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龍刻の転生者  作者: 勇者 きのこ
少年期 第3章 冒険編
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第18話「婚約者」

 






 ーファーレンガルド邸ー





「あぁ〜、サッパリした♡やっぱり、大きくて広いお風呂は気持ちいいわね!」


「そうですねぇ〜♪いつでも入れるエリノアちゃんが羨ましいですよぉ〜♡」


「君たちさえ良ければ、いつでも歓迎するっ!!」


 大浴場から出た3人は、リュウがいる客間へと向かっていた。


 大きな扉を開けると、そこにはソファーで気持ちよさそうに寝息を立てている青い長髪の少年がいた。


「あらぁ〜?もしかしてご主人様ぁ、眠っちゃってるんですかねぇ〜?」


「かなり疲れてたんでしょうね。こうやって眠ってれば、少しはマシなんだけど」


「えぇ〜?私はどちらのご主人様も大好きですけどねぇ〜♪ほら、可愛い寝顔じゃないですかぁ〜♡」


「よくそんなことを平気で口にできるわね……。って、エリノア?なんでそんなに顔を赤くしてるの?」


「え!?い、いや!そんなことはないぞ!いやー、風呂に入ったばかりだから暑いなっ!あー、暑い!」


「ど、どうしたのよ...…」


「エリノアちゃん、なんだか変ですよぉ?」


 うぅ……今すぐここに写真家を呼びたいっ!!

 いや、そんな暇は無いっ!!今ここで目に焼き付けるしかないんだ!!


「エリノアちゃん、大丈夫ですかぁ?」


「なんか凄く目がギラギラしてるわよ……」


「え、いや、そんなことは、な、ないぞ?うん」


 エリノアはどうやら、尽くすタイプのようだ。


「んあ…?……あれ、寝てたのか?ふわぁ…」


 あぁ、起きてしまった!

 もう少しくらい眺めていたかったのだがな……。


「な、なんだよ……?こっち見るなっ」


「べ、別になんでもない!」


 リュウはまだ眠たいのか、しょぼしょぼとした目をこする。


「くそっ、眠い……。俺も風呂に入ってくるわ–––––えっと、こっちでいいんだっけ?」


「あぁ、そこを左の曲がって、下の階段に降りて真っ直ぐ行ったところだ」


 真っ直ぐって……。

 ここ広いから、結構歩くんじゃないのか?


 また道に迷わないか不安そうな表情で、リュウは大浴場へと向かった–––––。







 –––––







「すげぇ!!こりゃまた広いなっ!!」


 リュウは人が入るにはあまりにも広すぎる浴場に、思わず呆然とした。


「でも、ありがてぇよな!俺より先輩の異世界人たちのおかげで、俺はこうやってシャンプーもボディソープも使えるわけだしっ♪」


 けどちょっと残念だな、俺だって異世界の物で一攫千金やりたかった気持ちもある–––––いや、俺には無理だなっ!!


「にしてもこの世界に来て、いろんなことがあったな」


 でも、まだまだこれからだ。

 これから、もっともっと頑張らなくっちゃなっ!!


『一人でなにブツブツ言ってるの?イカれちゃった?』


 鼻歌混じりに体を洗うリュウの脳内に、呆れた声をかけるリュート。


 リュートの存在にもだいぶ慣れてきたのか、最近ではさほど気にしていないようだ。


「やぁ、リュウ君。ちょっと隣失礼するよっ!」


 そう言って入ってきたのは、エリノアの父 グリルだった。


「やっぱり、裸の付き合いってやつは必要だろう?」


「でも、せめて前は隠して欲しいところですね……」


 グリルのグリルさんを見ないように手で顔を覆いながら、グリルのために少し横にズレる。


 隣に座ったグリルは体を洗いながら、リュウに尋ねた。


「君はこれから、どうするつもりなんだい?」


「えっ?–––––そうですね、とりあえずはこの街を出ます。ここにいつまでも留まっている理由はありませんから」


「–––––そうか、それは残念だ。もう少し、君のことを知りたかったんだがな……」


 そう言ってグリルは小さく溜息を吐いた。


「そういえば、他の貴族の人たちはもう帰ったんですか?」


「いや、まだいるよ。だけど今はパーティーをしてるわけじゃなさそうだ」


「……と、言うと?」


「なに、簡単なことだよ。《政治的な駆け引き》ってやつさ」


 グリルはそれが面倒になって、その会談の場を抜け出してきたそうだ。


「ほんと、嫌になるよ。大事な自分の娘まで、その駆け引きの駒のように扱われるんだからね」


「……エリノアを、ですか?」


「あぁ、そうだ。あんな性格だが、娘はあれでも戦姫だからね。それにつけこんでくる輩もいれば、時に有利な立場に立てる……」


 沈痛な表情から一転–––––グリルはニコッと笑うと、隣に座っていたリュウを抱え上げて湯船へと飛び込んだ。


 バシャーンッと水飛沫が盛大に上がり、驚いた声を上げるリュウを見て満足そうに笑っている。


「だからね、せめて娘には–––––エリノアには素敵な相手を見つけて欲しいんだよ。それこそ、後悔のないように…」


「……だったらなんであんなことを言ったんですか。たとえ名前だけだとしても、エリノアは嫌がりますよ」


「ん?それはもちろん、それが最善だからだよ♪」


 ニコニコと笑うグリルに対し、リュウは理解するのを諦めたようにため息をついた。


「でも、君で本当に良かったよ。–––––どうか、娘を頼むよ」


 今度は真剣な顔で、グリルはリュウを見つめた。


 ぷぅっと頬を膨らませながら、まだなにも返事はしてませんっとリュウはグリルの腕から脱出した。


「–––––この後、良かったら僕について来てくれないかな?リュウ君に会わせたい人がいるんだよ」


「別にいいですけど……」


「それは良かった!彼女(・・)も君に会いたがっていたしね〜♪」


「彼女?一体誰なんですか?」


「ふふふ、それはあってからのお楽しみだよ♪」


「……?」


 ニコニコと笑うグリルに対し、リュウは再び諦めのため息をつくしかなかった。





 –––––







「–––––さぁ、こっちだよ」


 グリルに案内されやってきたのは、先ほどまで行われていた社交界の場とはかなり離れた場所だった。


「さぁ着いたよ、この部屋の中に君に会わせたい人がいるんだ」


 他の部屋の煌びやかな扉と比べるとその扉は一回り小さく、だが他の部屋よりも明らかに特別趣のある扉だった。


「–––––僕だ、入るよ」


 グリルは扉をコンコンっとノックした後、ゆっくりと静かに扉を開け中へと入った。


 そこにはエリノアに良く似たとても美しい女性が、ベッドの上から見える窓の外の景色を眺めていた。


 窓から差す月の光が彼女の空色の長い髪を照らして、それはまるで一つの芸術品のようだった。


 リュウは一目でわかった–––––エリノアの母親なのだと。


「体の調子はどうだい?さっき君が会いたいと言っていた、リュウ君を連れてきたよ」


 グリルが声をかけると、彼女はこちらにゆっくりと顔を向けた。

 そしてリュウの顔を見ると、静かに微笑んで言った。


「–––––まぁ! 本当にエリノアよりも小さくて、とても可愛らしいお方なのですね♪ お会いできて光栄です……」


「は、はい!リュウ・ルークと申しますっ!!」


 緊張した様子のリュウを見て、彼女は月光の下でクスクスと笑っている。


「ここにお呼びさせて頂いたのは、あなた様とお話がしたかったからなのです。ご迷惑でなければ良いのですが……」


「め、迷惑なんかじゃないですっ!!」」


「クスッ、そんなに固くならなくても良いのですよ♪」


「まぁまぁっ!立ち話もなんだし、座ってくれっ!」


 ガチガチに緊張してるリュウを流石に見ていられなくなり、グリルは椅子に腰掛けるように優しく促す。


「–––––申し遅れました。私はエリノアの母の《エミリア・ファーレンガルド》です。以前は、この国の戦姫(・・)をしておりました」


 リュウは母娘の二代戦姫という言葉に少し驚きつつも、どこか納得した様子で一人頷いていた。


「お話をする前に、少しだけ確認しておきたいことが……」


 エミリアはそう言うと、グリルの方をチラッと見た。


「あぁ、さっき確認したよ。確かに君の言う通り、リュウ君には【光の龍神の加護】があるようだね–––––おっと!そんなに怖い顔しないでくれよっ!」


 グリルのその言葉に、リュウの表情は一変–––––冷気すら感じさせるほどの殺意を二人に向けていた。


「誤解だよ、リュウ君っ!さっき大浴場で『龍神の紋章』を確認しただけだって!僕らは敵じゃないよっ!!」


 リュウの警戒心はそこでは無い、胸の紋章を見られたからでは無く『光の龍神の紋章』を知っていたことだ–––––。


「–––––これが光の龍神のものだって、よく分かりましたね」


「勿論だともっ!あまり知られてはいないけど、この土地には光の女神様の伝説が語り継がれているからねっ!」


 慌てふためくグリルとエリノアの様子を見て、リュウは真紅に光る瞳を抑えた。


「たしかに、嘘は言ってないみたいですね。取り乱して申し訳ありません」


「いやいや!謝るのはこちらの方だよっ!誤解させちゃってごめんね……」


 リュウが再び椅子に腰掛けたのを確認し、グリルはホッと胸を撫で下ろす。


「私たちファーレンガルド家には代々、光の女神様のお話が伝わってきました–––––良ければ、お話ししましょうか?」


「いえ、結構です。ありがたいお話しですが、俺はあの人については自分で見たものしか信じたく無いんです」


 決して悪い話では無いと言うことは理解しつつも、リュウにはどうしても譲れないものがあった。


 何故ミラは闇の龍神と戦ったのか、世界を救うために自らの命と引き換えに封印した理由とはなんだったのか。


 まるでそういう話をするのをなんとなく避けているように感じ、最後まで本人には聞けないでいた過去の話。


 いや、もしそれが世界を憎んでしまうほどの理由だった時–––––リュウには世界を救いたいと思える自信が無かった。


 だからこそ、自分で見て感じたことだけで考えたいことがあるのだ。


「分かりました–––––では我々のお話というのは、エリノアのことです。まずは、あの子のことからお話ししましょうか」


 リュウの瞳から何かを感じ取ったのか、エミリアは少し寂しそうな表情を浮かべてそう言った。


「リュウ君は、エリノアの兄をご存知でしょうか?」


「いえ、知りません。むしろ、お兄さんがいたとは思いませんでした」


「それはそうでしょうね……。あの子のグリムスは、6年前にこの国を後にしました…」


 エミリアが苦々しく言うと、グリルが眉根を寄せた。


「グリムスは、とても優秀な子でした。エリノアもグリムスにとても懐いていて……。–––––ですがファーレンガルド家の権力争いに巻き込まれて、やむなく隣国の貴族の元へと……」


 エミリアは何かを思い出したように、その青い瞳から大きな涙を流した。


「こんな僕でも、公爵だからね……。他国との繋がりを増やすためには、自らの子を差し出せと言われて断れなかった……」


 グリルの握る拳がギリギリと音を立て、その表情からも当時の心境が察せられる。


「せめてエリノアは、エリノアだけはっ!–––––エリノアを守るために言葉遣いも変えさせ、剣を習わせ、自国に必要な存在となるように彼女を育ててきたっ!」


 グリルの手をそっと優しく包み込み、エミリアが言葉を続ける。


「ですが、あの子は体を悪くした私の後を継ぐように戦姫になり……。そのせいで他国からの王族にまで目をつけられるようになってしまい、その権力にあやかろうとした輩が後を絶たないのです」


 今日の社交界も、きっと他国の貴族たちも来ていたのだろう。

 エリノアはひっきりなしに応対していたし、グリルの姿もあまり見かけなかった。


「このままでは、あの子も権力争いに巻き込まれてしまうのも目に見えています。–––––そこで、リュウ君のお力をお借りしたいのですっ!」


 エミリアは涙ぐみながら、懇願するようにリュウを見た。

 それは本心からの、母としての悲痛の叫びにも思えた。


「–––––まぁ、俺にできることがあれば協力しますよ……。何したらいいんですかっ」


 リュウはクヌ村で別れたあの時のメイアたちの表情と、エミリアの心境をどこか重ねていた。


 故郷に置いてきてしまった大事な人たちも、こんな風に自分を心配しているのだろうな……と。


 その言葉を聞いたエミリアは涙を袖で拭い、また優しい微笑みを浮かべて言った–––––。


「–––––で、ではっ!エリノアの、『婚約者(フィアンセ)』になってくださいっ!!


「–––––またその話かよっ!!」


 思わず床に崩れ落ちたリュウを見て、再びグリルとエミリアが慌てふためく。


「いやっ!君がエリノアの婚約者になれば、他の貴族や王族の誘いを断ることができるんだっ!–––––僕たちは君になら、あの子を任せてもいいと思っているっ!!」


「出会って間もない子ども相手に言うセリフじゃねぇなぁっ!!」


「うわぁっ!リュウ君、素がでてるよっ!!」


「と、とにかくっ!私たちはあの子のためにも、あなたの力をお借りしなければならないのです!もう少しであの子も15歳。そうなれば、他の国へ連れていかれるに違いありません……」


 エミリアはまた、大粒の涙を流し始めた。


「泣くな泣くなっ!てか、なんでそこまで俺にこだわるんだよっ?!あんたが思ってるような人間じゃないぞっ!!」


 あまりの急展開に思わず猫をかぶるのを忘れるほどに、リュウは呆れ果てていた。


 トップクラスに偉い貴族様の公爵家が、まだ幼い子ども相手に何故そんな話ができるのか理解できないと言った感じで頭を悩ませていた–––––。


「いやいや、リュウ君っ!公爵家や他の地位ある貴族、もっと上の王族なんかには当たり前の世界なんだよっ!僕もこのファーレンガルド家に婿養子として婚約したのも、君ぐらいの歳だったんだよ?」


 堂々と婿養子だと宣言する男と、その後ろから夫の同等たる姿にパチパチと拍手を送るエミリア。


 –––––もはやリュウも、そういうものなのかと吐き慣れた諦めのため息。


「……わかった!わかりましたよ!そのかわり、名前だけですからねっ?!変な行事とか集まりとかには参加しませんからっ!!」


「ほ、本当ですか!?ありがとうございます……!」


「あぁ、良かった……!本当に良かった……!」


 抱き合って喜ぶ夫婦を尻目に、リュウは床に力無く座り込んだ。

 今日の戦いの疲労がせっかく風呂で洗い流されたのに……そんな表情だ。


「でも、エリノア抜きで話すことじゃないですよね……」


「もちろん、あの子には僕から伝えるよ!きっと喜ぶはずだ!」


「はぁ……」









 –––––









「あら、リュウ。遅かったわね」


 客室に戻って来ると、パンドラとミシェル、エリノアの三人が俺を待っていてくれた。


 女子会でも開いていたのか、テーブルの上にはまだ温かそうな紅茶とお茶菓子が置いてある。


「あぁ、いろいろあってな……」


「ご主人様ぁ〜、パンドラちゃんがいじめてくるんですよぉ〜!」


「はぁ!?私は何もしてないじゃないの!!あんたは16枚もクッキー食べたんだから、もう終わりよっ!」


「ミシェル、嘘をつくんじゃない……あと食い過ぎだ、ばか」


 良かった、いつもの感じだ。

 今はこの馬鹿馬鹿しいやり取りが見ていて落ち着くよ……。


「……」


「ん?私の顔に何かついてるのか?」


「あ、いや、別に何も……」


 名前だけとはいえ、エリノアは嫌がるだろうな……。


「–––––もう夜も更けてきたな、皆んな私の部屋に来ればいい。心配するな、四人で寝ても事足りる」


「わぁ〜い!エリノアちゃんの部屋ですよぉ〜!」


「大丈夫なの?女の子の部屋に男のリュウが入っても……」


「ん?何も問題はないだろう?」


「まぁ、あなたがいいんならいいけど……」


「なんでだよ、他にも部屋は沢山あるだろ」


 問題しか無いわっ!!

 こんなに部屋が沢山あるんだから、わざわざ女の子の部屋で寝泊まりする必要ないだろっ!!


「いや、他の貴族の方たちが泊まってるから部屋は空いてないぞ?–––––まぁそう遠慮するなっ!私の部屋に案内しようっ!!」


「パンドラちゃんっ!そっち持ってくださいっ!!」


「しょ、しょうがないわねっ!ほら、行くわよっ!!」


「やめろっ!離せってば–––––っ!!」


 –––––リュウは半ば強制的にエリノアの部屋へと連行された。





 –––––





「へぇ〜、なかなか可愛い部屋じゃない!」


「きゃー♡おっきいクマさんですよぉ〜♡お部屋も良い香りがしますぅ〜♪」


「これは……全部エリノアの趣味か?」


「まぁ……。やはり変だろうか……?」


「いや、そんなことはないぞ!なかなかいいんじゃないか?女の子らしいと思うぞっ?!」


 しまった、人の趣味にズケズケと踏み込んでしまったっ!!


「そ、そうか……」


 にしても、本当に女の子の部屋って感じだな。


 白いレースのカーテンに、可愛い小物やぬいぐるみ。

 なんだ、女の子らしい趣味もあるじゃないか。


「たださ、部屋……デカくね?」


「そうか?普通だと思うがな……」


 さっすが公爵家の御令嬢様だなぁ、いったいこんな広い部屋を何に使うんだ……?


「いいじゃないですかぁ、大きさなんてぇ〜!」


「そうよ、はやく寝る準備しましょうよ!私もうクタクタ……」


「そ、そうだなっ!ミシェル、ちゃんと歯ぁ磨けよ!」


「わかってるのですよぉ〜っ!さっきは美味しすぎて、ちょっと食べすぎただけなのですよぉ〜っ!!」



















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