眠らない夜 其ノ四
ESP隊員が進み出てホイッスルを掲げる。
赤月がチラリとベンチにいる涼氷に視線を送ると、彼女は恋人の試合を観戦している女子の如く、可愛らしい笑顔で手を振ってきた。ただ、この場合は「さようなら」と言われている気がしてならない。
そして、ホイッスルが鳴り響くと、伊原ヒロは後方に飛んで距離を取る――はずだった。しかし、遠距離戦を得意とするはずのセカンドバレットは、拳を引いたまま赤月の方へと突っ込んできている。
――鈍い音と呻き声が響くなか、ひとりの少年はピカピカに磨かれた床を転がっていく。
「舐めてんのか……赤時雨!」
たった今吹き飛ばされた側の人間。その人物が口にする言葉とは、到底思えなかった。そう、相手を殴り飛ばしたのは赤月時雨の方だったのだ。
「え……は?」
赤月が困惑しているのも無理はない。殴ると同時に一気に蔓で攻撃を仕掛けてくるのかと思いきや、伊原は全くその様子をみせなかったのだ。不意を突かれたとはいえ、接近戦に慣れていないセカンドバレットの攻撃は、大したものではなかった。そこにすかさずカウンターを入れたというのに、そんなことを言われても困るだろう。
あの荊棘迷宮をいきなり赤時雨が殴り飛ばしたものだから、場内はザワザワと騒がしくなり始めている。
「手を抜いたら殺すって言ったよなぁ!」
無謀にも再び接近戦で赤月に挑んでくる茶髪の少年。その意図は不明だった。先程と違って赤月にも何発か入れたものの、結局は伊原が殴り飛ばされている。
「お前……何考えてんだよ?」
「……いいから黙って相手しろ」
その後も強靭な肉体を武器にする吸血鬼に、黒崎学園のセカンドバレットはカウンターを入れられ続けている。赤月自身が感じていたことではあったが、他校の生徒たちも、とある事実を疑い始めていた。
――レッドアイの模倣品を服用した副作用ではないか。