第20話「貧民区」
–––グランヴェール王国 首都 ヴェール–––
たくさんの人が行き交う城下街は、今日も賑わっている。
今朝取れたばかりの野菜や作物を売る人。
他国から仕入れた品を売る行商人。
これから迷宮へ挑もうと、パーティーを集う冒険者。
街の巡回をする騎士団。
いろんな店を見て回る人や、馬車を走らせる人がいる。
そして、そんな街を歩く一行の姿が–––––。
「ねぇ、リュウ!あれは何かしら!?」
「あぁ〜、すまん……俺にはワカンネ。エリノア、あれは?」
「あぁ。あれはおそらく、ダンジョンで手に入れた魔石や素材を売る商人だろう。ダンジョンに潜れない一般人も魔石や素材を必要とすることはあるからな」
「パンドラちゃん、走り回ったらこけてしまいますよぉ〜?」
リュウたちは、エリノアを連れて街を歩いていた。
この街に詳しいエリノアがいれば、買い物もすぐに終わると思ったのだが–––––。
「それじゃ、あれは!?あれは何かしら!?」
「落ち着けパンドラ……目に映るものすべてに興味を持ってたんじゃ、買い物が終わらないだろ?」
好奇心旺盛なパンドラのせいで、なかなか終わらずにいた。
「えーと、次は、っと……」
「馬車が欲しいところですねぇ〜」
「うん、そうだな。エリノア、この近くにいい馬車を売ってる店はあるか?」
「あるにはあるが、資金の方は大丈夫なのか?」
「それなら問題ない。さっき知り合いの店で、持ってた素材を換金してきたからな!」
リュウは手に持っていた金貨袋を見せた。
先ほどガルの店で、またブラックドラゴンの素材を換金してきたから資金に困ることはない。
「つってもこれは、ほんの一部だけどな」
残りはミシェルに預けて、手に持っているのはせいぜい金貨20枚ほどだ。
それでも十分な大金だが。
「それじゃ、その店に行ってみるかな–––––おっと」
リュウが金貨袋を懐に入れて、歩き出した瞬間、みすぼらしい格好をした獣人の少女とぶつかった。
「す、すみません!あ、あの、ごめんなさい!」
獣人の少女は、一目散に逃げていった。
「リュウ、大丈夫?」
「お怪我はありませんかぁ?ご主人様ぁ〜」
「大丈夫か?」
「あぁ、なんともない–––––あれ?」
先ほどまでとの違和感に気が付き、リュウの顔から血の気が引いていくのが見えた–––––。
何度も懐を探しても無いのだ–––––。
「な…ない……!?」
「ないって–––––もしかして!?」
「どうやら、–––––盗まれたみたいだな」
まさか……スられた?
「チッ、油断したっ!!」
さっきの獣人はまだそう遠くには行ってないはず!!
「ミシェルはこのままパンドラと旅の支度をしていてくれ!俺とエリノアで、あの子を追いかける!」
「はいなのですぅ!」
「わ、わかったわ!」
「エリノア、行くぞ!」
「あぁ!」
–––––
「はぁ……くそ、どこ行ったんだ……?」
王都のこの人混みの中では、たった一人の少女はなかなか見つけられない。
何か手がかりは、と思案するリュウにエリノアがポツリと呟いた。
「さっきの子の服装。あれは『貧民区』の住人だな」
–––––貧民区。
この国に来る前の馬車でも、そして街の中でも何度か耳にしたその言葉。
気をつけろとは言われていたが、まさか自分が餌食にされるとは思わなかったと言わんばかりにリュウは肩を落とす。
「なら、そこに行ってみるか……。どこにあるんだ?」
「こっちだ。ついて来てくれ」
エリノアの案内で貧民区を目指し、リュウたちはまた街を駆けた。
–––––
〜貧民区〜
「着いた、ここだ」
エリノアに案内され着いたところは、街の外れにある場所だった。
家なんてものは建っておらず、焚き火をしている老人やテントのようなものがあるばかりだ。
所々怪しい店なんかもある。
まさにスラム街だ。
「あとは、根気よく探すしかないな……」
「気をつけろ。ここは治安がよくはないからな」
エリノアは腰の剣に手をかけて、周囲を警戒をしている。
貧民区を歩き回る公爵令嬢は、彼らにとっては良い獲物に過ぎない。
たとえ襲われたとしても返り討ちにはできると自信のあるエリノアではあるが、なるべくなら騒ぎは起こしたく無いのも本心だった。
「すいませーん!ここら辺で獣人族の女の子がいるはずなんですが、ご存知ありませんか?」
リュウはそんな警戒心すらないようで、焚き火をしていた老人に声をかけた。
だからスリにあうのだが–––––。
「ん?それなら、ほれ。その通りを左に曲がったところにある小さな広場に住んどるはずじゃよ」
「ありがとね、おじーちゃん!これ、少ないですけど取っておいてください♪」
リュウはそう言って、銀貨一枚を老人に握らせた。
「よし、さっさと取り返すかな」
「君はもう少し警戒心っていうものを覚えたほうがいいぞ?」
「別に敵じゃ無いんだからそんなに殺気立たなくても良いだろ?」
ヘラヘラと笑いながら歩き出すリュウの背中を見ながら、エリノアはただ溜息を吐く。
–––––リュウとエリノアは、目的地の広場へと向かった。
–––––
「ここか……?」
広場に着いたリュウとエリノアは、少し大きめのテントの前に立っていた。
スラム特有の腐臭に少しばかり血の匂いが混じっている。
流石のリュウも警戒心を覚え、二人の表情に若干の緊張が走る。
「少し、中の様子を伺ってみるか?」
「そうだな……」
テントの横に移動して聞き耳を立てると、中からは男の声がしてきた。
「何バカなこと言ってんだ!こんなもんで足りると思うなよ!テメェらも売り飛ばすぞ!!」
血の気の多そうな男の声だ。
「落ち着いてください、ゴーグさん。奪われた家族のためにこんなに小さな幼気な子供たちが、盗みをしてまで家族を取り戻そうと頑張っている–––––最高に感動するではありませんか!さぁ、君たち!もっともっと働いて、最高のシナリオを作ってください!」
今度は、いかにもゲスな男の声が聞こえた。
「–––––くっ!黙ってられん!」
「待てエリノア、落ち着け。今ここで出て行っても、争いになるだけだ。何も解決しない」
「……わかった」
エリノアはどうにか怒りを抑え、リュウの隣で再び中の様子を伺った。
「お願いです!私たちの家族を返してください!なんでもしますから!」
今度は、幼い女の子の声が聞こえた。
泣いているのか、嗚咽が混じっている。
「は!なんでもするだぁ!?だったら、とっとと金を集めてこいや!てめぇらであのガキどもを買うんだろ!?はやくしねぇと、あと2日で船が出ちまうぞ!」
「も、もう少しだけ待ってください!絶対にお金を集めてみせますから!」
エリノアは、もう怒りを抑えきれそうにはなかった。
隣にいるリュウを押しのけてでも、中の男を斬ろうとしていた。
だが、隣のリュウを見て、エリノアはまた、耐えることにした。
リュウも同じく、怒りに肩を震わせていたからだ。
「それでは、そろそろ仕事の時間ですね。ゴーグさん、行きましょうか」
「……ッチ!」
テントの中から2人の男が出て行くのを確認して、リュウとエリノアはテントの中へと入った。
中には、5人の獣人種の子どもがいた。
全員、みすぼらしい格好をしている。
「あ、あなたたちは誰ですか……!?」
いきなりリュウとエリノアが入ってきたことに、獣人の子供たちは驚き、怯えた目でこちらを見ていた。
だがリュウは、そんなことなど関係ないかのように喋り出した。
「なんだ、もう顔を忘れちまったのか?そうだよなぁ–––––いちいち盗みを働いた獲物の顔なんざ、覚えちゃいねぇよなぁ?」
その顔は、残念だとでも言いたげな表情をしている。
「悪いが、俺から奪った金を返してもらえないか?大事な金なんだよ。もし不可能だってんなら–––––」
リュウは卑屈な笑顔を少女に向けた。
その様子に耐えかねて、エリノアが少女を庇おうとリュウの前に飛び出した。
「–––––待ってくれ、リュウ!さっきの話を聞いていただろう!?この子たちは大事な家族を取り戻すためにっ!」
「だからって、こいつらを許すわけにもいかないだろ?」
リュウとエリノアが口論しているのを、獣人の子供たちは、何が起こっているのか理解できずにいた。
「あ、あの、ごめんなさい……!お金はちゃんと返しますから!でも、もう少しだけ待ってください!今は、その……」
少女は涙目で、リュウの服の裾を掴んだ。
それを見たエリノアは、リュウがなんと言おうとこの子たちを助けようと思った。
「あーもうっ!別に本当に返せってわけじゃないんだよ!あのクソ野郎どもとお前らの関係を話してくれさえすれば、俺は協力するって言いたいの!!だから、そんな目で見るな!」
だがリュウが口にした言葉は、意外なものだった。
彼は最初から、協力する気だったらしい。
それならそうと、ややこしいことはしないで欲しいものだが……。
「な?俺たちに話してくれよ。何があったのかを–––––」
–––––
「えっと、私は『カンナ』と申します……。私たちは1年ほど前までは、獣人種の大陸《天ノ夜月》で暮らしていました……」
「そこで、私たちは人類種の人攫いにあって……。ここへ来た時に、私たち5人はこの場所に住まわされ、残りの子供たちはみんな、奴隷として売られることに……」
カンナと名乗る少女は、目に涙を浮かべながら、これまでのことを話してくれた。
「おとーさん…おかーさん……」
「なんでこんなことに……」
「はやくお家に帰りたいよ……」
他の子供たちも、すすり泣いている……。
「なるほどなぁ。他の獣人種の子供たちは、まだ誰も売られてないのか?」
「まだ、全員います……。でも、あと2日で、みんな売っ払うって、あのおじさんが……。それまでに全員を買えるだけのお金が集まれば、みんなをお家に帰してくれるって……」
要するに、こいつらだけを外へ逃がしているのは金を集めさせるためってわけか……。
そんでもって、金がある程度集まればこいつらもまとめて売りさばくって魂胆かよ。
「……許せん!今すぐそいつらを斬り捨てる!!」
「落ち着け、エリノア。今下手に動いても、子供たちを人質にとられるだけだ」
「だったら、どうすればいいんだ!?」
エリノアは、今すぐにでも奴隷商人たちを斬る気でいるようだ。
ソワソワと落ち着きがない様子で、腰の剣に手をかけている。
「……俺に考えがある。協力してくれないか?」
–––––
「ほ、本当にそれで上手くいくのか……?」
「あぁ、問題ない。あとは、奴らの気を上手く引けるかどうかだ。その役は、俺がやろう」
リュウは真面目な顔で、作戦内容を書いたテーブルの上に置いた紙を見つめた。
「ただし、だ。こちらとしても、やるからには条件を付けさせてもらう」
「じょ、条件……ですか?」
「あぁ、単刀直入に言おう。俺は、『お前が欲しい』んだ」
「んな!?リュウ!君というやつは!!」
「え…!?わ、私が……ですか!?」
カンナは真っ赤な顔を小さな手で覆い、エリノアは真っ赤な顔で腰の剣に手をかけた。
「……?なんでそんなに、顔を赤くさせるんだ?俺はただ、『仲間』になって欲しいって言ったんだが? 獣人種ってのは人類種よりも身体能力が何十倍もあるって聞くし」
「だったら、紛らわしい言い方をするな!普通に言えないのか!君は!!」
「……ん?なんかおかしなこと言ったか?」
この馬鹿は……と今日何度目かも分からない溜息を吐いてエリノアは肩を落とす。
「獣人種は、貴重な戦力になるからな。是非とも、俺の仲間に欲しいものだが……どうだろうか?」
「えっと、その……それで、みんなを……救えるならっ!」
「よし、決まりだな!それじゃ、作戦の決行は明日の夜だ。みんな、気を引き締めていけよ」
「よ、よろしくお願いします!」
「あぁ、もちろんだとも!」
–––––と意気込んだのも束の間。
腹の虫が空腹を訴える大きな音がテントの中に響き渡った。
「……とりあえず、飯食うか」
「こんなに痩せ細るまで飢えるほど過酷な環境だったのだな–––––私は公爵家の者として情け無い……」
ご飯を食べられると聞いた獣人の子供たちの表情は少し柔らかくなり、それと対比するようにエリノアの顔は暗くなった。
エリノアが何を考えているのか少しわかったリュウは、その頭を優しく撫でてから大通りへと出て行った–––––。
–––––
「はぁ。君は少し、言葉が足りないと思う。いきなり、『俺から盗んだ金を返せ』とか、『お前が欲しい』とか……。紛らわしい言い方はよしてくれ……」
獣人種の子供たちと食事を終えたリュウとエリノアは、一度パンドラとミシェルと合流することにした。
作戦には、彼女らの力も必要になる。
「んー?何もおかしなことは言っていない気がするが……」
『いや、十分おかしなこと言ってたよ?』
リュートまで?
わかんねぇな〜……。
「あ!ご主人様ぁ〜!どうでしたかぁ〜?」
「お金は取り返せたの!?」
「いや、実は–––––色々あってだな……」
リュウは2人に、貧民区であったことを話した。
「まぁ!そんなことがあったのですかぁ〜?」
「誰よそいつら!!奴隷商だかなんだか知らないけど、まとめてぶっ殺してやるわ!!」
「おいおい、落ち着けって!だから、2人の力も貸して欲しいんだ。協力してくれるか?」
「もちろんよ!そいつら、ただじゃおかないから!!」
「ちょ〜と、わたしもお怒りなのですよぉ〜♪」
「よかった。–––––作戦はこうだ」
リュウたちは明日の作戦に向け、役割決めた–––––。




