第24話「リュート」
【う、嘘だッ!!私の兵器が……アトランタが–––––金の力が、負けるはずはないんですよおおおお!!!!】
–––がああああああ!!!うるせええええええ!!!!!
–––馬鹿みてぇに大声出すんじゃねぇ!!頭が痛いだろうがッ!!
『あ、リュウ☆もう起きたのかい?」
–––なんだこれ……なんか変な感じが……。
–––おいリュートっ!!なにしやがったっ!!?
『おいおい、人聞きが悪いなっ?!君が気絶したから、僕が代わりに戦ってあげてるんだろぅ?』
–––おいリュート、代われ!!俺がそいつを倒す!!
–––そのクソ野郎は、俺がぶっ殺すッ!!
『えぇ〜!?やられたリュウが悪いんでしょ!?今はボクの番だよぉ!!』
–––なに勝手なこと言ってんだっ!!
『とにかく!今はボクの番だからね!!しばらくリュウは、そこで大人しくしてて!』
–––はぁっ?!おいちょっと待て–––––っ!!
「–––––さぁてと☆そろそろ終わりにするよ!!」
リュートは剣に更に魔力を込めて、渾身の一撃を放とう構える。
【アトランタ chord02 】
【アトランタ 戦闘形態へ移行します】
–––––だがその時、突如として冷たく機械じみた声が虚空へと響く。
そして、
【な!?なんだ!?ち、力が……!!抜け……て……】
マースの慌てふためく声が聞こえたと思うと、その声は次第にか細くなっていき–––––やがて何も聞こえなくなった。
「な、なんだ!?何が起こったんだ!!?」
「わからないわ!けど、やばいっていうのはわかるわ!!」
「なに当たり前のことを言ってるんですかぁ〜!!戦闘形態って言ってましたよぉ〜?!怖いですぅ〜!!」
エリノアとパンドラ、そしてミシェルは予測不能の事態に困惑している。
だが、嫌な予感がするのだろう。
敵の一瞬の動作も見逃すまいと、身構えている。
「戦闘形態だと……!?リュウ!そいつをさっさと壊しちまえ!!急がないと、手遅れになるぞ!!」
ギルはかなり焦っているようだ。
リュートに、アトランタが戦闘形態とやらになる前に破壊するよう指示を出す。
だがリュートは隣にいたウヅキの腕を掴んで、叫ぶ。
「とにかく君たちは、はやくここから逃げるんだ!君だけならまだしも、ここには他にも小さい子達がいる!!それと、街の人たちにもここから離れるように伝えて欲しい!!」
リュートは知っている–––––それは、バハムートの記憶としてリュートの中にあるもの。
それは200年前の大戦よりも遥か昔、まだ人族と魔族が愚かな戦争を繰り返していた時の記憶。
「エリノアはウヅキたちと一緒に行って!!そして、"蒼天の騎士団"の人たちと一緒に、街の人たちを避難させて欲しい!!」
「ギルさんは、ギルドの人たちにこのことを伝えて応援を呼んできてください!その間はボクとパンドラとミシェルで、こいつを抑えます!!」
ここにいる全員が、リュートの言葉に戸惑った–––––。
だが、リュートは理解していた。
攻撃したところで、すでに破壊不能なことを–––––手遅れだと言うことを。
"龍眼"で見たアトランタの魔力量は、先ほどとは比べ物にならないくらいに膨れ上がっている。
さらには、アトランタを覆っていた魔障壁が完全に修復されていて、先ほどよりも強固になっている。
あれだけ強くなっていては、もはや"オルシオン"で斬っても魔障壁は破ることができないのだ。
魔障壁を破壊するよりも再生の速度の方が上回ってしまう。
「なにをしてるんだ!!はやく行け!!」
「わ、わかったにゃ!イザヨイ!みんなを連れてここから離れるにゃ!!!」
「う、うん!みんな!早くここから離れるよ!!お姉ちゃん達からはぐれちゃダメだよ!!」
リュートに言われ、ウヅキとイザヨイは子供たちを連れて走り出した。
「何してるんだ、エリノア!君も早く行くんだ!!」
リュートの呼び声にハッとなったように、エリノアは思考から現実へと引き戻される。
この場にいる戦力の中で、エリノアの実力はとてつもなく高い。
だが街への避難を迅速に済ませるためには、エリノアのスピードと信頼が頼りになる。
–––––自分が残ったところでアトランタは破壊できない。
エリノアはすぐにその事実を理解し、歯噛みする。
「–––––すまない、リュウ!すぐに戻るから、なんとか持ちこたえてくれ!!」
ウヅキたちを追って、エリノアも走り出した。
「ギルさんも、早く行ってください!」
「断るッ!お前らだけでアトランタは止められない、それを分かっててこの場を離れることはできない–––––それにそんなことしたら、俺が怒られちまう……」
リュートの言葉を力強く遮り、ギルは紅蓮の炎を纏った大剣を構える。
何か別のものに怯えているような様子だが。
「–––––あとお前、リュウじゃないだろ?お前から感じる魔力がさっきとは別人だ、昔会ったことある奴の魔力にそっくりだ」
ギルはそう言ってリュートを睨む。
それに対し、リュートは小さく「げっバレた……」とバツの悪そうな表情を浮かべた。
『あちゃ……バレちゃってるのか☆』
–––なんだ、バハムートの時の知り合いなのか?
リュウの問いに対しても困った様子で、うーんっと腕を組んでは唸っている。
「ギル?どうしたの?」
「ご主人様ぁ??」
二人のただならぬ雰囲気に、パントラとミシェルも心配そうに小首を傾げている。
「はぁ……バレちゃったか☆でも、意外と早かったね–––––確認だけど、光の龍神のことじゃなくてボクのことだよね?」
リュートの問いかけに、ギルは頷きを返す。
まだ外に出てほんの僅かな時間なのに……とリュートは残念そうにぼやきながら、姿が変わっていくアトランタを背に–––––リュートは告げる。
「–––––流石、“火の龍神”の片翼なだけはあるようだな。《アヴァロンの使徒》の名は、お飾りではないということか」
リュートの口調が変わり、その顔は先ほどまでとは別人のように冷たい表情を浮かべ鋭い眼光でギルを捉える。
「……久しぶりだな、バハムート。最後に会ったのはあの大戦の時だったか?世話になったな」
「なんだ、白々しい茶番はもう終いか?何の目的があってこの身体の主に近づいたのかは知らんが、あの日の続きでも–––––はい、ストォォォォォッッッップ!!!」
二人の間に火花が散りそうなほど睨み合っているところ–––––リュウが意識の主導権を無理やり取り返し、両手を広げて仲裁を叫んだ。
「はいっギルさん!!俺は戻ってきましたよ、もう大丈夫ですからっ!!今さっきまでの俺は別に“バハムート”じゃ無くて、今は“リュート”って言う俺のもう一つの人格?みたいな?!」
しどろもどろになりながらも、リュウはどうにか“リュート”について説明した–––––。
「–––––なるほど、バハムートをなんとか倒してその力を得たら……ダメだっ!よく分からんが、とりあえず敵対はしてないんだな?」
ギルの問いかけに、リュウは土煙が舞い上がりそうな勢いで何度も勢い良く頷く。
「何よそれ……そんな大事なことを、なんで言わなかったのよっ!!」
「そうですよぉ〜?!ご主人様はぁ、まだ私たちのことを信用してくれてないんですかぁ〜?」
パンドラには頬をつねられ、ミシェルにはポカポカと殴られながらリュウは涙目で何度も頭を下げ続ける。
「お、俺だってまだリュートのこと信用できてないから言えなかったんだよっ!–––––あいつは確かに隠し事の多そうな奴だけど、本心から俺を助けてくれようとしてるのは分かる。敵だったはずなのにな……」
そう言いながら、リュウはこれまでのやり取りを思い返す。
何度も冷たくあしらっても、リュートは変わらぬ態度で助言や協力を惜しまなかった。
確かにそれが現状では仕方ないことなのかも知れないが、それでもほんの少しだけ信じてみようと思えてきた。
『なんだよぉ〜、なんか照れくさいじゃないかぁ☆』
–––うるせぇっ!!少しでも怪しい動きを見せたら消滅させてやるからなっ!!?
涙ぐみながら照れくさそうに言うリュートの声が、リュウの頭に響く。
そしてそれはだんだん小さく、やがてポツポツと呟くように語り始める。
『……昔、ミラから頼まれてたんだよ。いつか光の龍神と戦ってボクが負けたら、次の光の龍神を助けてあげてくれって』
『200年前のあの日から、ボクは闇の龍神の支配下にあった。–––––ミラは、一度ボクを倒して支配を解除したあと光の龍神側につかせようとしたんだ。それが、あの時のリュウとの戦いなんだ』
『今はまだこんな形でしか助けれないけど、いつか君が“依代”を見つけたらボクはそれに憑依して一緒に戦うよっ!君の魂と融合したみたいにねっ☆』
最後の言葉に若干の嫌悪感を抱きながらも、リュウはクスッと笑みを浮かべる。
あのバハムートとの戦いは忘れることはできない、それでもどこか納得はできる。
必要な戦いだった–––––もっと上手く戦えたら、もっと力があればミラはまだ一緒にいてくれたかもしれない。
だがこれは自分の力不足が招いた結果だ、だからこそもう何も奪われないように強さを追い求める。
そのためには、リュートの協力も必要だと理解している。
「そうか、バハムートが仲間に……。いや、今はリュートか。“アヴァロン様”になんと報告すれば……」
ギルはそう言いながら、頭を悩ませている。
「そういえば、ギルさんも只者じゃないみたいですけど?アヴァロンの使徒っていうのは何ですか?」
「ん?あぁ、それはまた後で話すから。とりあえずは、お前のその後ろの奴をどうにかしないとなぁ……」
そう言われて後ろを見ると、すでにアトランタが変形を終えていた。
すっかり忘れていたと、現実に引き戻される。
リュートが切断したはずの右腕には巨大な大砲の発射口みたいなものが付き、レーザービームでも出てきそうだ。
左腕にはありえないほどの巨大な剣が装備されている。
あれなら、大きな船や建物でも軽く真っ二つにできそうだ。
何よりも、アトランタのサイズがおかしい。
さらに巨大化した機体はまるで動く山だ、国を歩き回るだけで更地にできるだろう。
「《魔法換装》!?でも、それだけの魔力があるようには見えなかったけど……!!」
「きっと大気中の魔素だけじゃなく、中にいたあの男の人の魔力も吸収したんですよぉ〜。それも、空っぽになるまで……。えげつないことしますねぇ〜」
–––リュート、パンドラが言っている魔法換装ってのは何だ?
『魔法換装っていうのは言葉通り、武器や防具を魔法により装備・換装することだよ☆ちなみに、巨大化したのは変形だね!』
–––それは知ってる、めちゃくちゃ好き。
「あれを倒さねぇと、これ以上の話し合いはできそうにないか。さぁてと、どうやって倒したもんかなぁ」
頭をガシガシと掻きながら、困り果てた様子でギルは肩を落としている。
「そういえば、ギルはあの《火の龍神》の眷属なの?だったら、あれくらい倒せるでしょ??」
「バカを言うな!確かに倒せるが、そんなことをすれば俺が怒られるんだぞ!アヴァロン様は、光の龍神の力を知りたがってるんだからな……。と言うか、お前だって光の龍神の眷属だろ」
「あんたと一緒にしないでくれる〜?うちの大将はまだ“龍力”の使い方だって知らないんだからっ!今の状態じゃ、私たち眷属の力も十分に発揮できないのよっ」
散々な言われように、さすがのリュウも涙目だ。
それに加えてまた知らない単語が出てきて、己の不甲斐なさを恥じている。
「–––––わかった、わかったよっ!なんとかすれば良いんだろっ?!本当にやばくなったらギルさんに頼みますからねっ!!」
「おうっ!そん時は仕方ない、任せろ!!」
「それでは、行きますよぉ〜♪」
「よーし!はやいとこ片付けちゃいましょ!!」
気合十分の掛け声と共に、各々が武器を構える。
アトランタはゆっくりと動き始めると、破壊対象を定め魔力を充填し始める–––––。
–––いやいやいやいやっ!!!??!
–––どう考えても無理だろッッッッ??!!?!
一人、冷や汗を流しながら時が止まったと錯覚するほどの集中力で思考を重ねる。
“シャイニング=フル・バースト”なら多少のダメージは見込めるだろうが、そうすればこの国も無事では済まない。
物理ダメージもほとんど意味をなさない相手に、一体どうやって戦えと言うのか?
リュウは一人思考を重ね悶絶している事を、リュート以外は知らない–––––。




