第16話「決着」
「–––––まいった……降参だ」
誰もが固唾を飲む中、降参を宣言したのは–––––エリノアだった。
エリノアは今までで一番の渾身の一撃を放ったが、その剣が届くことはなかった。
リュウの首に当たる寸前で、ピタリと止まった。
リュウの剣先が、先にエリノアの首に届いたのだ。
観衆たちがエリノアの敗北に気づくのに、少し時間がかかった。
エリノア自身もまた、自分が敗北したことに驚いていた。
それ程までに素早く研ぎ澄まされた一撃だったと自負していたからだ。
「–––––確かに剣は私の方が速かったはずだ。あの一瞬だけ君の剣が私の剣の速さを大きく上回ったのは、先程の構えによるものなのか?」
エリノアのその質問に、リュウは顎に手を当てて考え込む。
「見たことないのか?抜刀術や居合斬りって言う速さに特化した型なんだが……俺のこの小さい体じゃ完璧にはできなかったけどな」
苦笑いを浮かべるリュウに、エリノアも緊張の糸がほぐれたのかクスッと吹き出す。
「最後のお前の剣。あれな、めちゃくちゃ凄かったぞ!」
リュウはそう言うと暖かい笑みを浮かべて、エリノアの頭に手を置き優しく撫でながら言った。
「また戦おうぜ♪ 今度は魔法も精霊も無しの、純粋な剣術だけでよ!」
この時、エリノアの頰が赤く染まったのに誰も気付きはしなかった。
–––––
『あぁー、疲れたー』
『もう、リュウ!なんでボクを起こしてくれなかったのさ!一人だけ面白そうなことしやがって!』
精霊魔法とかについて聞こうと思ったのに、いつの間にか寝てたのはてめぇだろっ!!
にしても、本当に強かったな……エリノア。
精霊が2体も出てきた時は、さすがにヤバイと思ったぜ。
「いや〜、驚いたよ。まさかうちの娘を倒す子がいるなんて!」
あ、エリノアの親父さん。
名前は確か、グリルだったっけ?
「すいません、騒ぎを起こしてしまって…」
「なぁに、気にすることはない。それより、君に話があるんだが。少し時間をもらえないだろうか?」
……?
なんだろうか。
「えぇ、構いませんよ。あの2人も一緒なら、ね」
リュウはそう言って、駆けてくる2人の少女を見た。
「リュウ〜!!」
「ご主人様〜!」
パンドラとミシェルはリュウの元へ辿り着くと、すぐに飛びついた。
「おいおい、落ち着けって!」
「でも、でも、あんな大きな精霊が2体も!」
「そうですよぉ!本当に大丈夫なんですかぁ!?」
「あぁ、問題ない。見ての通り、ピンピンしてらぁよ」
たく、可愛い奴らめ。
そんなに俺のことを心配してくれたのか?
「仲が良いみたいだね。それじゃ、こっちへ来てくれるかい?」
「ほら、行くぞ〜。パンドラ、ミシェル、はやく離れろよ」
「え?あ、うん……」
「は〜い……」
「そうだ、エリノアも一緒に来なさい」
「は、はい!お父様!」
–––––
たくさんの本や資料、写真などがある部屋に俺たちは招かれた。
–––––ここはグリルさんの執務室だ。
「さて、リュウ・ルーク君。どうしてここに呼ばれたのか、わかるかい?」
「え?えと……騒ぎを起こしちゃったから?」
「いやいや!そんなことじゃないよ!–––––おっほん!ちょっと難しい話だけど、よく聞いて欲しい」
な、なんだ?
急にそんな真剣な顔をされたら怖くなっちゃうだろ?
「リュウくん、知っての通りエリノアはこの国の戦姫だ。そのエリノアに決闘で勝利した、その意味が賢い君なら分かると思うんだが–––––」
グリルさんの言わんとすることを理解してしまった俺は、ことの重大さに思わず息を呑む。
–––––やってしまった。
「すぐにでも国王から呼び出しがかかるやも知れない、君をこの国の所有物にするためにね」
分かってたな、グリルさん!!
この人、そうなることを分かってて俺とエリノアの戦いを見てたな!!
「リュウっ!こうしちゃいられないわっ!!はやく逃げないと–––––っ」
「–––––ご主人様は渡さないのですよぉ!!」
「おいおい!落ち着きたまえっ!!–––––安心してくれ、私は公爵だ。そんなことはさせないから!!」
大慌てで逃げようとするパンドラとミシェルをグリルさんと一緒に宥め、再び話を戻す。
「もちろん、君がこの国に残ってくれれば一番良いんだが……。そう言うわけにもいかないんだろう? だからここはひとつ、私の作戦に乗って欲しいんだっ!」
さ、作戦?
いいのか?グリルさんはこの国のお偉いさんなのに、俺たちを匿ったりしても。
「–––––リュウ君、エリノアの婚約者にならないかい?」
「はやく逃げるわよっ!!政治に関わると、ろくな事にならないんだからっ!!」
「ご主人様は渡さないのですよぉ!!」
お、落ち着け!!何か考えがあってのことだろう!!
ダメだ、ミシェルが同じことしか言わなくなっちまった!!
「お、お父様!!いきなり何を言い出すのですかっ?!」
「待った待った!何も本当に婚約しろってわけじゃないんだ!!名前だけ貸してくれればいい、そうすれば上手く誤魔化しておくから!!」
嘘だっ!絶対なにか裏があるだろっ!!
「そもそも、エリノアは公爵家の令嬢ですよっ!!婚約なんて信じるわけ無いじゃないですかっ?!」
「それは大丈夫だからっ! –––––君、ルーク家の跡取り息子だろう? 君だって貴族じゃないか!」
いやいや、辺境の村のしがない子どもですからっ!!
けど、このまま国王に会えって言われても困るし……っ!!
「とにかく、よく考えておいてくれっ! –––––社交界はまだ続いてるから、食事だけでも楽しんできてくれっ!」
–––––
そう言われた俺たちは執務室を出て、パーティー会場へと向かっていた。
その途中で、ずっと顔を真っ赤にして押し黙っていたエリノアが恐る恐る口を開いた。
「あ、あの、リュウ……。さっきのは、お父様の冗談だから、本気にしないでくれっ!君だって迷惑だろう……?」
「ん?まぁ別に迷惑ってほどでも無いんだけど……」
名前だけの婚約なら、後から上手いこと取り計らってくれるだろうし……。
それにしてもエリノアとは、性格が真逆な親父さんだったな。
「え!?そ、そうか……。そうなのか……」
エリノアはリュウの言葉を聞き、口元を緩めて、嬉しそうに微笑んだ。
リュウはその表情には、気づいてはいなかった。
–––––
「ふわぁ……あ。さぁてと、そろそろ帰りましょうかね〜」
「あら、パンドラちゃん。人前で大きなあくびをしたら、はしたない子だって思われますよぉ〜?」
「うっさいわね!そんなのはどうでもいいのよ!」
「いや、少しくらい気にしてくれると助かるんだが……」
でも、確かに疲れたな。
今日はもう宿に戻るとしよう。
「エリノア。悪いけど、俺たちはもう帰るよ。さすがに疲れた……」
「え!?そ、そうだな。もうこんな時間だし……」
(うぅ……もう帰っちゃうのか。もう少し一緒に居たかったんだけど……)
「あ、そうだ!今日は泊まって行ったらどうだ!?そうだ!そうするといい!!」
「え?いや、それは悪いよ!それに、ギルさんも待ってくれてるかもしれないし」
「なら、そのギルとか言う人に泊まるということを伝えれば良いのだな!?よし、そうと決まればすぐに人を向かわせよう!!」
「あら、泊まるの?だったら、私はまず先にお風呂に入りたいわ」
「いいですねぇ〜♪じゃあ、みんなで一緒に入りましょぉ〜♪」
「もちろん、リュウはダメだからね」
「入らねぇよ!」
エリノアはどうやら、考えついたことをすぐに行動に移す性格のようだ。
もはやこの場に、エリノアを止められる人物などいなかった。
–––––
リュウたちはエリノアの家に泊まることになり、パンドラとミシェルはエリノアに連れられて、大浴場へと向かった。
立派な装飾が施してある大きな扉を開けると、人が30人は軽く入りそうな大浴場が目に入った。
「うっわー、大きいお風呂ね〜!これを一人で入ってたの?」
「そんな訳無いだろう?いつもは使用人やメイドたちと入っているよ。たまにお父様も入ろうとしてくるが、その時は全員で追い返しているよ」
「それは……笑えない冗談ね……」
「そんなことよりぃ〜、はやく体を洗いませんかぁ〜?」
ミシェルは目を輝かせ、はやく入りたいとウズウズしている。
エリノアはそれを見て、苦笑いをした。
「うん、そうだな!石鹸はそこにあるのを自由に使うといい!」
「ねぇねぇ、洗いっこしない?私が先にエリノアの背中を流すわよ?」
「洗いっこ?なんだそれは?」
エリノアはキョトンとした顔でパンドラに聞き返した。
パンドラも同じく、キョトンとした顔でエリノアを見た。
「あれ?知らない?洗いっこっていうのは、お互いの体を交互に洗うことなのよ?」
「へぇ〜、そうなのか。なら、お願いするよ」
「それじゃぁ〜、私はパンドラちゃんを洗ってあげるのですよぉ〜」
「いいけど、身体を撫で回すのはやめてよね?」
「えぇ〜?なんのことですかぁ〜?」
「あ、コラ、ちょっと!だから撫で回さないでって!!くすぐったいじゃないの!!」
「えぇ〜?ほらほらぁ〜、胸は揉めば大きくなるって聞きましたよぉ〜?」
「うっさいわね!余計なお世話よ!!」
「ちぇ〜!それじゃあ〜、エリノアちゃんにしちゃいましょうかねぇ?」
「え!?いや、私は別に……。って、アハハ!く、くすぐったい!!」
「おぉう……これはまた大きいですねぇ……」
「もうやめましょうよ……。見てて悲しくなるわ……」
「うん?どういう意味だ?」
–––––
一方リュウは、女性陣が風呂に入っている間に、今日のことを思い返していた。
「精霊か。俺にも使えるだろうか」
精霊を使役できるようになれば、また一段とレベルアップするはず。
『そうだね。でも、どうなんだろう。必ずしも、精霊を確実に持っているわけでもないしね〜』
「その時はその時だ。なにも精霊はそれだけではないんだからな。無いなら捕まえればいい」
『ま、それもそうだね☆』
これからもっともっと、強い敵と戦うことになるはずだ。
その時に後悔しないように、今のうちに力をつけておかなければならない。
–––––もう二度と、あんな思いはしたくないから。




