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氷中花  作者: 綴奏
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血鬼の接吻 其ノ六

 

 笑顔と心を取り戻した赤月が涼氷の頭を撫でる。――が、そんな優しい一時は長くは続かなかった。気を失っていた伊原ヒロが目を覚まし、再び攻撃態勢に入ったのだ。

 腕の風穴をもろともせずワイシャツを破り捨てた伊原は、獣のように四肢を地面についた。不気味なことに彼の背中には大きな薔薇の入れ墨のようなものが見える。

 伊原が人間のものとは思えない雄叫びを上げたかと思うと、その入れ墨から無数の蔓が姿を現した。まるで、背に描かれた不気味な薔薇が具現化するかのように。よく見ると、先程よりも刺の太さも本数も増している。

 冷静さを取り戻した赤月は、本当に嫌そうな顔をしてぼやいた。

「頼むから土の中に帰ってくれよ……」

「シャベルでも借りてきますか?」

 恐ろしい姿に成り果てたセカンドバレットが目の前にいるというのに、赤月と涼氷は冗談を口にしていた。赤月には自信があり、涼氷は彼を信じている。それだけで、この二人には怖いものなどなかったのだ。

「私たちを守るためなら、絶対に負けないんですよね?」

「ああ、俺は一人じゃないからな」

 ついに薔薇の悪魔が吸血鬼をその目で捉えた。それと同時に走り出した吸血鬼は、自ら蔓の群れに突っ込んでいく。もの凄い速度で迫る蔓を避けるものの、先程より長くなった刺を避け切ることはできず、血飛沫が噴き上がる。

 残りの蔓が赤月を正面から貫こうとするように、彼の腹に突き刺さった。――はずだったが、実際はそれを食らったのは彼の影だ。蔓を受け止め、逃すまいと抱えている影は、まさに影野三日月のそれだった。影が抑え込んだ蔓に手を触れた吸血鬼は、既に青い電気を帯びている。腹に力を込めるように一気に電気を流すと、薔薇の悪魔は青い光に包まれた。

 しかし、伊原は即座にすべての蔓を背中から切り離した。痺れに抗い無理矢理に切断した彼は、冷静な判断力を取り戻してきているらしい。それでも赤月の表情は少しの不安もみせなかった。避雷針ユリアほどの威力を発揮できずとも、新たな蔓を出させない程度には効果があったのだから、上出来だ。

「使えるのは……あと二つか」

 赤月は左胸に爪を突き刺し、血牙を放つ。彼の攻撃を読んでいた伊原は横に避けたものの、直後に蜘蛛の糸で捕えられている。赤月時雨自身のスキルを囮にし、糸車椿の糸で引きつけ接近戦に持ち込む。無防備に宙に浮いた伊原であったが、簡単に触れさせるはずがない。

「……俺が宿すクレージーホースという薔薇は……刺が異常に多い品種のことだ」

 完全に意識を取り戻していた伊原ヒロは拳を引いている。

 赤月も血に塗れた拳を引きながら、構わず突っ込んでいく。

「この俺に……触れられる奴はいねーんだよっ!」

 突如全身に夥しい量の刺を生やした伊原がすぐそこに迫っている。

 その一方で、赤月は自分の肩に咬み付いていた。彼の八重歯からは、黄色い液体が滴っている。本人の能力の一部を借り受けたに過ぎない赤月の力。しかし、それは使いようによっては最大の武器となる。上羽巳忍の毒の下位互換である赤月の毒は、全身を麻痺させるような強さを持ち合わせてはいない。それ故に、今の赤月の拳は若干麻痺している程度で、十分に強く拳を握ることができる。つまりは刺と立ち向かう気休めの暗示に近い。

 けれど、だからこそ、孤独だった吸血鬼に力を与えた。孤毒の蛇が心に負った傷に比べれば大した痛みではないことを、彼は知っている。

「友達を失うくらいなら……こんくらい」

 上級異能者のセカンドバレットは殺意を棘にした拳を放ち。

 中級異能者のランク十二の吸血鬼は血塗れの拳で迎え撃つ。

「……どうってことはねえっ!」

 ――耳を塞ぎたくなるような打撃音が血飛沫と共に拡散していく。赤いスプレーを撒き散らしかのような第一グラウンドでは、一人の吸血鬼が血塗れになって倒れている。死にかけている吸血鬼の霞む視界に、夏の強い日差しが嫌というほど入り込んでいた。

 そして、それを遮った黒い影の宿主は言う。

「確実に私を当てにしていましたね?」

 側に腰を下ろして顔を覗き込むものだから、青のストレートヘアが風とじゃれ合うように赤月の顔を擽っている。

「やっぱ……バレてたか」

 少し照れくさそうに微笑んだ吸血鬼は、眠るようにその眼を閉じた――


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