表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷中花  作者: 綴奏
65/165

血鬼の接吻 其ノ五

 その声が聞こえたのか、赤月夜宵は泣き顔を上げた。見せ物のように生徒たちの視線に晒された兄。突如レッドアイの元凶だと罵られた兄。深緑の刺の檻に閉じ込められてしまった兄の声。

 きっと、彼の声は大切な妹に届いていた。ずっと一緒に寄り添ってきた夜宵に届かないはずがない。失いたくない者を守ろうとする兄は、誰にも止めることはできない。赤髪の小さな吸血鬼が顔を上げた時にはもう、捕らわれの吸血鬼はその身を縛る蔓を切り刻んでいた。まるで、内側から切り裂かれるかのように、彼に触れていた部位がバラバラになっていく。伊原が自ら蔓を切り離す間もなく、セカンドバレットの身体は宙に浮いている。そして、強引に引き寄せられた薔薇の悪魔を迎えたのは、糸車椿にも匹敵する程の強力な蹴りだった。

 防御力を強化するスキルを持たない伊原ヒロ。いや、一方的に相手を弄んできたが故に、身を守ったことがなかったセカンドバレット。彼は腹に蹴りを入れられると数メートル先へと吹き飛ばされていく。

「お……にい……ちゃん?」

 血に染まったグラウンドに立っているひとりの吸血鬼。

 瞳どころか白眼すらない。

 ただあるのは血のような赤だけ。

 赤眼の赤月時雨は、血の涙を流しながら立ち尽くしている。

 荊棘に捕らわれた生徒や教師たちは、いつの間にか騒ぐことを放棄した。声を上げれば殺されるとでも思っているかのように、息を潜めている。

 ――血の雨を降らせたという、恐ろしい『赤時雨』がそこにいるのだ。興味本位で赤時雨が怪我をするところを見にきた多くの人間が、自分の愚かさを呪っているに違いない。その代償として悪魔の荊棘に捕らわれただけでなく、もっと恐ろしい、血に塗れた鬼を目撃してしまったのだから。

 上級異能者であり、黒崎学園のファーストバレットである紫煙乱舞でさえ、あまりの光景に目を見開いている。

 しかし、たった一人の少女だけは、赤時雨を目にしても何の動揺もみせはしなかった。さらには、臆することなく、危険を顧みず、殺人吸血鬼の眼の前に姿をみせたのだ。そして、血塗れの吸血鬼の首に腕を回し、そっと抱きつく。

 赤時雨は血の涙を流したまま、真っ直ぐ前を見ながら妹の名前を口にしている。

 彼にしか見えていない赤い世界の中で、妹を探すかのように。

「赤月くん、夜宵さんは無事ですよ」

 それが彼の耳に届いたのか、真っ赤な眼からは血の涙が徐々に途切れていく。

「赤月くんの大切な人は、誰ひとり欠けてはいません」

 涼氷がゆっくりと首から離れると、吸血鬼は傷付いた左手を見つめた。


 いつも切り裂く左手の甲。

 自分の身体で一番嫌いな箇所。

 赤時雨の事件で唯一無傷だったその左手が、人の命を奪ったに違いない。

 そう思わずにはいられない彼は、いつも決まって左手を傷つけてきた。

 この手は――


「この手は人殺しの手などではありません」


 吸血鬼は青髪の少女に視線を移す。まるで初めて出会ったあの時のように、綺麗な青い髪と、氷のように透き通った肌を見つめた。そして、あの時にはなかった、彼女の微笑みを眼にする。

「大切な人を守ろうとした、紛れもないあなたの手です」

 涼氷は傷付いたその左手を、両手で包み込む。

「もう気づいているはずです」

 綺麗な水色の瞳が問い掛ける。

「あなたにはもう、友達がいるでしょう?」

 気づけば、透明に輝く涙を流している吸血鬼の眼は、それに洗われるように元の色を取り戻していく。ずっと認めなかったことを。ずっと口にできなかったことを。赤月時雨は碧井涼氷に伝えた。


「俺には――大切な友達ができた。だから俺は誰にも負けない。お前らを守るためなら、絶対に」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ