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氷中花  作者: 綴奏
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血鬼の接吻 其ノ一

 

 夏の終わりを知らせる秋空の下で、吸血鬼の兄妹が口喧嘩をしている。

 ――五年前、駅前の大通りから少し離れた小道にいたのは、小学六年生の赤月時雨と妹の夜宵だ。当時はまだ兄の方が口が立ったものだから、妹は泣きながら路地裏へと走り去っていく。

 今となっては家事も勉強もできる真面目な女子高生だが、この日までの彼女は、兄と似てだらしのないところが目立っていた。おまけに我儘という厄介な妹でもある。中学生以降に彼女と知り合った人間がそれを聞こうものなら、絶対に信じないだろう。

 結局、意地っ張りの兄はそのまま家へ向かって歩き続けた。馬鹿な妹を言葉でねじ伏せたことに若干の罪悪感を覚えつつ、彼女の我儘な態度にそれ相応の罰を与えるべきだ。そんな自論で自分を納得させようとひとりで歩く、敗者のような勝者の帰り道だった。

 しかし、嫌なことを思い出してからは、速くなる心臓の鼓動に急かされるように引き返し始める。――通り魔事件。この年の九月頃、女子小学生がナイフで襲われ命を落とす事件が起きていた。一カ月半近く経った今では、別の事件でニュースは塗り替えられていたが、依然ナイフ事件の犯人は捕まってはいない。

 小さな妹吸血鬼が逃げ込んだ路地裏の入り口。そこに戻ってはきたものの、あまりにも不気味で兄吸血鬼は足がすくんでいた。あの臆病な夜宵が今もまだこんなところにいるとは思えなかったが、恐る恐る進んでいく。あの小さな吸血鬼には、恐怖に怯えるとその場にしゃがみ込んで動かなくなる面倒な癖があるためだ。

 ひとつ、またひとつ、と路地裏の角を曲がっていく度に、ビルに日差しを飲み込まれ辺りは薄暗くなる。まるで、妹と一緒に入ったことのあるお化け屋敷がこの先に潜んでいて、今か今かと口を開けて待っている気がしてならなかった。

 自分なりに勇気を振り絞って五つ目の角を曲がり終えた吸血鬼は、妹の姿が見えないことで徐々にホッとした表情になっていく。どこかですれ違いになっただけ。そう思った吸血鬼の少年は次の角を曲がって何もなければ、さっさとこんなお化け屋敷から抜け出そうと心に決めた。きっとまた、家の鍵を忘れた妹は玄関の前で半泣きになりながら、自分の帰りを待っている。そんな妹の様子を思い浮かべながら、彼は最後の角を曲がった。


 そこにはお化けがいた。

 正確に言うならば、真っ黒なマントを羽織った男。

 そして、宙に身体を浮かせた女の子の姿。

 彼女の首は絞めつけられている――


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