表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷中花  作者: 綴奏
63/165

血鬼の接吻 其ノ三

 

 ◆


 第一グラウンドを覆う沈黙を突き破り、一人の少年の悲鳴が黒崎学園を駆け巡る。吸血鬼がフラつきながら立ち上がる一方で、薔薇の悪魔はその場に膝をついた。真っ赤な氷柱のような物が伊原の両肩を貫いている。突如、彼の腕に巻き付いていた蔓から、それが突き出してきたのだ。

「……蔓に血を流し込んだのか」

 赤い布切れと化したワイシャツを、赤月は破り捨てている。切り刻まれ過ぎて、それはもはや原型すらも留めてはいなかった。その下に晒されている有刺鉄線に縛られて引きずり回されたような痛々しい傷。それを見て失神する生徒も出た程だ。

「人を弄んだ自分の性格を恨むんだな……刺野郎」

 力が入らないらしく、伊原ヒロは両腕をだらんとぶら下げている。彼の袖から伸びる蔓も力なく項垂れているところからして、複手操作の要となるのは腕だったようだ。いくら伊原が上級異能者であろうと、黒崎学園のセカンドバレットであろうと、攻撃手段を失ってしまえば勝ち目はない。

 ――にもかかわらず、血を流す薔薇は不気味な笑い声を上げ始めた。

「確かに俺は性格が歪んでるかもしれねーよ。だけどなぁ、お前の場合は存在自体がイカれてんだろ。――俺より人間を多く殺しているのは、お前なんだぜ?」

 赤月は伊原が口にした言葉の意味を全く理解できないでいた。確かに、夜宵を守ろうとしてイレギュラーを一人殺してしまった過去はある。けれど、それ以降は誰の命も奪ってはいないし、実戦だってここ最近になって経験しているくらいなのだ。もちろん、それは夜宵も知っている。赤月兄弟の過去を詳しく知らなくとも、彼がそんなことをする人間ではないことを、涼氷たちもわかっている。

「血の結晶」

 伊原ヒロは言った。自分の腕を貫いている吸血鬼の血液を見ながら、そう言った。

「以前、お前は正常者の豚小屋で血の結晶を降らせたことがあった。俺はそのうちのいくつかを持ち帰ってたんだよ。……研究材料としてな」

「研究材料って……お前、何言ってんだ?」

 膝に手をついている赤月は、正気を失った人間を見るような眼を向けている。その眼に映る人物からは、人を嘲笑うようなあの表情は今やすっかりどこかへ行っていた。まるで二重人格者だ。

「学校もつまらねーし、暇潰しに調べてたものがあったに過ぎない。……まあ、ある薬物を分析していたら、どうも赤時雨の噂が気になって仕方がなかったってわけだ」

 伊原は防球ネットにしがみついている夜宵に目を向けた。彼女は一瞬怯んだものの、必死に睨み返している。

「――あの赤髪吸血鬼の血を採らせたのは俺だ」

 怒りが爆発した赤月は血塗れの上半身を起こしたが、そこで動きを止めている。伊原が片方の蔓を切り離し、新たな蔓を伸ばし始めたのだ。腕が貫かれているためか、その蔓は震えてはいる。が、赤月の今の身体で迂闊には突っ込むわけにはいかない。

「吸血鬼ならどいつも同じ性質を持っているのか調べる必要があった。だが、血の繋がった兄妹であっても、お前だけの特徴だという結果が出た」

「だから、何を言ってんだお前は!」

「レッドアイ」

 先程から伊原の言葉には異様な重みを感じる。今までの流れを考えると、その言葉の先に何があるのかは察しがつく。だからこそ、そこにいた全員が呼吸すら忘れるように静まり返った。

「なあ、赤時雨。お前はあの薬物がいつから出回り始めたか知っているか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ