがこの暗闇と共にある。


 –––––だがこの日、一人の愚者がこの深淵に足を踏み入れていた。


 暗い深淵の底で眠る竜でさえ、その人物が決してこの場所を訪れることはないと思っていた。


【汝ニ問ウ。何故ニ此処へ来タ】


 –––––故に、バハムートは訝しげに問う。


 その声は地の底から聞こえてくるかのように低く、耳にするだけで恐怖心に支配され正気など保てないだろう。


 –––––だがこの愚か者は(おど)けた様子で、暗闇に向かって拳を振り上げている。


「そんなに怖い声で喋らないでくださいよっ!はやく『竜化』を解いてください!!聞き取りづらいんですよ、その声はっ!!」


 招かれざる客人–––––”光の龍神“はそう言うと、暖かい笑みで『ね♪』とバハムートに促している。


「–––––はぁ……。本当に何しに来たの?」


 バハムートは諦めたのか、『竜化』を解き、使い慣れたいつもの口調に戻った。


 “闇の龍神”はバハムートのその喋り方が気に入らないらしく、しつこく変えるように命令しているようだが。


「私だって、こんなジメジメした暗い場所なんか来たくないんですよっ!!」


 ミラは全く警戒心を持っていないのか、完全に無防備だ。


 辺りを見回しては、チョロチョロと動き回っている。


 まるで友達の家に遊びにやって来て、何か面白そうな物を物色しているような感じだ。


「あのねぇ……。その小さな脳みそでも理解してるとは思うけど、ボクたちは敵同士なんだよ?なに人の家の中で好き勝手にしてるのさ–––––おいっ!勝手に見るなっ!!」


 少しくらい警戒したらどうなんだよ……と敵であるはずのバハムートも呆れた様子だ。


「もちろん、あなたが闇の龍神の支配下にあることは知ってますよ?だからこそ、今日はお願い(・・・)があって来たんですっ!」


 自分を敵だと理解したうえで、頼みごとをしに来たと言う光の龍神。


 –––理解できない。


 まぁ、どんなに考えたって、この人(龍神)たちの考えなんて、理解できるはずもないんだけどね。とバハムートは諦めた様子で腰を下ろす。


「あら?もう警戒しないんですか?それに、私が来ていることをあなたの主に報告しなくても?」


 ミラは宙に浮かび、ふわふわと漂っている。


 そのまま空中遊泳を始め出している、叩き落としてやろうか–––とバハムートの額に青筋が浮かぶ。


「別にボクはあのクソったれのことを主だなんて思ってないからね。命令には従うけど、それ以外は好き勝手にしてるのさ」


 少し前にバハムートは闇の龍神に敗れ、その力を闇の龍神に授けた。

 その時に闇の龍神は能力(・・)により、バハムートを強制的に支配下に置いたのだ。


「ボクはただ力を貸すって言っただけで、従うつもりはなかったんだ!なのに、あのクソ野郎!!彼奴の命令に逆らうことができないのは、ほんっとうにムカつくよ!!!」


 バハムートの怒りにより、洞窟は激しく揺れる。


 ミラはそんなことは気にも止める様子は無く。相も変わらずふわふわと空中遊泳していた。


 やがてバハムートの怒りが鎮まり、洞窟の揺れも止まった。


「そんなことは別にいい。その『お願い』ってやつをはやく言ってくれないかな?」


 バハムートは不満げにそう言い、ふわふわと漂っているミラの足を掴み引きずり降ろした。


「ちょ、ちょっと!?なにするんですかっ!乙女の生足を掴むなんて、ハレンチですよっ?!」


 ミラは頬を膨らませて、バハムートに怒りの拳を振り下ろす。

 その拳はポカポカと音を立てるだけで、ダメージは無いのだが。


 こんなのが自分の敵だなんて、笑えない冗談である。


 –––––だが、本気を出したバハムートでもミラには到底敵わない。

 だからこそ、余計に腹が立つのだが。


「–––––こほんっ!私のお願いは、ただ一つ。そう遠くない未来に現れるであろう私の後継者。それに対して闇の龍神は貴方に、新たな光の龍神を倒すように命じるはずです」


 ようやく本題を話す気になったのか、ミラが胸を張って話し始める。


「その時に、私の後継者–––––新たな光の龍神が貴方と戦いますっ!もし彼が貴方を討ち破ることができた場合、貴方にはこちら側(・・・・)についてもらい、私の後継者の成長の手助けをして欲しいのですっ!」


 ミラはビシッ!とバハムートに向けて指をさして、ドヤ顔をしながら言い放った。


「……そういうことか。じゃあ、こっちからも質問させてもらうけど、どうして命令されるのがボクだってわかるんだい?」


 バハムートがそう言うと、ミラは困ったような表情でごにょごにょと呟く。


「うーん……実は、私の”スキル“の『未来日記』により得た情報なんですよ」


「未来は常に不安定で、ちょっとしたことで結果が変わってしまいます。ですが、今の所は貴方が命じられて私たちと戦う未来になっているようです」


 ミラの固有能力(スキル)である『未来日記』は、これから未来に起こることを予知することができる能力だ。


 ただ、その未来が起こる確率はとても低く、常に結果が変わっている。


 そのため断言することはできないが、あくまでも可能性としてはとても高い。


「–––––はぁ、わかったよ。それじゃ、もう一つだけ聞いてもいいかな?後継者ってことは、君は光の龍神ではなくなるということ?」


 そう問われたミラの表情は先程までとは変わり、真剣なものになる。


「まぁ、そういうことですね。–––––私は近いうちに、闇の龍神と決着をつけるつもりです。これ以上時間を掛ければ、それだけ闇の龍神の力は増していきます」


 ミラはそう言い、覚悟を決めているようだった。


「一人で彼奴と戦うつもり?勝算はあるのかい?」


 バハムートはそう言って言葉を返す。


「正直言って、倒すことはできないでしょう……。ですが、封印(・・)することは可能なはずです。私はこの身を犠牲にしてでも、闇の龍神を封印するつもりです」


 天界の神々が協力してくれるとは思いませんしね。


 ミラはそう言い、自分に仲間がいないことを悔やんでいるようだった。


「……わかった、君たちが勝ったら、ボクはそちら側につくことにするよ。ただし、ボクは彼奴の支配下にある。だから、命令には逆らえない。その時はボクも、全力で戦うと思う」


「それだけ聞ければ、満足です」


 ミラはそう言い、再び暖かく微笑んだ。


「さてと、少し長居をしてしまいましたね。私は、これで失礼します。後は貴方に、私の後継者を任せるとしましょうかね!」


 ミラは気楽にそう言って、踵を返した。


「はぁ……。敵が言うことじゃないと思うけど、気をつけろよ」


「ふふっ、本当に貴方が言うことじゃないですね♪」


 ミラはバハムートの言葉にそう返すと、再び踵を返して去って行った。


 –––––洞窟から出た後、ミラは赤黒く染まった空を見上げて思う。


(やっぱり、私一人じゃ勝てないや……ごめんね)


 自分の未来日記の力をこれまで何度も頼ってきたからこそ、その的中率はよく分かっていた。


 共に戦い、長い時間を過ごし、そして守れなかった人を想い–––––ミラは大粒の涙を零す。


 唯一、愛した人のことを想って。


 世界から忘れられ–––––たいや、忘れさせられた人を。




 –––





 〜グランヴェール王国〜





 此処は、人間界の中央大陸にある国、グランヴェール王国。


 この国は普段、たくさんの人で賑わっている。


 人間界でかなり栄えているともいえる国だ。


 そんな国は今、滅亡の危機に陥っていた。


「全員、この先にある王城へ避難するんだ!急げ!!」


 この国の戦姫、エリノアは、この国に危機が訪れていることを速やかに、躊躇うことなく国民たちへ告げて、人々をこの国で一番安全な場所である、《グランヴェール城》へと誘導し、一人残らず避難させようとしていた。


 無論、彼女一人ではなく、彼女の所属する《蒼天の騎士団》の団員たちと共にだ。


 戦場から離脱したエリノアは騎士団の本部へと急ぎ、まず貧民区へ残っていた獣人種(ビースト)の子供たちをグランヴェール城へ避難させた。


 グランヴェール王国の王–––––グレイス王は寛大で心優しい王である。

 貧民区の住人などに偏見もなく、事情を説明すると快く子供たちを受け入れてくれた。


 蒼天の騎士団の団員たちは、戦姫であるエリノアが嘘を言うような人物ではないと知っている。


 だからこそ、普通なら信じられないような情報でも彼女が言うなら真実なのだろうと思い、それを信じた。


 現にアトランタの姿は本部からでも確認できるほどだ、疑うはずも無い。


 そして現在–––––グレイス王直属の親衛隊の協力もあり、蒼天の騎士団の団員たちと共に住民たちを速やかに避難させることができそうだった。


 だが彼女はそれに安堵することなく、頭の中では覚醒せんとするアトランタのことと–––––それに対抗するリュウたちのことで一杯だった。


 恐らく、覚醒したアトランタは今の自分の実力では全く歯が立たないだろう。


 エリノアはそのことを悔しく思いつつ、残された希望を信じることにした。


 リュウたちなら–––––きっとこの国を救ってくれるだろうと。





 –––





 〜グランヴェール王国–––港区–––〜





 –––ギギギギギギィ……!!


 歪な機械音を立てながら、魔法換装(マジックトランス)を完了したアトランタが動き出した。


 アトランタが暴れ始めるまでもはや一刻の猶予も無い状況を前に、リュウは思考を加速させ続ける–––––ッ。


 –––さっきはマースとかいうクソ貴族が操ってたから、まだ予測して回避が可能だったり動作が大きくて避けやすかった。


 だが、今は違う。


 今のアトランタは人工知能と化していて、もはや誰の制御も受け入れない。


 計算された最善の動作で、確実な攻撃を仕掛けてくるはずだ。


 左手に装備された巨大な剣を回避したところで魔法を使用して追撃してくることは、アトランタの周りに浮かび上がる無数の魔方陣が物語っている。


 もはや“オルシオン”で攻撃しても、魔障壁を破壊することは不可能だ。


 –––––完全にお手上げ状態となっていた。


「うらあああああああ!!!!」


 パンドラはそれでも諦めずに攻撃をしているが、そのうち疲労が重なり、決定的な攻撃を仕掛けられる隙を与えてしまうだろう。


「ミシェル!パンドラに隙ができたら、魔法でパンドラを強制的に後退させてくれ!!」


「はいなのですよぉ〜!!」


 リュウはミシェルにそう言い、アトランタをガラクタに変える策を練る。


 リュートなら、アレを倒す方法を知っているかもしれない。

 

 そう考えたリュウが、リュートを問いただす。


『リュート!お前なら、アレをどうやって壊す!?』


 リュウの問いかけに、リュートは暫く考えて–––––言った。


『–––––悪いけど、今の君の力じゃアレを壊すことはできない。それに、バハムートの力も今のこの体じゃ一割も使うことができないんだ』


 –––嘘だろ……じゃあやっぱり、ギルしかアレを壊せないってことかッ?!


『いや、方法はある。けれど、これはかなり危険だ。成功する可能性は低いし、失敗すれば–––––君がこの国を滅ぼすことになる』


 リュートから返ってきた予想の斜め上をいく回答に、リュウは再び頭を悩ませる。


 –––それってつまりは、今の俺には到底使いこなすことができない力ってことか?


 –––いや、迷ってる場合じゃない!

 –––それしか方法がないんだったら、なり振り構ってられないだろっ!!


『–––––わかった。ボクは、君を信じるよ』


 意を決したリュートが、いつになく真剣な声色で話す。


『今のリュウは、言うなれば《龍の卵》だ。君は光の龍神の力をほとんど使えてない。–––––だけど、君が孵化して《龍の雛》に成長することができたなら、君は今よりも確実に強くなるはずだ』


 「それでもあまりお勧めはできないよ」と言うリュートの言葉に一瞬躊躇するも、リュウも決意を固める。


『ああなったアトランタを倒すには、どうしても龍神の力が必要になる。–––––今から君には、《竜化》してもらうよ。竜化することで、”身体の構造を全く別のものに作り替える“』


 想像もつかない言葉を聞かされるが、リュウの決意はもはや揺るぎないものになっている。


 拳を力強く握りしめ–––––ただ目の前の敵を見やり、続くリュートの言葉に集中する。


『絶対に自我を失っちゃいけない。上手く力をコントロールするんだ』


 リュートがそう言った直後、リュウの中に溢れんばかりの魔力が発生した。


「ぐ……!!う、ああああああああ!!!!!!」


『気をしっかり持てっ!ボクの言葉にだけ集中しろっ!!今リュウの身体中を暴れ回ってるそれが”龍力“だっ!!その感覚を覚えろっ!!!』


 突如として地面に崩れ落ちるように倒れたリュウの周囲から黒い霧の様なものが発生し、それが身体を覆い隠すように包み込んでいく。


 パンドラたちも何事かと驚き、すぐに駆け寄る–––––。


「リュウ!?どうしたの!!?!?」


「ご主人様!?大丈夫ですかぁ!!?」


「おい!リュウ!!しっかりしろ!!」


 次第に三人の声が遠くに感じ始め、リュウの意識が暗い闇の底へと落ちて行く–––––。


『まずいっ!!リュウ、しっかりしろ!!リュウッッ!!』


 深淵から伸びる無数の手に誘われるようにして、深く深く引き摺り込まれて行く–––––。


「リュウっ?!リュウっ!!」


「ご主人様ぁ〜!!!」


 パンドラとミシェルが、こちらに泣きながら駆け寄ってくるのが見えた。


 その後ろで、アトランタの巨大な剣がこちらに目掛けて振り下ろされたのが、リュウが最後に見た光景だった–––––。


「–––––や……やめろおおおおおお!!!!」


 その瞬間、リュウの身体を完全に黒い霧が覆い、そこで意識が途絶えた–––––。










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