落ちる花火 其ノ七
――と、しばらくしてギルベルタが立ち止まる。
「時の異能者が私に何かようか?」
それを聞いた赤月が首を傾けるようにしてギルベルタの背から顔を出すと、そこには碧井涼氷の姿があった。数時間前、森から抜けてきた吸血鬼を待っていた時と同じように、ここに来ることがわかっていたかのように思えて仕方がない。
「赤月くんのことは私にも関係のあることですから」
この女が人を殺すような人間だということを本当に理解しているのか――そんな疑問というか、涼氷の度胸に赤月は呆れ返っている。
「まあ、いいだろう」
月を仰ぐようにして煙草の煙を吐き出した便利屋は続ける。
「まず、私の部下が迷惑を掛けてすまなかった。君たちの食事の準備は既にさせてもらっているが、帰りの足もこちらで用意させてもらう。十人乗りの車で私たちと一緒に戻ることになるが心配はいらない。黒崎学園のセカンドバレットを倒した赤時雨だけでなく、サードバレットまでいる。そんな異能者を相手にするほど、私は馬鹿ではないからな。それに本日の仕事については先程みせた契約書の通りで、争う理由など微塵もない」
「いや、まあ助けてもらった身でもあるから、そこはいいんだけどさ」
河原の石の上をちょこちょこと歩いてきた涼氷は、くしゃくしゃになった赤月の髪が気になるのか、手櫛を通し始めた。迷惑そうに顔をしかめた吸血鬼は、ずっと気になっていたことを尋ねる。
「あのピンク頭の様子がおかしかったけど、あれはどうしたんだ?」
「お人好しだな」
プシュッと、缶ビールの蓋を開けて一口飲んだギルベルタは呆れたように答える。
「――あの子はかつて父親から虐待を受けていた過去がある。母親の形見で父親を殺し、スラム街で血に塗れて生き延びてきた強さを持つ彼女でさえ、その心の傷を消すことはできなかった」
自分の手を見つめ始めた赤月は罰が悪そうにしている。あの時、麻彩アイスナを殴りはしなかったものの、彼女はキュッと目を閉じたまま震えて動かなくなったのだ。
「麻彩から襲撃したことは容易に想像がつく。君が気にすることでもないし、殴らないでくれたことに感謝しているくらいだ。――恐らくは、それでカールまで君を襲撃をしたのだろう」
「やっぱり、あいつらの間にも何かあるんだな」
麻彩アイスナが攻撃をされると察知した途端、あの大男は一瞬で赤月の背後に現れた。そして、蹴り飛ばされた時も彼女をあやすように抱き締めていたことから、彼らの間には何か強い信頼関係があるのだと予想がつく。赤月の足を掴んだ時に、物凄い怒りを滲ませていたのもそのせいだろう。
「たとい自分たちに非があるとわかっていても、麻彩のことになるとカール・ガストは途端に制御が利かなくなるものだから、こちらとしても困っている。――それよりも、情報提供の方をさせてもらってもいいか?」
「は? まだ何かあんのか?」
グビグビと缶ビールを飲み干している便利屋。大袈裟なことを言っておきながら疲れて座り込んでいる青髪少女。そして、上裸の吸血鬼という、言葉にし難い雰囲気のなか、ギルベルタは言った。
「レッドアイについてだ」