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氷中花  作者: 綴奏
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血鬼の接吻 其ノ八

「景色からしてこんなデカい病院は碧井病院くらいだろ。…………え、嘘だろ?」

 碧井涼氷は身代金を要求される程の裕福な家庭ではある。ただ、ここの病院を経営しているとは思わなかったのだ。元々はここからかなり離れた高校に通っていたのだから、涼氷とは無関係と考えても不思議はない。

 そんなことは本人にとっては大した問題ではないのだろう。少し冷房が寒いらしく、彼女は半袖のワンピースから伸びる腕を擦るのに忙しそうにしている。

 ふと思い出したのか、青髪の少女はキョトンとしている吸血鬼に言った。

「あなたが倒したサボテン男のことですが」

 ――サボテン男。どうやら、涼氷の中では荊棘迷宮ではなく、最後の最後にみせた彼の姿がイメージとして定着してしまったらしい。サボテンも趣深い植物ではあるが、彼女が口にすると馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。

「ESPと学校とで処分については検討中だそうです」

「まあ、自宅謹慎とか、そんなレベルの話になるだろうな」

 赤月の予想は強ち間違いではない。両者にとって貴重な存在である伊原が捕まることはまずないだろう。公式の能力開発試験という形式で行われた上に、その相手が赤時雨ともなると尚更だ。彼らは糸車椿の力量を測るサンドバックとして吸血鬼を利用するような組織でもある。

 しかし、悪いことばかりではない。何故なら、赤月たちは以前ほど伊原を恐れなくなるはずだからだ。薬物を使用してまで敗北した黒崎学園のセカンドバレット。プライドの高い彼が再び赤月の前に姿をみせはしても、戦闘になることは考え難い。というのも、彼は一度だって糸車椿とは戦おうとはしてこなかった。格上の相手に挑むほど、彼も馬鹿ではないし、一度負かされた相手にすぐさまリベンジを仕掛けるようなタイプにも思えないのだ。

 ――伊原ヒロの戦いは遊びに過ぎない。弄ぶことなく、即座にケリをつければ赤月時雨を仕留めることは十分に可能だったろう。けれど、ああいうタイプの人間は……プライドの高い人間は、本気になることを恐れている。自分の力の底を知ることを避けて通りたがる傾向がある。

 そして、赤月時雨は彼からそれを感じ取った。どんな軽蔑であろうと、恥であろうと、それを背負い続けてきた吸血鬼にはそれがわかった。そういう人間は自分を守るために他人を傷付けている。完全敗北した伊原ヒロが再び赤月時雨を狙うことがあれば、それは自身の心の弱さを受け止めた時だろう。だが、人の心はそう簡単に変えることはできない。

 偽りの強者には、それができないのである。

「サボテンは花を咲かすのが難しいと聞きますが、大丈夫ですよ」

 まるで、赤月時雨の心を読み取ったかのように涼氷は言った。偽物のままでは、本物の花を咲かすことはできない。薔薇という愛の花が開くことはないのだ。

「言いたいことはわかるけど、あれってサボテンじゃなくて」

「そんなことより」

 うるさいとばかりに青髪の少女は赤月の言葉を遮る。プライドの塊である薔薇の王子が、碧井涼氷の中でサボテン男として完結した瞬間だった。

「私たちを助けてくれたことにみんな感謝していましたよ。みんなと言っても、赤月くんと関わりのある人間だけですけど」

「……みんなには、あのことを話したのか?」

「どうせ問い詰められるに決まっていますから、私の方から説明しておきました。面会時間ギリギリまで彼女たちはいましたし。避雷針先生は夜宵さんに任せてあります」

「そうか……色々と世話掛けたな」


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