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氷中花  作者: 綴奏
83/165

花裂く夕刻 其ノ五

 

 ◆


「お前……最近元気なくないか?」

 先程から涼氷をジロジロと見ている吸血鬼は言った。どうやら、彼女のノースリーブ姿に見惚れていたわけではないらしい。

「最近元気がないのは赤月くんの下半身では?」

「変な言い方すんじゃねえっ!」

「うるさいですよ、こむら返りくん」

 青髪の少女が冗談交じりに言うものだから、変な風に聞こえてしまうかもしれないが、彼女の言っていることは間違ってはいない。かき氷の食べ過ぎでお腹を酷く壊した吸血鬼は、あの激痛をもう味わいたくないという一心で過ごしてきた。――が、逆に水分摂取を制限し過ぎたため、こむら返りを起こして脚を引きずっているのだ。

「――待たせたね」

 二人に声を掛けた人物は、長い紫色の髪を一つに縛った黒崎学園のファーストバレットだ。最後に顔を合せたのは碧井病院に入院中の彼女であったため、赤月はすっかり髪を下ろした前髪ぱっつんが紫煙乱舞の印象として残っていた。しかし、あの髪型を人前に晒すのは珍しいものだったらしく、今日は休みだというのに、いつもの一本結びに戻っている。

「それにしても椿さんが夕食に誘ってくれるなんて、ちょっと意外でしたよ」

 そう、今日ここに二人がいたのは糸車家の食事に誘われたからだ。以前そういう話をしていたことがあったが、彼女としては真面目に考えていたらしい。

「何を言う時雨君。以前、君の家でその話をしたではないか」

 短刀で梨の皮を剥こうとした椿を思い出した吸血鬼は身震いをした。

「まさか……闇鍋とかじゃないですよね?」

「それでも構わないが――今は蛇くらいしか用意できないな」

 何か危険な物でも入れればいいと勘違いしているのか、糸車椿はロングスカートに手を触れながら言った。「蛇」を選んだのは冗談なのか、本気なのかは不明だ。そして、その「蛇」が何を指しているのかも。

「今日は普通の食事がいいかな……な、涼氷?」

 吸血鬼に説得されて嫌々ついてきた涼氷はあまり乗り気ではないらしい。彼の言葉を無視してそっぽを向いている。そんな態度にも慣れていた赤月にとって,青髪少女のその様子がいつもと同じように見えていた。しかし、久し振りに顔を合わせた蜘蛛の少女には違く見えたらしい。

「――何を、探しているのかな?」

 すると、あの碧井涼氷が驚いた表情を浮かべ、青髪を舞わせるように振り向いた。驚いている――ように見えた、と言った方が正しいかもしれない。振り返るその仕草も実に優雅なものではあったが、彼女の目はいつもより大きく見開かれているように思える。

「別に――何も」

 口角を微かに上げた糸車椿は、それ以上なにも口にすることなく、黙って先を歩き始めた。二人のやり取りに疑問を感じた赤月は口を開きかけたが、あえて言葉を飲み込んでいる。その代わりに、吸血鬼は彼女の手を取って蜘蛛の後を追う。

 ――糸車家の豪邸はこの地域では有名で、閑静な住宅街のさらに奥に位置している。とある通りの向こう側。木々に囲まれた一本道を抜けると糸車家に辿り着くのだそうだ。そこから先は糸車家の敷地内や森林しかないため、当然人通りはないに等しい。けれどその光景は、何も知らずにこの地に足を踏み込むことを警告しているようにも思える。何故なら、ここは糸車家の力が及ぶ場、つまりは蜘蛛の糸が張り巡らされたような森でもあるのだ。

 ついに、蜘蛛の屋敷へと続く一本道の中央で紫煙乱舞は足を止めた。

「……椿さん」

 真っ白なロングスカートがふわりと舞ったかと思うと、既に彼女の両手には短刀が逆手に握られていた。警戒心と動揺の入り混じった吸血鬼の言葉に答えることなく、青い目を光らせながら動き出す。

 そして――背後から無慈悲に首を斬り落とされた二人は崩れ落ちた。

「赤月くんの眼にははっきりと見えているのでしょう?」

 暗くなり始めた上にかなりの距離があったため、青髪の少女にはよくわからなかったのだろう。涼氷を背中に隠すようにしていた吸血鬼は、肩から力を抜きながら答える。

「……頭から黒い布を被った二人組がいた」

「そうですか。なんだか不気味ですね」

 辺りを確認した赤月は涼氷の手を引きながら、数十メートル先にいる椿の元へと足を進めた。吸血鬼の視力を持ってすれば、怪しい二人組が瞬殺されたシーンを眼にしているはずだ。しかし赤月時雨の眼は、その視力を疑っているかのように見開かれている。

 ――そう、そこにあるのは死体ではなく、黒い布と真っ赤な水溜まりだったのだ。

「糸車家に用のある者以外は通らないのだが……どちら様だろうね」

「こいつらは一体――」

 短刀を鞘に収めながら蜘蛛の少女は言う。

「やはり人間ではないな。――とにかく、私の家へ急ごうか」


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