眠らない夜 其ノ一
夏休みに訪れた山よりもずっと北側。県を跨いだ大自然の中にある施設。そこへ向かう新幹線の中には、ババ抜きをしている吸血鬼たちの姿があった。
「椿さん……、なんかズルとかしてません?」
「ここまでババを引き当てるのも珍しい。むしろ誇りに思うべきだな」
美咲がババを引こうとも、椿のカードに手を伸ばすと、一周でそれが返ってくる。ここまで運が悪いと、本日の午後にはゴミ以下の埃カスにされかねない。
「この調子なら、模擬戦では私に当たるだろうね」
「それだけは避けたいんですけど」
クスクスと笑う茶髪の少女が、カードで口元を隠すように言った。
「その時は、救急箱を用意して待機しておくわ」
「救急車を呼ぶレベルだって……。てゆうか、美咲さんも他人事じゃないぜ?」
吸血鬼からカードを引いた美咲は、最後のペアをテーブルに投げ出した。
「何かあっても、赤月君が助けてくれるもの」
「いや、むしろ俺を助け……いっで!」
格好悪いセリフを恥ずかしげもなく口にした吸血鬼。天罰が下るように、彼を美咲の静電気が襲った。それに驚いた拍子に、赤月は最後の一枚のカードを床に落としている。薔薇の花を口にし、不敵な笑みを浮かべるジョーカー。それを糸で掴み取った黒崎学園のファーストバレットは、何を思ったのだろう。薔薇のジョーカーすらも射抜くようなその視線からは、冷酷さしか感じなかった。
「碧井ちゃーん、もう一回やろうよー」
「そちらも本気になったみたいですし、やりたくありません」
赤月たちの席から、かなり離れた場所にいる碧井涼氷。彼女はユリアと一緒に「スピード」をやっていたものの、今は座席から身を乗り出して後方を見ていた。ちなみに、涼氷がユリアの『時』を奪って、反則勝利を繰り返したものだから、大人のお姉さんは掌に電気を帯び始めている。きっと、手を重ね合わせた振りをして、静電気で妨害するつもりなのだろう。なんだかんだいって、この二人は、かなりの負けず嫌いらしい。
「今回は無理を言って連れてきたんだから、強化合宿生じゃない碧井ちゃんは、私と一緒に行動しないとダメだからね?」
迷惑そうな顔をしている青髪少女。その言動も酷いものだった。
「無理矢理連れてきておいて、そこまで拘束するなんて信じられませんね」
黒い布を頭から被ったジョーカーのカード。それを脅すように見せつけながら、ユリアは仰け反る涼氷に迫る。そして、満面の笑みでこう言うのだった。
「お部屋も私と一緒だから、よろしくねん」
「――え」
心底嫌なのか、急に青ざめた碧井涼氷は、助けを求めるように座席から顔を出した。しかし、彼女と目が合ったのは吸血鬼ではなく、伊原ヒロだ。ヘッドフォンで耳を塞ぎ、四人掛けの一区画をひとりで占領している彼は、特に気にも留めない様子で視線を逸らしている。
「避雷針先生」
「うん? もう一回やる?」
気合十分に腕捲りをし始めた大の大人。そんな人物を冷たい目で見つめる少女は言った。
「他校の生徒は、どれくらい来るのですか?」
せっかくカードを切って待っていたというのに、期待外れの返事が返ってきたユリアは、拗ねた顔をしている。
「各校上位五名ってところかな。うちの学校からは上位十名、プラス、しーくんだから、黒崎学園同士の模擬戦もあるわねー」
「どちらにしても、血塗れの怪我人が出ることは間違いなさそうですね」
恐らくは、荊棘迷宮の餌食になる生徒のことを言っているのだろう。一度は勝利した赤月時雨だって、次は勝てないに決まっている。守るべき者がいない、つまりは自分の身を守ることにしかならない模擬戦ならば、尚更だ。
「そうはならないと思うなー。伊原くんも変わろうとしてるみたいだし」
謎の黒布が現れた際、伊原ヒロの意図は不明だが、ユリアと忍、そして、時の異能者も彼に助けられる結果となった。おまけに大怪我を負ってまで蛇の少女を庇っているのだ。確かに、赤月を実験道具のように扱い、ついには暴走した彼とは大違いだった。
「――結果的に私を助ける形になったとはいえ、安直な考えでは?」
「力のある者は自身の危うさを認識する必要があるの。彼のようなタイプは特にね」
伊原と目が合ったのか、ユリアは笑顔で手を振り始めた。しかし、その直後、不満そうな顔をして停止したため、彼女を見ているだけで無視されたのだとわかる。
「しーくんに敗北してショックを受けたっていうよりも……なんていうのかな。多分、迷ってると思う。自分がこれからどういう道を進んで行くべきか――ってね」
「なんだか赤月くんのことすら怖がっている教師陣とは大違いですね。セカンドバレットがあなたのクラスになった理由が、なんとなくわかった気がします」
まさか、碧井涼氷が自分を認めるような発言をすると思っていなかったらしく、ユリアは嬉しそうな顔をして、トランプを片付け始めた。
「去年も私が担任だったからね。……さ、そろそろ着くわよー!」
思わず「しーくーん!」と声を上げて吸血鬼の席へ向かいそうになった教師を、必死に涼氷が止める。新幹線に乗ってトランプで遊んでいたものだから、公私の区別が鈍っているのだろう。そのやり取りを横目に、赤月が荷物を下ろし始めたとき、新幹線は速度を落とし始めた。
――これから、ESPの施設にて、合同強化合宿が始まるのだ。