第12話「出会い」
「–––––ん? ここだけやけに広いのに何も無いんだな」
パンドラとミシェルが選んでいる間、少しでもこの世界の物を知るためにガルの店を散策していた。
この場所の壁には大きめのガラスでできたショーケースのような物がいくつか並んでいた。
「この場所は近々、冒険者用のペットを売る場所にしようと思ってな」
俺が眺めていると、後ろからガルがそう教えてくれた。
「冒険者用の、ですか? もしかして魔物とか?」
「いやなに、そんな物騒な類のじゃなくてだな……。《テイマー》って職業の冒険者たちが使役する魔獣だ。野生の魔獣と契約するのは結構難しいから、こういう場所で揃えるやつもいるんだよ」
そう言ってガルは奥の倉庫から卵の入った箱を見せてくれた。
「へぇ〜、いろんな大きさの卵に変わった形のまで……」
「どうだ、坊主も一つ買ってみるか?」
「あ、いや! 俺はテイマーじゃないんで……」
せっかく持ってきてくれたのに悪いが、そんな軽々しく育てることなんてできない……。
「ガハハ! これも商売なんでな、悪かったよ」
商売上手な虎め……。
「あ! やっと見つけたわよ!」
俺たちがそんなことをしていると、パンドラがこちらにズカズカと歩いてきた。
「レディの買い物に付き合うのも、紳士の嗜みってやつよ! ほら、行きましょ!」
「お前がレディ? 冗談きついぜ–––––いてっ!!」
俺はパンドラに手を引かれて、試着室へと連行された。
–––––
「見て、リュウ!!どう?カッコいいでしょ!!」
部屋から出てきたパンドラの姿は、ところどころ肌の露出した黒い鎧に、腰にはネクロスギアを装備している。
どこから見ても冒険者だ。
「あぁ、とっても似合ってるよ。素敵だ」
「な、なによ!!そんなこと言われても、なんとも思わないんだから!!お世辞なんていらないわ!!」
俺がそう言うと、パンドラは顔を耳まで真っ赤に染めた。
別にお世辞じゃないんだがな……。
「じゃーん!!どうですか、ご主人様ぁ〜?似合ってますかぁ?」
次に出てきたのはミシェルだ。
白いローブに身を包み、白く長い髪をポニーテールにした可愛らしい冒険者。
「おぉ、めっちゃ可愛いぞ!やっぱり似合ってんなぁ」
「ありがとうございますぅ!ほらぁ〜、パンドラちゃんよりも私の方がずっと可愛いみたいですよぉ〜?」
「な!?そ、そんなことないわよ!!ね!?そうよね、リュウ!!」
「んなことでいちいち争うなよ……。心配しなくても、どっちも可愛いぞ?」
ミシェルはすぐにパンドラと張り合うなぁ。
「おうおう、よく似合ってんじゃねぇか!それじゃ、装備はこれでいいんだな?」
「はい、ありがとうございます。おかげでいい装備が手に入りました」
俺は料金を払い、ガルの店を出た。
ガルはわざわざ、入り口まで俺たちを見送ってくれた。
「ガハハハハ!!それじゃ、また来てくれよな!」
–––––
「それじゃあ、さっそくギルドに行って《依頼を受けてみろ!」
ギルは冒険者初心者の俺たちに、色々とアドバイスしてくれるようだ。
RPGゲームでも、こういうイベントがあったなぁ。
ギルドに着いた俺たちは、手頃なクエストを見て回った。
クエストは紙に書かれていて、掲示板に貼り付けられている。
俺たちは《冒険者ランク F》なので、基本はFランクのクエストしか受けられない。
Fランクのクエストをクリアしていくことで、次のランクへ進めるというわけだ。
クエストの種類は主に、7種類。
・《採集クエスト》
・《狩猟クエスト》
・《討伐クエスト》
・《護衛クエスト》
・《運搬クエスト》
・《特別クエスト》
・《昇格クエスト》
昇格クエストは、そのランク帯の決められた数をクリアすると受けることができるらしい。
「Fランクのクエストは、だいたい採集クエストばかりだなぁ〜。面倒くさそうだな……」
「最初は、だいたいそんなもんだ。数をこなしていけば、あっという間に次のランクだ。それまで頑張りな」
まぁ、こんなもんなんだろうなぁ。
「こういう採集クエストもぉ、受けて欲しいって人がいると思うのですよぉ〜? 採集クエストのクリアに必要なものを覚えておけばぁ、他のクエストのついでに回収できるのですよぉ♪」
たしかに、ミシェルの言う通りだな。
メインにするのは面倒だが、ついでにクリアするなら数も簡単にこなせるはず。
「あ!討伐クエストがあるわよ!でも、ただの雑魚狩りね」
「最初はこういうのをクリアしていって、ランクをどんどん上げていこう。ついでに薬草とかも回収しておこうな」
俺たちはクエストカウンターに紙を持って行き、クエストを受けた。
内容は、『森で増えすぎた魔物の討伐』だ。
「それでは、頑張ってきてくださいね!」
受付嬢の獣耳っ子に見送られ、ギルドを出た。
「なにデレデレしてんのよ!」
「イテッ!別にしてないだろ!」
受付嬢に手を振っていたら、パンドラに殴られた。
–––––
俺たちはまず最初に、街で馬を買うことにした。
あまり大きな馬には乗れないが、それでも移動手段にはなるだろう。
「おう、いらっしゃい!」
店の中に入ると、マッチョな男が声をかけてきた。
「小さめの馬を三頭ほどお願いします」
「毎度!あそこから、好きなのを選んでくれ!」
男が指さした方向を見ると、たくさんの馬が柵の中にいた。
かなり広い、たくさんの馬が不自由無く動き回れるくらいのスペースがある。
「んー……いい馬の見分け方なんてわからないなぁ〜」
どれも同じに見える……。
黒い馬に茶色の馬、白い馬くらいしか見分けがつかない。
「そういう時は、直感でいいんだよ。こいつがいいって思える馬が、一番自分にあった馬だったってことが多いからな」
ギルは馬と戯れながら、俺にアドバイスをくれた。
「私はこの子にするわ!白い毛並みが綺麗だから!」
パンドラが選んだのは、スラッとした白馬だ。
黒一色のパンドラに良く似合っている。
「それじゃぁ〜、私はこの子にしますぅ〜」
ミシェルは体格のいい、茶色の馬を選んだ。
乗れるのだろうか?
俺はどうしようか……。
こんな時は、龍眼を使おう!
もしかしたら、魔力量の多い馬が良いのかも知れない!
俺は龍眼を開眼し、馬を見て回った。
最近試してわかったことだが、龍眼を開眼した時に出る光は、抑えることができるようだ。
龍眼はかなりの量の魔力を使い続けることで、その力を発揮する。
その時に使った魔力が、光を放つ。
だが、それは龍眼を最大限使用した時だ。
龍眼は多くの能力を持つ。
それらを同時に使用することで、かなりの魔力を消費してしまう。
なら、能力を絞ればどうか。
結果、魔力の消費量が減り、光を放つことはなくなる。
もちろんその分、龍眼の機能も落ちるが。
これにより、普段から龍眼を開眼しても、目が光ることはないというわけだ。
俺はパンドラとミシェルが選んだ馬と、他の馬の魔力量を見比べた。
俺の思った通り、2人の馬の魔力量の方が多い。
「よし、この馬にするよ」
俺は残りの馬の中から、一番魔力量の多い馬を選んだ。
他の馬よりも小柄な黒い馬だが、元気いっぱいだ。
「その馬はまだ子供だな。移動手段としては十分だが……。本当にその馬でいいのか?」
「俺にはこのくらいのサイズがちょうど良いんですよ……」
店主に代金を支払い、森へ出発した。
城下町の北門を抜けた先にある街道から、さらに逸れた森を目指して俺たちは草原へと出た。
まずは馬に乗る練習からだな、パンドラとミシェルは乗ったことがあるのだろうか。
すっかり乗りこなしてしまっている。
「よーし!それじゃ、誰が一番に森に着くか競争しましょ!」
「えぇ〜?負けても泣かないでくださいよぉ?」
「泣かないわよ!!さぁ、行くわよ〜!」
パンドラとミシェルはすっかり興奮してしまったようで、草原を駆け回っている。
馬たちも良く懐いてくれたようで、嫌がる様子はなさそうだ。
「あ、おい!待ってくれよ!!」
「ハハハ!元気いっぱいだな!!」
うひゃー!
風が凄く気持ちいいな!
ってあれ?
みんなめちゃくちゃ速いな!
ちょ、待って!置いてかないでくれー!
「俺まだ初心者なんですけど–––––っ?!」
–––––
「やったぁ、一番ですよぉ〜!」
「あーん、もう!負けちゃったわ……」
パンドラとミシェルは森の中心部あたりまであっという間に入ってしまった。
その後ろをギルが追いかけてくる。
「うん、ここら辺でいいんじゃないか?さっそく目標の魔物を探すとしよう」
ギルドの情報によると、このあたりが魔物の発生地らしく被害報告が相次いでいる。
「あれ?ご主人様、遅いですねぇ〜。道に迷ってしまったのですかねぇ?」
ミシェルは辺りを見回しながら言った。
さっきまでいたはずのリュウの姿が、どこにも見えない。
「え!?どこ行ったのよ、あのバカ!」
置いていったのはパンドラ達なのだが。
「魔物に喰われてなきゃいいが」
ギルは気づいていたのだが、すぐに後を追いかけてくるだろうと思いそのままパンドラ達を追いかけて来た。
ギルは知らない、リュウが半端では無いほどの方向音痴なのだという事を。
「真顔でなんてこと言うのよ!!はやく探しましょ!!」
パンドラの頭には、嫌な考えばかりが浮かぶ。
(もしかして、闇の龍神の手先が……)
考えたくないことばかりを考えてしまう。
パンドラはすぐに馬を走らせ、来た道を戻った。
(ご主人様なら大丈夫だと思うんですけどねぇ……)
ミシェルとギルも、パンドラに続き馬を走らせる–––––。
–––––
「–––––エリノアお嬢様! 私どもに構わずお逃げくださいっ!!」
グランヴェール王国近郊の森の中、そこには大勢の武装した賊に囲まれる騎士たちの姿があった。
「ならぬっ!私は蒼天の騎士団副団長にして、グランヴェール王国の戦姫だっ!! これ以上、この国での違法な奴隷取引はさせないっ!!」
怪我を負った騎士たちを庇うようにして戦う少女–––––戦姫エリノアは、何重にも迫る武器や魔法の攻撃を全て受け切り戦線をかろうじて維持していた。
–––––蒼天の騎士団。
それはグランヴェール王国が誇る騎士団の名で、小国でありながらもグランヴェールが他国と対等な貿易をすることができる要でもある。
蒼白い鎧に身を包み、秩序に重きを置く彼らは国民からも厚い信頼を得ている。
そして騎士一人一人の高い能力、優れた指揮下のもとに構成された騎士団は他国とも十分渡り合えるほどの戦力である。
しかしながら、そんな騎士団の小隊と戦姫が今回は苦戦を強いられている。
その理由は–––––。
「–––––ガハハハハハッ! いくら戦姫様と言えども、この【魔導鎧】の前じゃ無力ってもんだッッ!!!」
50を超える盗賊たちに襲われ、その中の十数人が装備している魔導鎧と呼ばれる物に原因があった。
「羨ましいだろ? お前らゴミみてぇな騎士様が日々鍛錬して得た力以上の力を、コイツを着れば軽く超えちまうんだからなぁ?」
「ゲスがっ–––––ぐあぁっ!!」
斬りかかった騎士たちは投げ飛ばされ、斬られ、踏みつけられ。
盗賊たちに次々とやられてしまっていた。
「この結界の中じゃ、お得意の精霊様も呼び出せねぇ! 手足の腱を切ってから、たーっぷり可愛がってやっからよぉ?!」
「くそっ!–––––風よッ! 我が剣となって敵を穿てッ! 『ウィンド・ブラスト』ッッ!!」
透き通るような空色のポニーテールを激しく揺らす程の魔力を込め、エリノアは渾身の聖級風魔法『ウィンド・ブラスト』を盗賊たちに向けて放つ–––––。
本来ならば魔導士数人で詠唱する必要のある聖級魔法。
それをたった一人で、さらには詠唱短縮で放つことのできる彼女の才能は、最年少で戦姫になったことを十分に証明する。
「–––––ぐあァァァァッッ!!?」
エリノアが放った魔法は凄まじい威力で地を抉りながら、盗賊団の半数以上を吹き飛ばした。
「–––––っくそ!! やはり魔導鎧には効果が薄いかっ!!」
しかしながら、魔導鎧を着た盗賊は一人も倒せていなかった。
「ははっ! コイツはスゲェ!! あんな威力の魔法を受けてもピンピンしてらぁ!!」
「兄貴ッ! さっさと他の騎士どもをぶっ殺して、俺らにも楽しませてくださいよッ!!」
下卑た笑みを浮かべながら、盗賊たちが一歩また一歩とエリノアたちに近づいて行く。
–––––魔導鎧か、噂には聞いていたが……。
200年前の大戦で使われた古代兵器の複製品。
異世界から召喚された人間達が、こぞって強力な兵器などを作り続けているとか……。
「まったく、嫌になる……。精霊魔法さえ使えれば貴様らのその鎧も、簡単に貫くことができるのにな……」
–––––精霊さえ呼ぶことができれば。
逆に言えば精霊抜きの自分なんて、所詮はこの程度の賊にすら勝てない。
そんな自分に嫌気がさすが、今はそんな事を考えている場合ではないとエリノアは頭を横に振り考えを消す。
「大精霊……か。確かにアレならこの鎧も意味無いだろうが、残念だったなぁ? そこら辺はちゃんと対策済みだぜ? わざわざ精霊阻害の結界まで張って誘き寄せた甲斐があったってもんよ!」
それに–––––と男が呟きながら視線で横を見せると、騎士の数名が羽交締めにされ、人質になってしまっていた。
「悪いが念には念を、なッ! それ以上抵抗すれば、その騎士たちの首がスパッと吹っ飛ぶぜ? 大人しくしてりゃ気持ちよ〜くしてやるからよ?」
「え、エリノア様っ! 不甲斐ない我々など捨て置いて、早くお逃げくださいっ!!」
どこまでも卑劣な盗賊達に、エリノアは血が流れるほど唇を噛み締める。
騎士として逃げることも許せず、ましてや仲間を見殺しにすることなどできるはずもない。
エリノアが覚悟を決めて剣を捨てようとした、その時だった–––––。
「–––––あれ? パンドラ達じゃなかったなぁ」
一つ結びの青い長髪に赤い瞳を揺らす少年が、小さな馬に乗って現れた。
「まいったなぁ〜、俺ってやっぱ方向音痴なのかぁ?–––––まぁでも」
おどけたように頭をワシワシと掻いたあと、少年は不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「–––––憂さ晴らしにはちょうどいいな……」
その言葉の直後、なんの前触れも無く魔方陣が少年の突き出した右腕から浮かび上がり、周囲を荒々しくも冷たい殺気が吹き抜ける。
「なんだテメェ–––––っ」
盗賊の一人がそう叫んだと同時に、その声は突如として発生した雷鳴により虚しくも掻き消された。
「なんだ今のッ?! ガキテメェ何しやがったッ!!」
「–––––黙れ。『紫電』」
少年の放った雷撃は目にも止まらぬ速さで盗賊の眉間、心臓を貫いていく。
「あ、悪魔だッ!!逃げ–––––ッ」
「助け–––––」
「クソッ! いい加減に–––––ッ」
逃げ惑う者、命を乞う者、反撃を試みる者、その全てが。
赤い光の尾を引く瞳の少年–––––リュウの魔法により無慈悲に命を刈り取られていく。
ただなんと言うこともない、本当になんと言うこともない八つ当たりに過ぎないのだ。
クム村でのバハムートとの戦いの後から、リュウの心には失われてしまった物がある。
それと同時に、常に自身への怒りの炎が身を焦がしていた。
その怒りの矛先が、道に迷いたまたま辿り着いた先で出会った見るからに悪事を働いているであろう盗賊達に向けられたのであった。
「–––––お前らみたいな奴はさぁ」
リュウは知っている、かつて光の龍神 ミラがその命と引き換えにこの世界を救ったことを。
故に思う。
「–––––いらねぇんだよ、あいつが守ったこの世界に」
相応しくない、と。
「まぁ、一人か二人は残しておくか。見たところ話に聞いてた騎士団みたいだし、証拠とか事情聴取とかあるかも」
リュウは盗賊の着ていた魔導鎧を簡単に貫き、両足を使えなくしてしまった。
その様子を騎士達はただただ祈りながら眺めるしかなかった。
どうかこの理不尽が自分達に向けられませんように、と。
ただ一人を除いて。
「き、君! 今のはなんだ?! 無詠唱かっ?!?」
エリノアは紫紺の瞳をキラキラと輝かせながら、馬を降りて歩いてくるリュウに駆け寄った。
リュウはそれを心底うざったそうに手であしらっている。
「なんで騎士団に子供が? あぁ、最年少の戦姫ってのは……」
「なにを言ってる、君の方が子供じゃないか。私はもう12歳だ、子供に子供扱いされる覚えはないな」
そんなことよりも、とエリノアは言葉を続ける。
「さっきの魔法はいったいなんだっ?! 私の風魔法でもあの魔導鎧にはあまり効果が無かった……それをああも簡単に貫くなんて」
「……魔導鎧? あぁ、あの変な鎧か。何も被ってなかったから頭狙って、心臓部分は細く研ぎ澄ませた魔法で狙っただけだ」
呆気からんと言うリュウに、エリノアはただ目を丸くした。
エリノアの横を通り過ぎ、リュウは殺した盗賊団に視線を落としている。
それを見たエリノアはハッとしたように、他の騎士に指示を出し始める。
「すぐに怪我人の手当てを! ポーションには限りがある、できるだけ重症者から手当てを急げ!!」
その声に他の騎士達も慌てて、怪我人の手当てや被害状況の確認を進める。
この激しい戦闘による被害は重症者が多数発生したが、死者はかろうじていなかった。
さすがは騎士団と言うべきか、盗賊相手でも致命傷は避けることができたようだ。
「少しなら俺も持ってる、これも使え」
エリノアが怪我人の介抱をしていると、リュウは街で買っておいたポーションを差し出した。
「あ、ありがとう、今回の礼は必ずさせてくれっ!」
「別にいいよ、お前ら蒼天の騎士団だろ? 街でよく耳にしたぜ、良い奴らだってな」
リュウはギルドや街の人たちが蒼天の騎士団の話をしているのを通りがかりによく耳にしていた。
それ程までにこの騎士団が国民に信頼されているのだろう。
「それよりも、この盗賊達は何だったんだ? この国の姫様の命を狙うだなんて、大した奴らだな」
「私は公爵家の令嬢であって、別に姫じゃない。戦姫というものは、国の剣であって導くものでは無い」
受け取ったポーションを他の騎士に私ながらエリノアはそう言い、少し考えてから暗い表情で呟いた。
「……戦姫はその国の軍事力の大きな要でもあるからな。戦姫を殺せば国力を削ぐことができる、つまり他国からすれば–––––」
「–––––邪魔な存在、ってことか」
リュウの問いかけにエリノアは静かに頷き返し、転がっている盗賊の死体に目をやった。
「精霊阻害結界に魔導鎧……ここまで用意周到に私を殺す算段を整えて来たんだ。もしかすると、戦争の準備だって–––––いや、それはしばらく無いか」
「なぜそう思うか、聞いても良いか?」
そう問いかけられたエリノアは、苦笑いしながら言った。
「この前のクヌ村付近で起こった大災害を君も知ってるだろ? 各国では魔人族の侵略だの災害級の魔物の出現などと騒がれていてな。今は戦争どころでは無いんだよ」
おかげで少し助かったがな、と言葉を続けるエリノアに思わずリュウも苦笑いを浮かべた。
まさか自分が関係してる話が出るとは思わなかったようだ。
他にも色々聞きたいことがある、そうリュウが言おうとした時–––––。
「–––––リュウゥゥ!!!!」
「ご主人様ぁ〜!」
突如聞き慣れた声のする方を見ると、向こうから凄い勢いで馬が駆けて来ているのが見えた。
パンドラとミシェル、あとギルだ。
「もうっ! リュウあんた、こんなとこで何してるわけっ?! めちゃくちゃ探したんだから!」
「ごめんなさい、ご主人様ぁ……。私がはしゃぎ過ぎたせいで……」
横にいるエリノアや倒れている騎士や盗賊には目もくれず、パンドラとミシェルは馬を降りて駆け寄った。
「いやぁ、悪りぃな! 道に迷っちまった♪」
てへっと額に手を当てて笑う少年の顔は、先程までとは驚くほど見違えた表情だった。
どちらが本当のリュウなのか、まだ出会ったばかりのエリノアには見当もつかない。
「おぉ、リュウ! この倒れてる奴らはいったい–––––うおっ?! お前の隣にいるの、戦姫様じゃないか!」
遅れてやって来たギルだけが、ようやくまともな反応を示した。
「あ、ギルさん。さっき俺のこと気付いてたのに置いて行きましたよねぇ?」
ジトーっとした目でにじり寄って来るリュウに慌てて、ギルは話を逸らそうと必死で周りを見渡す。
「そ、そうだ! 騎士団の皆さんも、いつまでもこんなとこでじっとしてるわけにはいかないだろ? 俺が本部まで護衛するからよ! さぁ行こうぜ、エリノア嬢ちゃん!!」
「え、え? まぁ、確かに本部に戻って怪我人の治療と報告をしなければな……。悪いがお言葉に甘えて、ここは護衛をお願いしよう」
ギルの必死な表情に押されて承諾したエリノアは、他の騎士達に帰還の指示を出す。
パンドラとミシェルはやれやれと言った顔で、リュウはまだ文句を言いたそうにしているがギルはいそいそと馬に乗って気付かないようにしている。
「挨拶が遅れてすまない、私はエリノア・ファーレンガルド。此度の助力、本当に感謝する。ありがとう」
「あぁ、俺はリュウ・ルーク。また詳しい話は今度聞かせてくれ」
微笑みながらエリノアから差し出された手を握り返し、リュウも微笑みを返した。
その表情にエリノアは少し戸惑いつつも、咳払いをしてまた真剣な表情に戻る。
「この礼は後日必ず。それでは、また改めて連絡するよ」
「あぁ、気をつけてな」
「お前らだけでも今回の依頼は大丈夫だろ? また街で合流しようぜ!」
エリノアと後日会う約束を交わすと、彼女はギルと騎士団を連れて街道へと向かっていった。
皆を見送ったあと、リュウもパンドラとミシェルと共にギルドで受けた依頼へと向かう。
「もう!心配したのよ!」
「悪かったって、お前が置いて行ったのも悪いんだぞ? それより、はやくクエストクリアしようぜ?」
「さぁ〜!張り切って行きますよぉ〜!」
「おい、油断はするなよ!」
リュウ達は再び森の奥に入り、魔物の討伐へ向かった–––––。




