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氷中花  作者: 綴奏
72/165

落ちる花火 其ノ三

 

 ◆


「美咲ちゃんって上級異能者なのに体力ないんだねー」

 拾った枝をブンブンと振り回しながら、蛇の少女はキョロキョロとしている。

「忍がおかしいだけだ。遊びの体力面で言ったら、お前はウルフ大佐レベルだろ」

 赤月の言う通り、朝から元気なままなのは上羽巳忍ひとりのみだ。もしかしたら最強少女の椿なら張り合えたかもしれないが、残念ながら彼女は家の用事で予定が合わなかった。

 現在時刻は午後三時。朝の九時に到着して川沿いの木陰にレジャーシートを広げた彼らは、足だけ川に浸かったり、オタマジャクシや魚を見つけたりと大自然を満喫していた。 

 それから一時間くらい経過した辺りで、涼氷が眠るようにして休憩に入り、それを心配した赤月も忍たちから離れている。その後、赤月の横に腰を下ろした美咲は、彼と長いこと何気ない話をしていた。涼氷はすっかり熟睡していたこともあり、彼女としても話し易い環境だったのだろう。その時の美咲からは笑顔が絶えなかった。

 彼女の話によると、ほぼ初対面の忍ともかなり仲良くなれたらしい。それを聞いた赤月は、忍の人当たりの良さに感謝の気持ちを改めて感じている。以前、遊園地に行った時といい、何かとみんなの間に立ってくれたのは蛇の少女だったのだ。特に椿が浮いてしまうのではないかと心配なところがあったが、彼女の雰囲気にも臆することなく接してくれたため、楽しい休日となったのである。

 ――ただ、コミュニケーション能力においてはかなり高評価に値する忍ではあるが、計画性は皆無。さらに、周囲の人間を巻き込む程の行動力があるものだから、たまったものではない。結局、彼女を自然に無視するスキルを持ち合わせている三日月以外は、昼食を取る頃には疲れが見え始めていた。ちなみに夜のバーベキューと花火がメインでもあるため、涼氷と美咲はレジャーシートの上で横になって体力を温存している。

 その一方で、赤月たちが今いるのは川から少し先にある森の中。蛇の少女がクワガタを見つけると言って聞かないので、赤月、それから体力を残していた三日月が彼女に付き合っている、というわけだ。

「そういえば、赤月って血が流れにくいのに鼻血はちゃんと出るんだね」

 いとも簡単に木の幹をよじ登っていた忍。どうも、お目当ての甲虫がいなかったのか、つまらなそうに吸血鬼の眼の前に降り立った。

「昔から鼻血だけは止まらないんだよ、なんでか知らないけど」

「え? 変態だからじゃないの?」

「誰だって鼻を強打されればああなるってんだ!」

 ごくごく当たり前のように、そう言われたことに怒鳴る吸血鬼を無視して、蛇の少女は別の木をスルスルと登り始める。いくら木登りが得意な人間だとしても、ほぼ垂直な木をこうも簡単に登れるものなのだろうか。

「なんでそんな楽そうに木に登れるんだ? 確かに蛇は木の上を這うとは思うけどさ」

 地上から二メートルはある場所で振り返った忍は、片手を放してデニムのショートパンツから伸びる健康的な脚を指差した。赤月が眼を凝らすと、彼女の表皮には普段見られない、鱗の模様のようなものが薄っすらと浮かんでいる。

「蛇の中には鱗にキールっていう隆起があるタイプがいるの。これを上手く使えば建物の壁だって登れるよ?」

「なるほどな。やっぱ、お前の侵入経路は窓だったってわけか」

 そう、沖縄の修学旅行の際、どういうわけか忍は赤月時雨の部屋にいた。三階にあった彼の部屋は普通に考えればよじ登ることもできないし、涼氷のように能力を駆使しなければ、オートロックのドアから入れるはずもない。

 しかし、上羽巳忍には前者が可能だったというわけだ。あの時、窓から部屋に戻った赤月は、変態吸血鬼呼ばわりをされていた。ただ、彼女は大股を開いてホテルの壁をよじ登り、部屋に侵入してきていることになる。今にして思えば、そちらの方がよほど問題があるように思えて仕方がない。

 おまけにハブの少女に男子生徒が噛まれたという噂が最終日に流れていたことから、赤月の部屋を教えたその生徒がしつこく見返りを迫ったことが予想できる。赤月たちと一緒にいると何かと雑な扱いをされる忍ではあるが、ブロンドの綺麗な髪に、大きな緑色の瞳をした彼女は、かなり可愛い部類に入るのだ。その男子生徒も貴重な機会を逃したくないが故に強引になり、彼女の毒牙の餌食になったのだろう。

 ずっと疑問に思っていたことと、「ハブの少女」についての悪い予感が繋がったことで、赤月の心は一応はすっきりしていた。けれど、よくよく考えると忍の行動はどれも彼女の強引さというか、活発さが悪い方向に出てしまっていたため、あまり笑えるものでもない。それもあって、木にしがみついている蛇の少女を、吸血鬼は若干引き気味で見上げる。すると、彼女は何かに気づいたのか、そちらに釘づけになっていた。

「すっごーい。なにあれ、コスプレ? あっちに本物のミイラ男がいるよ!」

 それを聞いた赤月の雰囲気は一変し、表情が強張った。忙しなく動く彼の視線は、忍が見たものとは別の人物を捜す。が、それを察知したのは彼の視覚ではなく、聴覚の方が先だった。

「あー、吸血鬼発見」


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