第14話「戦姫 エリノア」
森でエリノアと出会い1週間が過ぎた頃に、俺たちが泊まっている宿に連絡が届いた。
宿の前に騎士団が集結し、迎えの馬車まである。
「エリノア様より伝言です!『礼をする準備ができた。迎えの馬車を用意したから、ぜひファーレンガルド公爵家に来て欲しい!』とのことです!」
1人の女騎士がそう言って、俺たちに向かって敬礼をした。
前世との敬礼とは違い、剣を胸の前で掲げるようだ。
「あのー、すみません。公爵家に招かれるのに相応しい服を持ってないって言うか……。この服装でも大丈夫ですかね?」
公爵家ってどういうものか理解して無かったが、この騎士団の数を見れば怖気付いてしまう。
事前に服を用意しておくべきだったな……。
「はい、特に問題ございません! お召し物はこちらでご用意させて頂いております故、どうぞこちらへ!」
なんか騎士団の様子が少しおかしいな、緊張してるのか?
なんでお前らが緊張するんだ、俺の方が足ガックガクだわ!
女騎士は馬車のドアを開け、俺たちを中に入るよう促した。
パンドラとミシェルは、大きな馬車に興奮しているようだ。
「悪いが、俺は遠慮するぜ。今日は他に用事があるんだ」
「えぇ〜、この中でギルさんしか作法知らないのに……。分かりました、じゃあ行ってきますね」
「あぁ。リュウ、あまり粗相のないようにな」
なんで俺を名指しで?!
絶対パンドラの方がするだろ、失礼だな!!
「わぁ〜!凄いわ!こんなに大きな馬車に乗ったのは初めてよ!」
「なんだかお姫様になった気分ですよぉ〜」
「確かに、こんな豪華な馬車なんてかなりの身分じゃ無いと乗れないだろうなぁ……」
くそっ、今から胃がキリキリしてきた……。
「そうだ、騎士様。何か手土産を用意したいのですが、おススメはありますか?」
「うえっ?!き、騎士様なんて呼ばないでください……。私の名は《カルシェナール》です。そうですね、お嬢様は苺のタルトがお好きです!」
「そうですか。では、カルシェさん。ここら辺に美味しい苺のタルトがあるお店はありますか?」
「は、はい!では、まずそちらに向かいましょう!」
なんでそんなに態度がよそよそしいんだ?
俺なんかこの人たちにしたっけ?覚えがないんだが。
「リュウ、あんたまたなんかやったの?」
「ご主人様ぁ、怖がらせちゃダメなのですよぉ〜?」
なんでお前らまでそんな目で見るんだ、俺が何かしたことなんてないだろ!!
『よく言うよ……盗賊を虐殺しまくった時にいた騎士だよ、リュウに怯えてるみたい』
–––––あっ。
–––––
「うわぁ!凄い美味しそうなケーキがたくさんあるわ!見てよリュウ!これ、とても美味しそうじゃない!?」
「ご主人様ぁ〜!こっちなんて素敵ですよぉ?」
ガラスのショーケースにパンドラとミシェルはべったりと張り付き、目をキラキラさせている。
やはり女の子はケーキやお菓子に目がないんだな。
「うーん、こんなに沢山あったらどれ買うか迷うわねっ!」
おいおい、はやく買えよ………。
「それでは、行きましょうか」
「あ、カルシェさん。これ、良かったらどうぞ」
そう言って、さっきタルトと一緒に買ったシュークリームを一つカルシェに渡した。
「え!?よろしいのですか!?」
「えぇ、もちろんですよ。先ほどから、これを熱心に見つめていらしたでしょ?」
「あ、いや、そんなつもりではなく!!………では、お言葉に甘えて」
『リュウ、後ろ見て!パンドラの顔、めっちゃ面白いよ!!』
お前は少し黙ってろ……。
パンドラとミシェルにも買ってやるか–––––。
–––––
「到着いたしました」
馬車が止まり、カルシェがドアを開けてくれた。
馬車から降りると、巨大な屋敷が俺たちの目に飛び込んできた。
「うひゃー、デッカいなぁ……!」
「ほんと、凄いわ……」
「そうですかぁ?ギルド会館よりは小さいですよぉ?」
「いや、それと比べてどうするのよ………」
これが家ってマジか……家の中で迷子になる自信があるぞ!
大きな噴水や綺麗な花、青々と茂る芝。
これが貴族の家か……。
『いらっしゃいませ!ようこそおいでくださいました!!』
これまたデカイ門をくぐると、たくさんの使用人達が整列し、大きな声で挨拶をしてきた。
中には、蒼い鎧を着た騎士の姿も見える。
「ようこそおいで下されました。私、ファーレンガルド公爵家の執事長を務めさせて頂いております《ジェームズ・ネイル》です。ささ、こちらへ。エリノアお嬢様がお待ちです」
ジェームズに案内され館に入ると、それはもう豪華な景色が広がっていた。
天井には金の輝きを放つシャンデリアが、床にはゴージャスな赤いカーペットや絨毯が。
廊下にはドアが沢山あり、おびただしい程の部屋の数があることが分かる。
しばらく歩くと、ジェームズは一つの大きな扉の前で立ち止まった。
「こちらです。ファーレンガルド公爵家当主、グリル公爵様がお待ちでございます」
うわぁ……マジかよ、いきなり偉い人とのご対面か……。
まぁ、当たり前だよな。挨拶はしておくべきだ。
扉をノックして開けると、イケメンお兄さんが椅子に座っていた。
エリノアと同じ髪色をしているところを見ると、この人が親父さんのグリルか。
「やぁ、よく来たね。君がうちの娘を救ってくれたリュウ君かい?」
「はい、お初にお目にかかります。リュウ・ルークと申します」」
貴族の作法なんて知らんぞ?!
とりあえず頭は深々と下げておく!誠心誠意で対応すれば問題無いはずだ!!
「先日は、どうもありがとう。おかげで娘は無事に帰ってこられたよ」
「いえいえ、そんな!俺がいなくても、彼女は無事だったと思いますよ!」
「フム、謙遜な態度は素晴らしいね。娘にも見習ってもらいたいよ」
はは……そりゃどうも……。
「今日はこれから、社交界を開催する予定なんだよ。良かったら君もどうだい?」
「え、ですが俺たちこんな格好ですし–––––」
「–––––それでは、みなさんこちらへどうぞ。衣装を準備なされてください」
そう言われてジェームズさんに半ば無理矢理に別室へ案内され、たくさんの服やドレスやスーツ、タキシードなどがある部屋にたどり着いた。
「お好きなものをお召しになられていただき、準備ができましたらお声掛けください」
ジェームズさんはそう言って、扉を閉めた。
「きゃあ〜!こんなにたくさんの綺麗な服やドレスは、見たことない!!」
「見て見て、パンドラちゃん!綺麗なドレスですぅ!」
「うわぁ!可愛い〜!」
うちの女性陣は綺麗なドレスを前に大はしゃぎだ。
『んー……。どのスーツがいいかなぁ?』
なんでお前が選んでんだよ!
てか、全部同じに見えるぞ……。
『はぁ……だからリュウはダメなんだよ……』
ナンダトコノヤロウ……。
お前だって俺なんだろうが!!
『どうせリュウには選べないだろ?ボクが選んでやるから、大人しくしてろって』
くそっ、確かにその通りだからムカつく!!
「ねぇねぇ、リュウ!これ、どう思う?」
「ん?あぁ、似合ってるんじゃねぇか?でも、それよりもこっちの方がパンドラに似合うと思うぞ?」
「……え?なんか……きもい」
「はぁ?! それはちょっと酷くないか?!」
「だって……今まで私にそんなこと言わなかったし……」
「えぇ〜?パンドラちゃん、言ってもらえなくて寂しかったのですかぁ?」
「そ、そんなわけないでしょ!!」
いいからはやく決めろよぉ〜……。
–––––
「お待ちしておりました。準備はもうよろしいでしょうか?」
「はい、お待たせしました」
「いえいえ。では、こちらへ」
ジェームズに案内され、館の中を歩いた。
しばらく歩いて、これまた広い場所に出た。
「ここがパーティー会場でございます。あちらでエリノアお嬢様がお待ちです」
会場には、たくさんの人がいた。格好からして、他の貴族たちだろう。
警備なのか、蒼天の騎士団の姿もある。
「やぁ、よく来てくれたな。また会えて嬉しいよ」
………美しい。
燃えるような赤いドレスに映えるような空色の髪。
その姿は見る者を魅了する、まさに端麗。
「ん?おい、どうかしたのか?」
おっと、いかん!
あんまり見惚れてると、パンドラが不機嫌になってしまう。
「今回のパーティーに参加してくれてありがとう。これは君への礼だから、思う存分に楽しんでほしい」
「いや、まぁ招待してくれたのは嬉しいんだが……。俺らがここにいて本当に良いのか?」
「もちろんだ!この機会に、貴族たちと交流を持っておいた方が良いとお父様が言っていたからな!」
いや、別にに貴族と交流なんていらないんだが……。
(む〜…。悔しいけど、敵わないわ……)
「パンドラちゃん。胸の大きさで負けたからって、気にすることはありませんよぉ?」
「なっ?! 余計なお世話よ!!」
おいおい、こんなとこで喧嘩しないでくれよぉ。
「え〜と…。パンドラに、ミシェルだったか?2人とも、凄くドレスが似合ってるな!はぁ〜♡可愛いなぁ♡」
「え、そう?ほんとに?」
「ありがとうですぅ!エリノアちゃんも、とっても可愛いですよぉ〜!」
–––––
『すっかり暗くなったねぇ〜』
時間はあっという間に過ぎ、あたりはだんだんと暗くなってきた。
『楽しい時間は、あっという間に過ぎるんだね〜…』
俺はかなりハラハラしたけどな!!
ミシェルが見知らぬ貴族に話しかけたり、貴族のガキの挑発をパンドラが買ったり!!
見てるだけで寿命が縮んだわ!!
あれ?てか、パンドラたちは?
「あの〜……」
なんてことしてると、見知らぬ貴族の令嬢に話しかけられた。
「もしよろしければ、この後のダンス、一緒に踊っていただけませんか?」
え?ダンス?
『おい、リュート。お前、ダンスって踊れるか?』
『んー、ほとんど忘れちゃったかな☆』
俺も無理だ、ダンスは踊れないぞ!
「ちょっと!抜け駆けはズルいわよ!私がこの人と踊るの!」
その後ろから、他のお嬢様が詰め寄ってきた。
「いいえ!私が踊るの!」
さらに、その後ろからも。
「私が踊ります!」
「何言ってるの!私の方が相応しいわ!」
「私の方が上手に踊れます!」
おいおい、なんだよこの状況っ?!
リュート、なんとかしてくれっ!!
『まぁ公爵家の御令嬢に直々に招待された身分ってだけで目立つからね〜。きっぱり断った方が良いよ?』
「リュウ様!私と踊っていただけますよね!?」
「いいえ、私と!!」
「あーっと、すみません! エリノアお嬢様に飲み物を取ってくるように言われておりまして! 失礼しますーーっ!!」
こういう時は逃げるが勝ちなのだっ!!
それにしてもパンドラたち、どこに行ったんだ?
迷子になってなきゃいいが……。
♪〜♬〜♩〜♫〜♬〜♩
お、ダンスが始まったみたいだな。
また誰かに捕まらないうちに、外に逃げるとするか。
俺はそう思い、出口の方へと足を運んでいた。
その時にふと、視界の端になにやら人だかりが見えた。
「……なんだ?」
俺は気になって、その人だかりに近づいた。
人だかりの中心では見知らぬ貴族の令嬢と坊ちゃんと、見知った顔のお嬢様が口論していた。
見知った顔もなにも、パンドラだ。
その後ろには、ミシェルとエリノアの姿も見える。
「おいおい、どうしたんだ?」
「リュウ!もう、どこに行ってたのよ!探したのよ!」
え?
もしかして、俺が迷子だった?
「誰だ君は!?僕はこのお嬢さんに用があるんだ!部外者は下がっていて欲しいね!!」
なんだと〜?このガキゃぁぁぁぁ!
「リュウ、君がいない間にダンスの時間が始まってしまった。それで貴族のご令嬢やご子息が相手を探している」
「そういうことか……。それで、なぜパンドラが?」
「君は何を言ってるんだ?こんなに可愛い子が、誘われないわけないだろう?」
見た目はそうだが、中身は凶暴だぜ?
うん、見た目は可愛いが……。
「さぁ、僕と一緒に踊っていただけませんか?あなたにとっても、こんなに光栄なことはないでしょう?」
「嫌よ!近寄らないでくれる!?」
「ご主人様ぁ〜!なんとかしてくださいよぉ〜!」
無茶言うなよ!
「あぁ〜、ちょっとすみません! この子たちは俺の連れでして!」
「な、なんだ君は!平民風情が、僕の邪魔しないでく–––––」
俺はお坊ちゃんの胸ぐらを勢いよく掴み、冷たく言い放った。
「俺の連れに手ぇ出すってんなら……それなりの覚悟を決めてもらうぜ?」
「ヒッ……!」
こんな奴と街で会ったら間違いなく殺してるな。
「大丈夫か?あんなクソみたいな奴もいるんだなぁ……」
「……うん、ありがと………」
「ん?なんで顔真っ赤にしてんだ?熱でもあんのか?」
「なっ!?ちょ、やめてよ!」
「うおっ!めちゃくちゃ熱いぞ!?まじで大丈夫か!?」
「〜〜///!!だ、大丈夫だから離れなさいよ!!」
ほ、本当に大丈夫だろうか……。
まぁ、元気そうだし、大丈夫だとは思うが……。
(ふぅ……どこまで鈍感さんなんでしょうかねぇ)
ミシェルはそのやりとりを見て、溜め息をついた。
「あー!見つけましたわ〜!リュウ様!私と踊っていただけません!?」
ゲッ!まだ諦めてなかったのかよ……。
どうすっかなぁ〜、逃げるか?
「ダメよ!私と踊るんですのよ!」
「何言ってるの!?私とに決まってるじゃない!!」
「いいえ私と–––––」
「–––––悪いが!彼はもう私と踊る約束をしている。そういうことだ、諦めてくれ」
え、そうだったけ?
エリノアとそんな約束した覚えないんだが。
「さぁ、踊ってくれるな?」
「あ、あぁ。……けど俺は踊れないぞ?」
踊り方なんてわかんないんだがなぁ……。
「心配するな。私がリードするから、君は私に合わせてくれるだけでいい」
「そ、そうか?なら、頼むよ……」
エリノアは俺の手を取り、軽やかなスッテプを刻み出した。
それだけじゃない。
常に俺が動きやすいような絶妙な立ち位置をキープしている。
きゃー///!さすがエリノアお嬢様よ!抱いて!!!
……うおっほん!さすがはお嬢様だ。ダンスも上手い、剣の才能もある。
それでいて、容姿端麗ときたもんだ。
もしかしてエリノアは、完璧お嬢様か?
「流石だなぁ〜……。ダンスの才能もあるんじゃないのか?」
「なぁに、簡単なことだ。剣技もダンスも、似たようなところがあるしな」
そうなのか?
でも、言われてみると確かにそんな感じもする……。
「私たちはこっちで待ってましょうかぁ〜♪」
「はぁ、そうね……」
–––––
「はぁ……はぁ……。つ、疲れた……」
「フッ、なかなかやるじゃないか」
「2人とも、見事な踊りだったのですよぉ〜!」
「ほんっとバカね!そんなに汗だくになって、どうするのよ!」
うわっ、夢中になりすぎたな!
「しゃあねぇ、着替えてくるよ」
「む?なら私も着替えるとしよう。そうだ!着替えるなら、冒険者装備で来てくれないか?」
「ん?そりゃまたなんでだ?」
「決まっているだろう!君と私の剣、どちらが強いか決めるんだ!」
いきなりだな、おい!!?
「–––––まぁ、いいぜ?俺もちょうど知りたかったしな。戦姫様の実力ってやつ」
「フンッ!そんな口を聞けるのも、今の内だぞ?」
2人の目つきは、勝負と聞いた瞬間から変わった。
その目は鋭く、剣士の目だった–––––。




