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氷中花  作者: 綴奏
92/165

誰がために 其ノ七



 ◆


「……ん」

 朝日が差し込む赤月時雨の部屋で、目を覚ましたのは茶髪の美少女だ。彼女は今、吸血鬼の腕の中にいる。焦ったように彼の腕から抜け出した美咲が身体を起こすと、朝に似つかわしくない音が響き渡った。

「……!」

「どこに行くつもり?」

 頬を手で押さえている美咲の前には、ラフな格好をした避雷針ユリアの姿があった。

「どうして……ここに」

「アンタはいつも質問に答えないわね。同じようなこと、しーくんに言われなかった?」

 そんななかで白眼を剥いている吸血鬼。溜め息交じりに足を進めたユリアは、ぺちぺちと彼の頬をはたき始めた。

「――――ユリア? なんでここにいんだ?」

「ごめんね、しーくん。うちのゴタゴタに巻き込んじゃって」

 わけもわからず目を見開いているのは赤月だけでなく、美咲もまた同じだった。そして、遠慮がちに部屋に入って来た夜宵が口を開く。

「二人とも、ごめんなさい。忘れ物を取りにきたら聞こえちゃったのよ」

 助け舟を出すように、ユリアが赤く腫れ上がった拳をみせながら言った。

「私が話すから、美咲は黙って聞いてなさい」


 ――避雷針姉妹。

 彼女たちの父親はESP隊員であったが、ユリアが七歳の頃、つまりは美咲がまだ母親のお腹の中にいた時に亡くなっている。彼女たちの母親に執拗に迫っていた父親の同僚がストーカーと化し、避雷針家の大黒柱の命を奪ったのだ。

 ここまでの話は既にユリアが赤月兄妹に語っている。

 しかし彼らでさえ、何故この姉妹の仲が良くないのかまでは知らなかった。

 そして、彼女たちもそれに触れることはなかった。


「やめてください」


 口を開きかけた姉に対して、妹から投げかけられた言葉。その堅い言葉選びからは、姉への敬意ではなく、軽蔑の感情が滲み出ていた。考えてみれば、この姉妹が会話をしているところなど聞いたことがない。

「赤月君には、私から本当のことを話します。もう――隠しようがないみたいだし」

 茶色の長い髪を払った避雷針美咲は、開き直ったように赤月時雨に向き直った。死んだような目をした美しき少女。彼女の唇だけが別の生き物のように動き始める。

「私が九歳の頃、姉は高校に進学すると同時に、突然一人暮らしを始めたのよ。私はこんな性格だから、避雷針家からは笑顔が失われていった」

 美咲の視線は姉への恨みの込もったものに変わり、目の前の吸血鬼すら今にも焼き殺してしまいそうな色を浮かべている。

「私がお腹にいる間からずっとお母さんの心を支えたのは、当時はまだ小学生のこの人だった。だから私は尊敬もしていたし、明るい性格にも憧れを抱いていたわ」

 ベッドの端に座り直した美咲は、タイトスカートから太股を大胆に覗かせながら足を組んだ。

「それなのに高校生になった途端、素行が悪くなったらしくて、学校から連絡が来る度にお母さんは悲しい顔をしてた。散々心配を掛けておきながら、一度だって顔をみせに来なかったし」

 もはや吸血鬼とも目を合わせなくなった彼女は、自分の足元に視線を落としている。

「一年前からお母さんの再婚の話が出ていたというのに、音沙汰なし。私が直接話したって、澄ました顔で――そう、なんて言ってるのよ」

「再婚って……ユリア、本当なの?」

 赤髪の吸血鬼は信じられないといった表情で、避雷針家の長女を見上げた。

「――うん、本当のことよ。まさかあんな若い男だとは思わなかったけどね」

 力の込められたユリアの拳。血が滲んでいるような色をしているそれを、赤月時雨は遠い眼をしながら見ていた。

「あの男と……会ったのか?」

「しーくんも少しは知ってるんだ? けど、あんな馬鹿な男と二度と会わないよう、出掛けてた母さんを連れ戻して、目の前でボコボコにしてやったわ。まさかこの年になって、母親の顔まで叩くことになるとは思わなかったけど」

 気怠そうに赤い手の甲を眺めるユリアに対し、妹の怒りの眼差しが突き刺さる。

「あなたは……あなたは自分が何をしたかわかってるの!?」

「それはこっちのセリフ。母さんの傍にいたくせに、あんたは一体何をしてたのよ」

 歯を食い縛り、青い光を帯び始めた美咲は爆発寸前だった。耳を塞ぎたくなるような音が彼女から鳴り響いている。

「おい――それは言い過ぎ」

 ――もう、避雷針美咲の表情は、正気を失っているようにしか見えない。そんな彼女を無表情で見つめる吸血鬼の前には、巨大な電塊を打ち消したユリアの姿があった。信じられないことに、美咲は今までみせたことのない表情で、赤月を睨みつけている。

「何が、言い過ぎなのよ?」

「美咲! アンタねえ!」

 次の瞬間、避雷針家の次女の腕から、電塊の鞭が伸びた。すかさず赤月を突き飛ばしたユリアが、それを腕に巻きつけるようにして止める。ベッドの上から転げ落ちて頭を打ちつけた吸血鬼は、ユリアがいなければ黒焦げになっていただろう。美咲より強力な電気を扱う彼女でさえ、呻き声を上げる程の威力。行き場を失くした美咲の感情が、そのまま青い電塊へと成り果てているのかもしれない。

「私が何を受け入れたか、もうわかってるんでしょう? 私のことを軽蔑しているんでしょう? ――――これ以上、私に……同情なんてしないでっ!」

 夜宵は腰を抜かし、頼みのユリアも美咲の激昂する感情に圧倒されてしまっている。その一方で、怒れるサードバレットは、さらに髪を逆立てて、青い火花を散らし始めた。

「しーくん……逃げて」


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