偽りの強者 其ノ九
薔薇の牙は吸血鬼の身体を切り刻み、その死体を見降ろすように鎌首をもたげている。
「赤月君!」
静まりかえった第一グラウンドの端に降り立った人物。それは、青い火花を散らす避雷針美咲だった。体調を崩し、保健室で眠っていた彼女が騒ぎを聞きつけて駆け付けたのだ。しかし、グラウンドの中央に進ませようとしない人物が現れる。
青いストレートヘアの華奢な少女。この非常事態にもかかわらず、相変わらず落ち着いた様子を漂わせている。それが気に障ったのか、美咲は誰にもみせたことのないような視線で彼女を貫いた。
「そこをどいて」
「赤月くんはそれを望んでいません。あなたがどうすべきかはわかりますね?」
「……ええ、わかるわ」
あの時の椿と似た目。邪魔をするのであれば、それ相応の対処をすると言っている、あの目だ。
「あなたのように平然と見捨てるのではなく、私が彼を……っ」
電流が迸るよりも強く、そして心に鳴り響く痛々しい音がした。
「っ……何をするのよ!」
美咲は頬を押さえながら、軽蔑の眼差しを青髪の少女に向けた。
それでもやはり、碧井涼氷の表情は変わりはしない。
「赤月くんは私たちを守るために戦っています。そして、私は彼にあなたを止めるように頼まれてもいます」
「だからって、放っておけないわ!」
涼氷を避けるように走り出した美咲は、目を大きく見開いた。恐らくこの瞬間、赤月から聞いたことのある彼女の性質を思い出したはずだ。本来であれば涼氷から数メートルは離れているはずの自分が、彼女にその手を掴まれているのだから。
「赤月くんを信じることができないから、自分から距離を取ってしまう上に、その想いを告げることもできないのではないですか?」
「こんな時に……何を言っているのよ」
刺々しい雰囲気のなかに動揺をみせながら振り返ったものの、美咲は涼氷と目を合せることができなかった。
「もうひとつ言わせてもらいますが、自分の想いから目を逸らすような人間に、赤月くんは救えません」
「私は……」
じんわりと瞳を潤ませる美咲ではあったが、青髪の少女に対する敵意だけはまだ残っているように見える。そんな美咲の手を放した涼氷は、倒れている吸血鬼に悪魔の蔓を振り下ろす薔薇を見つめた。そこにいるほとんどの人間が彼の最期から目を逸らす。しかし、夜宵、椿、忍、三日月、ユリアの五人は必死に。彼を、彼の言葉を信じた。
『俺は誰にも負けない。お前らを守るためなら、絶対に』