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氷中花  作者: 綴奏
74/165

落ちる花火 其ノ五

 

 ◆


 転がるようにして森の中から飛び出した吸血鬼を待っていた光景。それは彼が思いもよらないものだった。例の外国人女性、金髪を一つに束ねた黒スーツのギルベルタ・フィンガの姿もなければ、新手の姿もない。何より、碧井涼氷の姿がそこにはあった。

「涼氷!?」

 まるで赤月時雨が駆け付けて来ることを予想していたかのように、森の方を向いていた青髪の少女は冷静に言った。

「美咲さんが溺れた男の子を助けようとして、川に」

 涼氷が言い終える前に走り出していた吸血鬼は、振り返りながら叫ぶ。

「忍と三日月から離れるな! 便利屋がいる!」

 三日月の手を引きながら森を抜けてきた忍。その姿を確認した赤月は、全神経を自分の視力に集中させ視線を走らせる。流れはそれほど強くはないが、大きな川の中央から急激に深くなっていることがわかる。そこから二十メートルほど先で、必死に少年を抱えている美咲の姿があった。彼女たちの様子からして、二人とも溺れてしまうのも時間の問題だろう。

 シャツを脱ぎ捨てた吸血鬼は勢いよく川へと飛び込むと、川の流れに乗りながらクロールで近づいていく。実際に泳いでみるとわかるのだが、川の中央は洒落にならないくらい深くなっている。カーゴパンツがずっしりと重くなり、まるで川が赤月を飲み込もうとしているようだった。

 さらに悪いことに、急に空が暗くなったかと思いきや、雨雲が追い打ちを掛けるように水のかさと川の流れを大きくしていく。流水を利用するどころか自分まで沈みそうになりながら、危なっかしい息継ぎを繰り返す。

 自然の脅威を肌で感じた吸血鬼は言い知れぬ恐怖を覚えたが、必死に腕を回して美咲の元へと辿り着いた。その頃には二人共ほとんど沈んでおり、赤月は息継ぎをするのも忘れて少年を引っ張り上げる。

「――っかづぎ!」

 バケツをひっくり返したような雨が、荒れる水面に穴を開けて弾けている。そんな豪雨のなか、少年を両腕で掲げた赤月は、立ち泳ぎをしながら思い切り身体を反らす。そして、信じられないことに、荒れる川の中という不安定な場所から少年を投げ飛ばした。

 正常者はもちろん、異能者の中でも強い体幹を持つ赤月時雨。そんな彼だからこそ成せる業ではあったが、そんな彼にも身体の筋に痛みが走っている。それでも、三日月の影が少年をギリギリのところで受け止めたのを確認すると、流されていった美咲に向かって泳ぎ始めた。

 空がさらに暗くなったことで視界が悪くなったものの、揺れる視界の中で吸血鬼は人形のように流されていく少女を捕らえる。ついに彼女の腕を掴み水面に顔を出したものの、強い流れに自由を奪われてしまう。再び飲み込まれそうになった赤月は、右手を木の枝に向ける。――そう、伊原との戦いの後でも唯一残っていた借り物の力、糸車椿の糸だ。しかし、先程の戦闘でほぼ使い切ってしまったらしく、一メートル程度伸びただけで頼みのそれも途切れてしまった。

「つき! ――あかつきっ!」

 忍の声が聞こえたような気がしたが、かなりの水を飲んでいた赤月には、その姿を探す余裕すら残ってはいなかった。ずぶ濡れになって顔を青くしている美咲の顔を見た吸血鬼は、意を決したように最後の息継ぎをした途端、再び川の中へと引きずり込まれていく。その数秒後、彼らが沈んでいった辺りから青い光の筋が飛び出す。確かに吸血鬼は沈む直前に、流れの先にあった枝を確認している。けれど、その青い光はそれに届くことはなかった。


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