表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷中花  作者: 綴奏
99/165

眠らない夜 其ノ五

 

 わざと素手で戦っているのではなく、蔓を使えなくなった、もしくは上手く使えなくなったが故に、無謀な戦いを続けている。そうでもなければ、あのプライドの塊の荊棘迷宮が、格下の相手にここまで圧倒されることを許すはずがないのだ。

 ついに、完璧なカウンターを入れられたセカンドバレットは、鼻と口から血を噴き出しながら倒れ込む。目が合っただけで殺されると恐れられていた黒崎学園の第二位の面影は、もはやなかった。それでも、伊原ヒロは掴みかかった。這いつくばりながら、自分を打ち負かした男の足首に。

 その瞬間、ほぼ無傷の吸血鬼の怒鳴り声が響き渡る。

「いま笑ったの誰だ、おいっ! ふざけんじゃねーぞっ!」

 会場にいる全ての人間に聞こえたわけではないだろう。しかし、吸血鬼の耳には確かに複数人の人間が嘲笑っている声が聞こえたのだ。

「俺もこいつも、とんでもない奴かもしれねーよ!」

 伊原の手から逃れた赤月は、血走った眼を走らせて周りの人間を睨み付けている。


 赤時雨が紫煙乱舞にやられる光景をイベントのように楽しむ生徒。

 影野三日月が殺されるのを楽しげに見ていた人影。

 赤時雨と荊棘迷宮の決闘を見にきた学校中の人間。


 彼らは助けもしないで、ただ見ているだけの連中だ。そして、自分たちに危険が迫れば、狂ったように自己保身へと走る。そんな愚かな人間たちなのである。

「だけどなあ、誰かがやられてるとこ見て笑ってるような奴は……俺らと同類か、それ以上のクズだろーが!」

 赤月と目が合うと、ほとんどの人間が視線を逸らしたり俯いたりした。おまけにESP隊員にもそういう人間がいる。わかってはいたけれど、そんな現実を眼の当たりにした赤月時雨は、怒りに震えていた。

「……うるせーんだよ、お前」

 その声に振り向いた赤月の前には、紫色の痣と血で顔を染めた伊原ヒロがいた。そんな状態でありながら、既に拳を引いている。

「おい、これ以上は」

「俺の前で隙をみせやがって……いい度胸してんじゃねーかっ!」

 次の瞬間にはもう、吸血鬼は白目を剥いて絶していた。セカンドバレットの拳を食らった彼は、数メートル後ろにあった壁に後頭部を打ち付けてしまったのだ。

 伊原の拳を片手で受け止めた、までは良かった。しかし直後、彼の袖口から四本の蔓が突き出してきたのである。勢いを落とすことなく壁にまで運ばれたものだから、さすがの吸血鬼も打ち所が悪くダウンしたというわけだ。それに、蔓の威力だけで見るならば、彼の力は強くなっていた。パラパラと壁が崩れる音が響く場内で、伊原ヒロは自分の手を見つめながらこう呟いている。

「……くそが」

 そして、自分の血飛沫で一杯になった床にセカンドバレットも崩れ落ち、彼らの模擬戦は異様な静けさのなかで幕を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ