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氷中花  作者: 綴奏
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誰がために 其ノ二

 

 ◆


 待ち合わせ場所に赤月が選んだのは地元の最寄駅ではなく、そこから数駅離れたデートスポットだ。この辺りに住んでいる人間であれば、映画、といったら必ずここを最初に思い浮かべるだろう。ちなみにこれは夜宵のアドバイスであり、美咲とは会話が持ちそうにないから、現地集合。デートなのだから、雰囲気のある場所を、とのことだった。

 自分の頭で思い浮かばなかったとはいえ、妹と何回も訪れた場所。映画館の位置は把握している。ただし、夜宵と行ったことのある店以外は何も知らないのだから、まともなデートができるとは思えなかった。

「赤月君――」

 時計台に寄り掛かっていた吸血鬼は、囁くような少女の声を、確かに聞いた。

「急に呼び出してしまって、申し訳ないわ」

 本当に申し訳なさそうにしているというのに、赤月時雨からは気の利いた言葉が一言も出てこなかった。それどころか、固まって何の反応も示さないでいる。

 いや、しかし――男子高校生には刺激が強過ぎたのかもしれない。彼の眼に映る避雷針美咲は、高校生とは思えない色気を感じさせていたのだ。淡い水色のブラウスに白いタイトスカート姿。首からは大きめのアクセサリーをぶら下げている。さらには夜風に茶色の長髪が揺れているものだから、どちらかというと大学生のお姉さんだ。

 あまりにも大人っぽいため、ウィッグをつけたユリアだと思ってもおかしくはない。ただ――そのユリア並みに、そして不自然なほどに、彼女は厚化粧をしている。

「あら――やっぱり背伸びし過ぎたかしら、この服装」

 不満そうに顔を逸らした美咲からは、少しだけ女子高生らしさを感じた。

「いやいやいや、メッチャいい! すっげー似合ってる!」

 やっと再起動した吸血鬼は、思い出したかのように自分のシャツに視線を落とした。そして、雰囲気をぶち壊す発言をしてみせる。

「それに比べて――。夜宵がこれ着てけって言ったんだけど……やっぱ変じゃないか?」

「格好良くキマってるのに、それを言ってはダメよ」

「あー……そういや、言うなって言われてたわ」

 ……くすっ、と、品のある小さな笑いが弾けた。少しばかり呆れた顔をしていた美咲ではあったが、ここまでストレートな馬鹿を見せつけられては堪えられなかったらしい。服装を笑われたのかと思って挙動不審な動きをし始めた赤月が、ますます彼女の笑いを誘う。

 紺色の細身のシャツに、黒のスキニ―を合せた吸血鬼。

 初めはTシャツに短パン、サンダルという格好で出掛けようとしていた彼は、妹の飛び蹴りを食らっている。そのまま引きずられるように部屋に連れていかれ、乱暴に脱がされ、挙句、今の装備品を叩きつけられたというわけだ。

「……笑い過ぎじゃねーか?」

 お腹を抱えるように涙を浮かべている茶髪の美女は言う。

「変なこと言うからよ。それと――悪い吸血鬼さんみたいで、すごく格好良いわ」

 このクソ暑いなかで、短パンを履かせなかった妹に復讐を考えていた赤月であったが、掌を返したように心の中で褒め始めた。そんなこんなで、久し振りに顔を合わせた二人のぎこちない雰囲気は徐々に薄れていく。そして、映画館にてチケットを購入。その数分後、席に着いた赤月時雨は無表情になった。

 ――孤独な吸血鬼と、彼を愛した人間の美女との切ない物語。

 内容もさることながら、彼が心配していたのは変なシーンが入っていないか、ということだ。この手のラブストーリーともなれば、ベッドシーンは当然あるだろう。そうではなく、映画好きの蛇の少女が口にしていた「変態吸血鬼」に該当するシーンがないか……という点が問題だった。そんなことを知るはずもない避雷針美咲はご機嫌で、赤月が持つポップコーンに手を伸ばしている。

 それにしても、Lサイズを買ったものだから、かなり大きい。しかもハーフ&ハーフも販売していたというのに、その中はキャラメル味だけがギッシリと詰まっている。どうやら美咲はかなりの甘党らしく、モジモジしながら「キャラメル味……だけでもいい?」と訊いてきた程だ。ちなみに赤月はどっちでもいい派。つまりは決めることのできない優柔不断な男子であるため、何も言わずにそれを購入している。

 ここで赤月時雨は危険な動きをし始めた。というのも、未だに扇風機だけで過ごしていた吸血鬼は、暑さで十分に眠れなかったのだ。既に舟を漕いでいるらしく、頭をコクリコクリとさせている。そしてついに、彼の顔面は、キャラメルポップコーンの海へと突っ込んでいった。しかし、よく見るとその頭は手で押さえ付けられている。顔を塞がれているものだから、眼を覚ました吸血鬼が暴れ出すかとも思ったが、さすがにスナック菓子には堪えられるらしい。

「みじゃぎざん!?」

「シッ――碧井さんがいるわ」

 ぶはっと、ポップコーンの海から顔を上げた赤月が目を丸くする。

「――マジで?」

 驚きながらも弾き飛ばしたポップコーンをせっせと拾いながら、美咲の視線を追う。確かに、あの青髪の少女が、母親と思われる人から飲み物を受け取りながら階段を上がってきている。涼氷に見つかったら何をされるかわからないため、赤月は美咲と共に身を屈めて、彼女たちの様子を窺い始めた。何かされる理由もないのだけれど、赤月たちは本能的に見つかってはならないと感じているのだろう。

 広い十二番シアターの後方に座っていた彼らより、八つくらい離れた真ん中の列。そこに座った青髪の少女とその母親。しかし、その二人は不自然な行動を取っている。

「……赤月君って、あの子の母親と会ったことはある?」

「いや、ない。――てゆうか、あれって親子なのか?」

 赤月たちが目を丸くしているのも無理はない。何故なら、親子かと思った彼女たちは、自分たちの間に三つも席を空けて座っていたからだ。確かに人気の映画ではあったが、今日に限っては空席もかなりあった。比較的ギリギリの時間にチケットを購入した赤月たちでさえ、いい席を取れたのだから、あんな座り方になるとは考え難い。

 しばらく議論を交わしていた赤月たちも、上映が始まってからは大人しくしている他なかった。暗くなった場内では、ほぼ全員が映画に釘付けになっている。購入したポップコーンを食べることも、ドリンクを口にすることも忘れ。

 そんななか、とある吸血鬼は、ひとりの少女を見つめていた。映画を観ながらも、チラリと席の離れた母親らしき女性を見る碧井涼氷。彼女が手にしたSサイズのポップコーンは、ハーフ&ハーフ。それを渡そうか悩む仕草をみせては、また席に座り直し、それを口に運ぶ青髪の少女。

 どうしてかはわからないけれど、赤月時雨はとても悲しい気持ちになっていた。今すぐ彼女の横に行ってやりたい。しかし、あの女性が母親であるならば、そんな迷惑なことはできもしないし、いま彼は、避雷針美咲という少女と、ここに来ている。そんな勝手な真似は許されないだろう。

 ――突然、大きな重低音をスピーカーが吐き出した。

 どうやら単なるラブストーリーではなく、ホラーの要素もかなり含んでいるらしい。それまで、お菓子にしか伸びて来なかった美咲の手は、遠慮がちに赤月の腕に触れた。

 本当のカップルであれば、男の方が手を重ねてあげるものかもしれないが、両手でポップコーンの箱を持っている吸血鬼には、そんな余裕など無かった。おまけに、馬鹿デカい円柱型のそれを持つ彼は、震えてしまっている。

 これは恐怖からくるものではなく、どちらかというと――痙攣だ。残念なことに、赤月時雨の座席は、もはや電気椅子に成り果てていた。恐ろしいシーンが流れる度にお菓子持ちの吸血鬼は、白眼を剥いているのである。恐らく、避雷針美咲は無意識の内に、驚く度に彼を感電させてしまっているのだろう。いくら黒崎学園のサードバレットであっても、恐怖を感じると、力に乱れが生じるらしい。

 そういうところからも、赤月はユリアと美咲の血の繋がりを感じている。だからこそ冷静に、そして、教訓を得ることも出来たのだ。

 ――朦朧とする意識の中で、彼は心に誓った。

 絶対に彼女の姉とはホラー映画を観てはならないこと。そして、恐怖を感じると簡単に人を殺そうとする、あの蜘蛛の少女も、その例外ではないこと。そんなことを考えながら必死に意識を保つ吸血鬼。しばらくの間、彼は白眼を剥き続けることになるのだった。


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