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氷中花  作者: 綴奏
96/165

眠らない夜 其ノ二

 

 ◆


「涼氷……頼みたいことが」

「ダメです」

「せめて最後まで聞けよ!」

 母親に叱りつけられたような表情になっている吸血鬼は、時の異能者の肩を揉み始めた。すると、彼女はマッサージを促すように、ベンチから生脚を伸ばす。すかさず、前に回り込んで、ふくらはぎを丁寧に揉み始める。いやはや、彼女の奴隷は必死だ。

「舐めてくれるのであれば、助けてあげてもいいですよ?」

「よ……よし、わかっだあっ!?」

 黒髪の後頭部は思いきり殴られて、競技場の床に、その反対側を打ち付けた。しかも二人分の攻撃なのだから、たまったものではない。これ程のコンビネーションをみせられるのは他でもない、青い火花を散らす避雷針姉妹だ。いくら仲が悪いとはいえ、同じ血が通った姉妹であることがわかる。

「赤月君、あまり格好悪いところをみせないで」

「しーくん、ヒールで踏んであげようか? 好きでしょ、こういうの」

 顔の眼の前にあるピンヒールの鋭さ。それに怖気づいた吸血鬼は、転がるようにして、その場から離れた。あの状態になったユリアは、何をするかわからないからだ。ちなみに男子生徒の間ではドMと噂されている避雷針先生ではあるが、赤月からすれば、そんなものは発情期のバカ共の妄想に過ぎない。美咲の一件で確信を持ったことではあるが、この姉妹は殺人レベルのドSに違いないのだ。

「君はヒールで踏まれるのが好きなのかー。なるほどなるほど」

 幸か不幸か、ヒールが大好きとみなされた吸血鬼が転がっていった先には、またまた美脚が待ち構えていた。聞き慣れない声に顔を上げた彼は、自分がちっぽけなことから逃げ出そうとしていることを思い知る。何故なら、初めて糸車椿を前にしたとき以上に、逃げ出したいと思っているのだから。

「ふ、副大佐?」

 黒崎学園どころの話ではない。いま彼が頭をぶつけた脚の持ち主は、ESP5の第二位――つまりは、すべての異能者の中で二番目に強いとされる人物だったのだ。真っ白な長髪の中に、一筋の青メッシュ。真っ青にマニキュアで塗られた小指の爪を弄りながら、ニコル・クリスタラは吸血鬼を眺めている。

 どうも今回はESP主催の合同強化合宿の責任者として、ここへ来ているようだ。しかし、こんなに近くにいるとは思っていなかった吸血鬼は、ほぼ土下座の姿勢で見上げている。

「それとも、ただ単に、ワタシみたいなOL風女子が好きなのかな?」

 能力測定時と同じく、白を基調としたタイトスカートのスーツ姿であることから、これが彼女の正装なのだろう。そうはいっても、ESPとしての正装ではなさそうだ。ESPの黒ベースの制服は軍服に近いのだから、それと真逆の色となれば、勝手に好きな服を着ていると判断して間違いない。

「ちょっと、うちの生徒を虐めないで」

 あろうことか、避雷針ユリアは、ESP5のセカンドバレットに棘々しい言葉を向けた。目上の人間に対する言葉遣いとは思えない。恐らくは、「しーくん」の顔に触れたのが気に食わなかったのだろう。さらには、小指の爪だけ、お洒落に青くしている辺りが、ユリアにとっては面白くないのかもしれない。

「うっわー……出たな巨乳女」

「C」と「G」の狭間で行き場を失っている吸血鬼は、恐怖と焦りで小さくなっている。その一方で、大人の女性二人は、小さな火花を散らせ始めた。どうもこの二人は馬が合わないらしい。


『ちょっと、止めなさいよ! アンタたちがやらせてるんでしょ!』


『あーもう、うるさいなあ。いざとなれば止めに入るって』


 糸車椿に殺されかけていた吸血鬼が耳にした会話。今にして思えば、あの時もかなり失礼な態度を取っている。おまけに、この時のことをユリアは想像以上に怒っているらしい。

「アンタたちはいつも動くのが遅いし、あえて危険な状況を作り出してる。――今回もまともな仕事しなかったら許さないわよ!」

 突然、罵声を浴びせるような大声を出した彼女は、青い光を帯び始めた。そのただならぬ様子に、競技場内は静まり返っている。同じ黒崎学園の教員は見て見ぬ振り。二人の間にいた赤月はといえば、情けのないことに尻を引きずるようにして、離れ始めているところだ。

「全く話にならないな。お前は教員として職務を遂行するだけでいい。――ワタシはお前になど興味はない」

 突然、副大佐の口調が変わったかと思いきや、恐ろしい程に冷たい声が聞こえてきた。

 静まり返った場内は、空気すらも凍ってしまったように思える。それでも、避雷針ユリアという一教師は、生徒を想う気持ちを曲げようとはしなかった。若干怖気づきながらも、彼女が口を開きかけた――その時。場内に刃物の音が響き渡る。


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